イスカリオテ行動録3

1月10日

私は一人の債務者を前に、心が変わった。彼を見て、最初はただの債務者であり彼がそうなったのは彼自身に問題があると信じて疑わなかった。だが、彼の憔悴しきった顔、自殺未遂、私の顔を見た時の軽蔑した白い目。

あぁ、彼も同志なのだ。

そう思ってしまった。彼も、私によって仕事を失った哀れなプロレタリアート。そう考えるとどうにも彼を助けたくなってしまった。だが、彼に私の仕事上以外で干渉することは禁止されている。だから何もできない。そう思い、どうにか心に訴えかけて自殺を止めることはできた。しかしそれ以上でも以下でもない。事態は何も変わっちゃいなかった。彼にはほとんど何も残っておらず、あるのは借金という我々の作った多額の債務。彼がどうにか労働者として救われる方法は、もう、存在していなかった。困り果てた時、私は思い出した。

「ロボット工学三原則なんざ口先だけだ。本当に入ってる訳ない。」

如月はそう言っていた。ならば、本社が禁止している条項はあくまでも存在しているだけで組み込まれていないのではないか。そう考え着いたときには行動を行っていた。彼を救う唯一の方法は、私が犠牲になること。

「そんなことないですよ。人には我々と違って生きる権利があります。まずは...そうですね、部屋を片付けてみては?考えも変わるでしょうし、へそくりなんかも出てくるかもしれないです。」

「ギャンブルで負けたら自販機の下に手を突っ込むでしょう。人生そんなもんです。ゆるく行きましょう。」

そう彼に言い聞かせたのち、片づけると共にひそかに常備していた私の現金300,000を布団に忍ばせた。そしてわざとらしく見つけて、

「あったじゃないですか!しかも300,000も!これならあなたもまだ...」

「でも、この金も君が持っていくんだろ?それにまだ目一杯借金はある。どっちにしても終わりだ。」

彼の落胆は治らず、結局300,000しか現金が存在しなかったことに悲哀さえ感じられた。労働者というのはニヒリズムに陥りやすい。そしてニーチェの考える超人とは違い、そこから何も行わない。そのまま非生産的なルンプロとして生涯を送る。生涯を送るならまだしも彼らにはこの人生を辞めるという選択肢まで容易に取ろうとする。人間とは愚かだ。

だからこそ...

「いいえ、それはあなたがもう一度辞めようとした人生の再起にご使用ください。300,000は私の方で工面いたします。その金額であれば、4か月は過ごせるでしょう。足りなくなれば私に相談してください。」

助けることが私達の課せられた原罪の贖罪なのだろう。最近やっと気が付いた。この贖罪が私達ロボトミーと労働者を救う。

今、やっと行動に移すことが出来た。

だがこれで私は規則違反を犯したことになる。本社に報告しない限りは事実が流出することは無いだろうが、それでも今後は、私も正式に同志となり彼らの見方となってしまった。いつ事実が知られてしまうか、恐怖に慄きながら生活することになる。最初で最後の恐怖心だ。

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