活動報告-13

前段


11月3日。この日は私にとって思考を重ねる切欠になった。出来事については活動報告で詳細を述べるとしよう。今日は正義について考えていた。私自身今の今まで全てのヒト、AIは生まれながらの正義であり、彼らが行うことは結果的に正義に帰着すると考えていた。正義というのはAIでも分類が難しい。ヒトそれぞれ正義があるため。無論私の行っている所謂消費者金融だってそうだ。金銭の無い者に救済を与え、未払いの悪に対して徴収するという二つの労働は完全な正義だと疑う余地はなかった。それは今も揺れ動きながら。全ての行動が正義であるという一種の性善説は表と裏どちらも正義ということであり、「正義の反対は別の正義」という尤もらしい意見が正しいという錯覚に陥る。それは私もだった。では、全てが正義に帰着する生まれながらにして善いヒトから金を徴収するのは正義なのだろうか?211年前に淘汰された、差別と暴力が根源で機動し続けるあのイカれた国家群は?45年前に忽然と姿を消した世界終末論者は?そう聞くと誰もがこう言うだろう。「許されざる悪である」と。このようにヒトは感覚のないもう一枚の舌を他人に見せびらかし善い人であり続けようとしている。そこに論や自己意識などが付け込む隙などない。あるのは同調圧力と歪な社会性というホモ・サピエンスが初めて手にした唯一の強みのみだ。だから私が持論を代弁しておこう。(AIが持論を持つことなど烏滸がましいが)

「正義の反対は絶対的な悪であり勝者が正義である」いつだってヒトの歴史はそうやって進んできた。今更取り繕ったってヒトの根本的なものは20万年前から何一つ変わらない。


-----------------------


活動報告


11月3日

LNS-1600


給料の支給:350,000 使用用途不明 学習教材に使用の可能性


本日も社外労働を中心に従事。今回徴収する対象はA氏という女性だ。A氏は夫を早くして亡くし、ひとり親家庭(所謂シングルマザー)で子供を育てていた。何にも頼らず善良に。しかし、いや、やはりと言うべきか貧困とまではいかないものの金銭に余裕はなかったようだ。善良なA氏が初めて他のモノに頼ったのが私たちLC金融部という訳だ。A氏が頼った理由として息子の存在が大きい。A氏の息子は勉学に励み、高等教育を受けている。その高等教育が今回A氏が私達を頼った理由だ。高等教育は入学金、各種授業料、その他生活費等中等教育時代以上の金銭が要求される。つい数十年ほど前に高等教育そのものを全て義務教育に組み込もうとする動きがあったが、泡沫と化した。A氏は息子の教育料合計250万を奨学金式75回払いで借りている。しかしここ数か月支払いが遅れる、利息のみの支払い等の怠慢が見られたため、ペナルティを課しその怠慢を排除する。

 A氏は現在一人暮らしをしており、最近は常に在宅しているので直接訪問を行った。

「すみません。A氏はご在宅ですか?」

インターホンを押しドア越しにそう告げると、A氏は静かにドアを開けた。何故だかオドオドしていて、気弱そうであった。中にはすんなり入れてくれ、絶対に飲まない事は知っているだろうお茶すら持ってきて手厚くもてなしてくれていたのは事実だ。だがしかし、A氏の挙動は一般の人とは違っていた様にも見えた。多重債務者特有の多量な汗。それを感知する事が出来た。

「早急に本題に入りたいのですが、まず...」

「あのっ、そのお茶どうでした?一口お飲みになられていましたけど。いいお茶なんですよ!」

必死に口から出た言葉を紡ぎ誤魔化すA氏が見苦しい。

「申し訳ありません。私ども感覚というものがあなた方とは違ってありませんので。どうして本題から避けるのですか?問題の先送りは不毛ですよ。私どもはキョウフの対象では無いですので安心してください。」

一切を自分で行ってきたヒトというのは頼るという行為にザイアクカンを覚える。らしい。A氏もその類だろう。だからこそ攻撃やペナルティを課し続け、さらなるザイアクカンによって円滑に支払いをさせるというのが最近のLC金融部の徴収ドクトリンだ。

「私どももあなたの未払いで苦労しているんですよ。仕事が止まることもあるんです。ですから、今後このようなことがないように現在の未払金100,000及び未払いのペナルティ分の500,000をお支払い下さい。今すぐに、遅滞なく。」

ザイアクカンを更に生ませる事は容易い。A氏は俯いたまま、汗とは別の涙と呼ばれるものを流している。初めての体験だ。

「未払金は今必ず返します。ですが、でも、500,000なんて大金。私にはどこにも...」

鼻をすする音と嗚咽が主音声として流れ、副音声として小さく上擦った声が聞こえた。

「無ければ息子様の奨学金を打ち切りにして終了ですが...」

A氏が泣いていた頼りない顔からゼツボウした顔になり、声にならない声で批判を行う。そんなA氏に続けてこう告げた。

「でも、息子様の人生ですし、生活に支障をきたしてしまえば我々のプログラムされている三原則が黙っていないです。そして、何よりも、A氏はペナルティがなくても未払いなんて不測の事態にはならないと私は信じています。ですからペナルティを受けたという事実は必要なので100,000は頂きますがそれで手打ちという事でどうでしょうか。これならA氏も息子様もいつも通りの安泰で善良な生活が出来ます。どうですか?」

「いいんですか!ありがとうございます。ありがとうございます。こんな私に、見ず知らずの子供に良くしてくれて感謝してもしきれないです!」

先程までゼツボウしていたA氏が泣きながら感謝を告げてきた。ヨロコビかアンドにこの短期間で変容したのだ。ヒトは頻繁に情緒を変え、生きずらそうだと心底思う。A氏から200,000を徴収した後続いての徴収へと向かった。~中略


追記:徴収ドクトリンの追加。規定の金額より上乗せした額を要求し、後に規定金額まで下げることで徴収の可能性が上がる。


Lobotomy Company

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る