第6話
第六話 「身の破滅を呼び込みます」
「ちょっと待ってください」
濱田の勧誘に待ったをかけたのは楢木だった。
「ちょっと待ってください。水野君には親族がいないのですか?」
「いいえ。両親がいるわ」
「じゃあ……」
「でも両親とはもう長い間会ってないらしいの。
八咫烏のルールでは身寄りがいないことが入隊の条件でしょ?それでこのルールの目的は八咫烏という組織の存在、そして魔法があるという事実を外部に漏らさないこと。つまり外に情報が漏れないという保証があれば、親が生きてても問題ない。
決まりは決まり、楢木さんの言う通り。でも、決まりを注視しすぎてその意味を疎かにしたら本末転倒だわ。それに何より、こう言った事案は過去にもあった。あなた達もよく知ってるはずよ?」
「……ですが、あれは調査に調査を重ねて、特例中の特例ということで入隊が許可されたはずです」
「その特例中の特例が、また起きたということよ。必然か偶然かは知らないけど」
「……そういうことですね。それなら私からは何もいうことはありません。水野君の入隊を歓迎します」
楢木が納得したように頷くのを見て、濱田は部屋中に視線を巡らせた。
「異論がある人はいる?」
――――――――――――――
それから濱田は、隊長に電話と言って一度部屋を出て行った。
多数決をとった結果、俺の入隊賛成は濱田と楢木、それと渋々靏音。齋藤は棄権した。
雨は向きを変えたらしく、破られた窓からはもう入ってきてない。
とはいえ部屋の中は割れたガラスや湯呑み破片、今さっきまで入ってきていた雨と逆さま向いたローテーブルなどでカオスな状態だった。
靏音と楢木はまずローテーブルを元の位置に戻し、次に散々に割れた窓ガラスと湯呑みの破片を拾い集め始めた。
俺もやっと四肢の痺れから解放されたのでモゾモゾ体をくねらせて壁から脱出した。
特にやることがなかったが、何もせずボーっとしとくのもなんだったので、靏音達の手伝いをすることにした。
体を屈め、四つん這いのような格好になりながら、床に散らばったものを一枚一枚丁寧に集めていく。
靏音達も俺とほぼ同じ姿勢なので、ラッキーがあるかもと一瞬だけ視線を走らせるが、ガードが固くチャンスは一向に訪れない。
これ以上やったらバレるかもしれないと思い、俺は下心を押し込んで収集に専念することにした。
齋藤は壁にもたれかかりながら俺たち――具体的に言えば俺だが――を虚ろな目で見つめていた。
「なあ、大地大丈夫なのか?」
齋藤に直接大丈夫かと声を掛けようか考えたが、何も答えてくれなさそうだったので、俺は四足歩行で靏音の側まで行き彼女に尋ねた。
ところが靏音も破片を集める手を止めることなく、ああ……と言葉を濁すだけで何も答えてくれない。
俺は盗み見るように齋藤に視線を走らせる。
齋藤も俺を見ていたのでカチリと視線がぶつかった。
齋藤は何か言おうと口を開くが、すぐに目を伏せて口にするのを躊躇うように小さく息をついた。
しばらくして齋藤は壁から体を離し、床に座って破片を拾い集めてる俺たちを尻目に足をするようにして部屋から出て行った。
学校の教室で見た、あの背中だった。
俺は何も声をかけることができなかった。彼の後ろ姿は全ての言葉を拒絶しているようだったし、仮に言葉をかけたところで振り返ることはおろか、立ち止まることさえしてくれないと思えた。
「齋藤君は、普段はあんな感じではないんです」
床を滑るようにして俺の前に移動してきた楢木が、小鳥のような小さい声でそう言った。
「知ってるよ。学校でいつも話してるんだし」
「いつも笑顔で明るくて、周りにいる人を笑顔にできる、不思議な才能を持ってる人です。少し周りが見えてない時もありますけど、それをどうでもいいと思わせてくれるくらい、一緒にいて楽しいです」
「え?二人って付き合ってるの?」
まるで付き合ってるかのように話すのが気になった。
もしそうだとしたら許せない。彼女いない歴=年齢とかほざいていたくせにこんな可愛い子捕まえてたなんて。絶対惚気話なんか聞かないからな!
って言うか彼女なら今声かけるべきだったろ。
「ち、違いますよ!変なこと言わないでください!」
楢木は耳まで赤く染めながら頭と手をブンブン振った。
楢木の奥で靏音が口に手を当てニシシと悪戯っ子のように笑う。
楢木は鋭く視線を走らせて靏音を咎める。靏音は視線を感じるとわざとらしく、さぁてとーと呟いて再びガラスを拾い始めた。
楢木は可愛らしく頰をぷくぅと膨らませ、それからブンと顔を俺に戻して、
「本当に何もないですからね⁉︎」
と念押しした。
その姿が抱きしめたくなるほどに可愛かったので、思わず照れ笑いしながら、あぁと曖昧に頷くと、疑ってるとおもったのか
「本当に本当に何もないです!!」
とさらに念押ししてきた。
「わかった、わかったから」
もうやめてくれ。こちとら免疫が無いんだ。理性を抑えられそうに無い。
楢木はもうこの話は終わりにしようと言わんばかりに深呼吸した。
「まあでも、彼氏にするならああいう人がいいなあとは思います。優しくて、そばにいて安心できる」
その上顔も良い。よくよく考えたら齋藤もかなりハイスペックなんだよな。
「他人の人生に入れ込みすぎるところだけが玉に傷ですが」
「ん?それっていいことなんじゃないの?」
人生の相談事をしたら、親身になって答えてくれる。それはプラスにこそなれ、マイナスにはならないはずだ。
「もちろん、一般人なら問題無いと思います。でも私たちは違うので」
楢木は小さく首を振った。髪が揺れる度に淡い、シャンプーの匂いが鼻を打つ。
彼女は床に視線を落としたまま、拾う手をはたと止めた。木目の渦の先にある何かを探るようにフローリングを凝視し、
「水野君も気をつけて下さい。他人の人生の背負いこみすぎは、身の破滅を呼び込みます」
と呟いた。そこには、まるで俺がそうなることを知ってるような予言的な響きがあった。
視線の奥で靏音の体がわずかに揺れる。
身の破滅を呼び込む。
俺はその言葉を腹の中で咀嚼した。
そこには心にすぅと溶け込んでいく風味と味が含まれている。
――――――
破片を拾い切った俺たちはローテブルを囲み、靏音が持ってきたポテチを結局食べていた。
窓は雨が入ってこないように雨戸が閉められ、暗いからと部屋には明かりがともされた。
「もうすぐ来るみたい」
キィと錆びついた音を立てて濱田が部屋に戻ってくる。
「ゆーちゃーん、一緒に食べよ〜」
靏音が、ポテチを頬張ったせいで少しどもった声になりながら濱田を誘い、この部屋の主は状況が飲み込めないと言った感じで曖昧に頷いた。
「もう食べてもいいよね?重要な話はもう終わったんだし」
「ええ……まあそうね」
靏音が小言を言われないように起点を制し、濱田は押し黙った。
靏音が濱田が座る場所を空けるために俺のすぐ隣までずれてくる。
シトラス系の香水の香りが風に流れてくる。
肩と肩が触れそうな間隔――女子耐性がない俺には刺激が強すぎる距離なので、靏音に気付かれないほど小さな動作で、されど素早く横にずれる。
「あ、ごめんねぇ」
素早く動いた(と自分では思った)が、靏音は気づいたらしい。
濱田が座り、自分の位置を確保するのを確認してから楢木が、
「隊長は許可を下さったんですね」
「ええ。向こうも乗り気だったみたいですぐにオーケーしてくれたわ」
「その割には電話長くなかった?」
「水野くんをどこの部隊に入れようか協議してたの。知ってる人がいた方がいいって隊長に言われて、私の部隊に入れることにしたの」
「ええ⁉︎」
靏音が目を丸くし、上体を少し反らして驚きを表現する。
濱田はポテチの袋に手を伸ばして中を探りながら、
「どうしたの?そんなに驚いた顔して」
「え……いやだって……」
「靏音さん!!」
靏音の向かいに座っている楢木が僅かに怒気をはらんだ声で靏音の言葉を制し、小さく首を横に振った。
靏音ははっと息を呑み、それから視線をテーブルに落としてから、
「ごめん。配慮が足りなかった」
「別にいいわ」
濱田はまるでポテチを初めて見た時みたいにくるりと回転させて表と裏を観察し、それから口の中に放り込む。
彼女の口の中でポテチが悲しげな音を立てて砕ける。
楢木が小声で「め!」と諭し、靏音は首をすくめた。
「えっとさあ、質問があるんだけど」
「何かしら」
「やたがらすって何?」
「八咫烏とは古事記や日本書紀に記述がある伝説上の生き物で、導きの神として信仰されてるわ。特徴としてはなんと言っても足が三本あることと……」
「濱田って冗談言うんだな」
素直に驚いた。冗談言えるような人となりじゃないと思ってた。
「クロネコヤ◯トって何?って聞かれてクロネコとは黒いネコ、ヤ◯トは奈良県の旧国名って言うやつはいないでしょ。なんの会社か〜とか答えるだろ普通」
「普通じゃなくてごめんなさいね」
ぷいとそっぽを向けると乱暴な手つきで袋をまさぐる。
「あら、もうないじゃない」
「ええ〜うそ〜」
「靏音さんが一回に三枚も持っていくからですよ」
「ゆずちんだってたくさん持ってってるじゃん」
「たくさんじゃありません。二枚です」
なぜか自慢げに背中をそらす楢木。俺まだ5枚しか食べてないんだけどな……。
予想以上に女子二人組の食べるスピードが早かった。女子の前だからって一枚一枚丁寧に取って食べてたのは間違いだったかもしれない。
「水野くん、八咫烏についての説明は今から来る人に聞いて。その人が詳しく説明してくれるはずよ」
「ああ……隊長って言ってたっけ?」
「そう、穂積隊長。優しい人よ。でも私の上司に当たるお方だからくれぐれも無礼のないように」
「俺が無礼を働く人間だと?」
「思うわ」
「思います」
「無礼にコーラ賭ける‼︎」
靏音は例のスクールバックからシェアサイズのコーラを引っ張り出してきて勢いよく机に置く。その衝撃でコーラが一斉に泡を吹き出した。あ……蓋開けた瞬間出てくるやつだ。
「また一人で飲むの……」
「失礼な!今からみんなと飲むんですぅ」
「あら珍しい」
楢木が口に手を当てて感激を表現する。
え……普段1.5ℓ一人で飲んでるの⁉︎
「太るわよ」
「無礼だぞ‼︎絶対ゆーちゃんにはあげないんだから!」
「要らないわ。体に毒だから清涼飲料水は飲まないって決めてるの」
「コーラ好きなんだ……たくさん飲むんだね……」
「ちょっと水野くん引かないでよ」
「これでも落ち着いた方なんですよ。一時期はもっと飲んでました」
「ええ……よく病気にならなかったね」
「いやあれは……その
「中毒だな」
「中毒ですね」
「病気にならなかったんじゃなくて、とっくに病気なのよ。コーラ中毒」
「べ……別にいいでしょ!人生依存できるものがないとやってけないよ!」
あ、自覚症状あったんだ……
靏音は怒りに任せてコーラの蓋を開ける。
蓋を開けると心地よい音と共にコーラが一気に上昇してきて、噴水のように天高く舞い上がった。
やっぱりな。
俺たちはこうなることをなんとなくわかっていたので、身を捩って回避行動をとった。
「あ……」
俺たち三人は無事だったが、コーラを持ってた本人は避けることができずに見事丸かぶり。
靏音の脳天を直撃したコーラはペチャペチャ悲しそうな音を立てつつ彼女の髪をベットベトに濡らしていく。
コントのような光景に俺と楢木は大爆笑し、濱田は床とテーブルがベタベタになったことに激怒して、報道禁止レベルのワードを靏音にマシンガンのごとく浴びせた。
靏音は半泣きになりながら制服もベタベタのまま濱田に見張られつつ雑巾で溢れたコーラを拭いた。
楢木が笑い泣きしながらその様子を写真に撮っていたので、後でもらえるか聞いたら快諾してくれた。
面白かったし何かに使えるかもしれないからしっかり保存しとこう。
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