第11話 実は背丈を気にしている鷲獅子王
ビルスキルニル城へ帰還して早々。シヴはアルヴィアから城内施設の使い勝手や自室の場所を教えてもらったのだが、その後は「とにかく、体調が悪いようならまずベルトランに診てもらおう。私のミョルニルの傷はいつものことなんで、一人で処置できるから」とアルヴィアに諭されたため、シヴは現在、ベルトランの自室へと放り込まれていた。
どうやらベルトランも、アルヴィアから事情は聞かされていたらしく、渋々といったように部屋の中へシヴを招き入れてくれた。
ベルトランの自室は、どこを見回しても背の高い本棚に囲まれており、古びた紙の匂いと、薬の匂いが部屋いっぱいに充満している。
そんなことを考えながら、部屋の出入り口である扉の前でいつまでもぼーっと突っ立っているシヴに痺れを切らしたのか、ベルトランが部屋の奥にある寝台を叩いて大声を張った。
「おい! いつまでもそこで突っ立てんじゃねぇ! 診察してやるからさっさと来い、愚図!」
「ああ」
シヴは軽く頷いて返すと、ベルトランが叩いた寝台の前まで歩いていく。寝台の前に来たシヴに、ベルトランが顎を振って寝台を示して見せた。
「ここ座れ。そんで上衣は全部脱いでみろ」
「わかった」
素直にベルトランの指示に従うシヴが上衣を脱いでいると、ベルトランの自室の扉が派手に開け放たれる音が響いた。
「おい、聞けよベルトラン~。アルヴィアに一緒に酒盛りしようぜって誘ったら、断られてさあ」
「げ」
入ってきたのは、酒瓶を片手にぶら下げたレーニエであった。部屋の主であるベルトランはレーニエを振り返って、如何にも嫌そうな声を上げる。
レーニエは、部屋の寝台の前で上衣を脱ごうとしているシヴと、その隣で苦々しげに顔をしかめているベルトランを見比べて、何やらニヤリと怪しい笑みを浮かべると口元に片手を添えた。
「おや? これはこれは。もしやお楽しみ中だったか? 俺も混ぜてくれよ」
「んなわけねぇだろうが! どっからどう見ても診察中、ぶん殴られてぇかクソ兄!」
下品な冗談を自分から口にしておいて、自分で心底可笑しそうに笑っているレーニエに、ベルトランが激しい剣幕で怒鳴りつける。
怒るベルトランにも構わず、レーニエは部屋の奥まで無遠慮に入ってくると、ベルトランの自室に備え付けてある椅子を勝手に引っ張ってきて、シヴがいる寝台の隣に長い脚を優雅に組んで座った。
「冗談だって。可愛い顔が更に可愛くなっちまうから、怒るのもほどほどにしろよ。ベルトラン。んじゃ今夜の酒盛りはここでするかね」
「ざけんな! んでいつも俺の部屋で酒飲もうとすんだよ、一人で飲め一人で!」
「んなこと言うなよ。兄上寂し~」
未だ怒鳴り散らすベルトランを宥めながら、レーニエは酒瓶を開けて呷る。
そんな兄弟二人を後目に、シヴは上衣を全て脱ぐと上裸になって、寝台に座った。すると、酒を呷っていたレーニエが「ヒュウ」と軽快に口笛を鳴らして、シヴに視線を向けると眉を上げて見せた。
「わお。シヴ、お前めちゃくちゃイイ身体してんな~。涼しそうな顔して、脱いだらすげーじゃん。流石は鷲獅子王。ちょっと抱かれてみてぇかも」
シヴの身体は確かに、背丈はアルヴィアとほとんど同じくらいではあったが、その厚みは圧倒的に違っていた。全身の筋肉が逞しく隆起しており、アルヴィアにはまるで彫刻のようで美しいと言われていた。シヴとしては、この鎧のような分厚い筋肉よりも、もう少し背丈が伸びてほしいと思っているのだが。実のところシヴは、ここ数年で急激に背が伸びてきたアルヴィアに、背丈を遥かに追い越されまいかと密かに冷や冷やしている。
レーニエの冗談か本気なのかわかりづらい発言を受けたシヴは、どうやったら身長はレーニエくらいまで伸びるのだろうと悶々と考えていると、呆れたように息を吐いたベルトランがシヴの肩に触れてきた。
「妹の婚約者に劣情を抱いてんじゃねぇクソボケ。いい加減はっ倒すぞ? ……それよりシヴ、そろそろ触診を始める。いいな?」
「ああ、頼む。ベルトラン」
シヴの許可を得たベルトランがさっそく、シヴの上半身に慎重に触れながら触診していく。時には手で一か所を圧迫したり、シヴの分厚い胸に耳を当てて心音や呼吸音を聞き取る。その様子を、酒を飲みながら眺めていたレーニエが「何かえろいな」と零すが、すぐさま「黙れカス」とベルトランに一蹴されていた。
「おし。触診は終わりだ。一応これで身体拭っとけ」
一通り触診を終えたのであろうベルトランは、シヴに手拭いを手渡し、自分も水を絞った手拭いで手を拭きながら怪訝そうな顔で首を傾げて見せる。
「姉上からは、心ノ臓の調子が悪そうだって聞いたんだが。触診してみた限り、てめぇの身体にはどこにも異常は感じられねぇし、心音も問題ねぇ。何か他に、件の症状が出る時の心当たりやらはあるか?」
「そうだな……」
ベルトランの問いかけに、シヴは身体を拭う手を止めると、胸に片手を当てて微かに俯き、ぽつりと呟いた。
「アルヴィアが笑ったとき」
「は?」
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