第10話 鷲獅子王の異変

 レーニエとシヴの間に入って、ベルトランがまた耳をつんざくような怒号を上げるが、そんなベルトランとやはり無表情なままのシヴ二人の肩をレーニエは心底楽しそうな顔で叩く。

 アルヴィアは、存外短時間で仲良くなってしまった己の婚約者と兄弟たちを見て、ほっと胸を撫でおろし、何となく身体の力が抜けてその場に座り込んだ。慣れてはいるはずなのだが、まだ、ミョルニルによって焼かれた身体が本調子に戻っていないのかもしれない。


 そんなアルヴィアの様子を察してくれたのか、ベルトランとレーニエが山賊たちの連行準備や村の復興についての協議、そして死者の弔い等の全てを引き受けてくれた。


 アルヴィアも何か手伝うと頑なに粘ったが、兄弟たちにはいつもの如くのらりくらりと躱されてしまい、現在は村はずれの大木の下でシヴと並んで座っている。ベルトランによると、シヴはアルヴィアの監視役らしい。


 しばらく、アルヴィアとシヴは二人きりで心地好い沈黙の中にいたが、アルヴィアがふと思い出したように、一人分の空間を開けて隣に座るシヴを振り向いた。


「そういえば、シヴ。言うの遅くなっちゃったけど」

「む。何だ?」


 シヴは相変わらずの鉄仮面の如き無表情で、アルヴィアに顔を向けてくる。アルヴィアは、何故か一人分開いていた距離を詰めて、肩が触れ合ってしまいそうなほどシヴのすぐ真横に座りなおした。そして、腕の中に抱えた膝の上に頬をのせて、真紅の双眸を瞼で覆い隠しながら柔らかな声を漏らす。


「シヴ、ありがとう」


 アルヴィアのその言葉を聞いたシヴは真顔のままだが、何故だかぎょっとしたように身体を少し反らして、アルヴィアを一つ瞬きして見つめる。


「な……にが」

「さっき。私が動けなくなった時。私の代わりに山賊を退治してくれたし、ミョルニルのことも鎮めてくれた。そして——婚約の時の約束も、守ってくれた。本当に助かったし、何よりも、嬉しくて堪らなかった」


 アルヴィアは薄い瞼を持ち上げて、真紅の瞳を少しだけ覗かせる。そうして、花のようなかんばせの目元に仄かに赤が滲んだ、今までにないほど柔らかな微笑みを湛えると、脳みその芯まで痺れさせそうな声を蕾のような唇から小さくシヴだけに聞かせた。


「だから、ありがとう。シヴ。たくさんたすけてくれて」


 そんな心からの感謝の言葉と共にそっと、アルヴィアの細い手が、シヴのごつごつとした大きな手に重ねられる。

 その瞬間、「ひゅっ」という細い息の音が微かに聞こえたかと思えば、シヴが「ドン!」と地面をひび割るほどの衝撃で頭を打ち付けて倒れてしまった。


「え……?」


 アルヴィアは一瞬何が起きたかわからず、小さく困惑の声を漏らして茫然とするが、すぐに我に返って、地面に横倒れになってしまったシヴを慌てて四つん這いのまま覗き込んだ。


「え、え、え……ちょ、シヴどうしたの!? 大丈夫!?」

「は……く、ち……」


 アルヴィアがシヴを助け起こそうとすると、シヴが片手で制しつつ、のろのろと四つん這いになって起き上がる。何やら胸の辺りを片手で強く押さえて、恐る恐るといったように、しかし相変わらず真顔のまま、シヴはアルヴィアを見上げてこう尋ねてきた。


「口……おれの、口から……心ノ臓飛び出してきて、ないか……?」

「え。何も飛び出してきてないよ? 胸、押さえてるけど……そっちは大丈夫?」

「胸、は……やばいな。内側からミョルニルで思い切り叩かれてるような音がする」

「ミョルニルで!? それはやばい。ちょっと失礼して……触るよ」


 アルヴィアがシヴの胸に触れると、「ゴッ、ゴッ、ゴッ!」とまるで本当に内側から天鎚ミョルニルが打ち鳴らされているかのような轟音と激しい振動が伝わってきたので、アルヴィアは思わず息を呑んでシヴの肩に手を置いた。


「うん、これはミョルニルに匹敵する。相当やばい。何かしらの病かもしれない……ビルスキルニル城に帰ったら、何よりも優先してベルトランに診てもらおう。ベルトラン、いい腕の医術師でもあるから。安心して、シヴ。絶対大丈夫」


 こうして、結局途中から「シヴがやばい」とぶつぶつ零すアルヴィアも加わり、山賊騒動の一連の仕事を素早く終えたアルヴィア一行は、アルヴィアの強い意向によって、迅速にビルスキルニル城へと帰還するのであった。

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