第6話 破滅の女、運命の女
そんな話をしていると、シヴが入った隣室の扉が開く音がした。アルヴィアとジオンが揃ってそちらを振り向く。
そこには、黒を基調とした東方ラムヌス流の貴族の正装を見事に着こなしたシヴが立っていた。地につきそうなほど長かった黒髪もばっさりと切られており、前髪なども器用に整えられている。
顔もよく見えるようになって、すっと通った鼻梁はやはり高く、端整かつ涼しげな面立ちに、琥珀色の鋭い猛禽の眼が宝玉の如く映えていた。
シヴは相変わらず微塵も表情筋が動く気配のない真顔のまま、アルヴィアとジオンを見比べて首を傾げた。
「さっきからずっと思っていたんだが。ハールバルズ卿がアルヴィアを表する〝ファム・ファタル〟とは、いったい何だ?」
アルヴィアはシヴの疑問に小さく笑みを浮かべて立ち上がると、シヴのもとへと歩いて行きながらその問いに答える。
「ファム・ファタル。東方ラムヌスの古い言葉なんだ。意味は色々あって、メリアでの私は主に『破滅の女』って意味合いで呼ばれることが多いかな」
「破滅の女」
シヴが目の前にまで来たアルヴィアの言葉を小さく復唱して、一つ瞬きをする。
そこに、呆れたような溜め息を吐きながらジオンもやって来て、アルヴィアの隣に並び立った。
「もしくは、『運命の女』『運命に愛された女』という意味もあります。……どんな呼び名だろうが、勝手に誇って解釈しとけばこっちのモンですよ」
「ははは! いいね、それ。〝メリアの悍馬〟はやっぱり言うことが違う」
「うるさい」
アルヴィアはシヴのよれたネクタイを直し、同時にジオンが皺の寄ったシヴの衣服を整える。
そして、完璧に正装を整えたシヴを眺めて、アルヴィアは満面の笑みと共に大きく頷いた。
「うん。よく似合ってるよ、シヴ。今までのも良かったけど、東方ラムヌス色のシヴも男前だ」
「当然。おれはどんな格好でも様になるからな」
「おお、言うね? シヴ、『ファタル』の素質ありそうだな。これ」
真顔で頷き返すシヴにアルヴィアが心底面白そうに笑っているところで、不意にパンパンと手を叩く音が響いた。
「はい。では、見た目だけはそこそこ婚約者らしくなったところで。お二人には今すぐに移動してもらいますよ」
手を叩いたジオンは掛けていた帽子を目深に被ると、いそいそと身支度を整えながらアルヴィアとシヴに目を向ける。
「先に、お二人の事情を記した書簡を烏で飛ばしておきました。おそらく今頃、城では大騒ぎになっているでしょうね。王子殿下のお二人も含め」
「城? 王子殿下?」
ジオンの言葉に首を傾げて、シヴはアルヴィアを振り向く。アルヴィアは、真顔であってもどこか不思議そうな面持ちをしているようにも思えるシヴを見返して、如何にも楽しそうに口角を吊り上げる。
「うん。私の婚約者となったからには、シヴのことは私の他の身内にも紹介しないと。まずは、ここから東にある私の城——ビルスキルニル城に行こう。そこに、メリア王国の第一王子と第二王子、つまりは私の兄と弟がいるんだ。是非、シヴにも会ってもらいたい」
アルヴィアはそう言いながら、長椅子に立て掛けてある戦鎚に「ミョルニル」と短く呼びかける。すると、天鎚ミョルニルはみるみるうちに小型の鎚へと変形し、アルヴィアのもとへと引き寄せられるように飛んできて、アルヴィアの腰のベルトに収まった。
シヴは「アルヴィアの兄と弟」と小さく呟いた後に、「ほう」と声を漏らす。
「まずはアルヴィアの兄弟にご挨拶か。腕が鳴るな」
「ふふ、頼りにしてるよ。婚約者殿」
アルヴィアはシヴへと外套を手渡すと自分も素早く外套を纏って、すでに身支度を整え終えたジオンを振り向く。
「ジオンさんは一緒に城には来ない? まだ領地の巡察があるか」
「ええ。馬車はお貸ししますので、しばらく預かっておいてください。それと」
一度言葉を切ったジオンが、鋭い視線でアルヴィアとシヴを振り向いて、二人に向かって力強く指をさす。
「王都のことはきみたちで何とかしてください。俺は何があっても、死んでも、絶っっっ対に王都には近寄りませんし、関わりたくないので。加えて、王妃殿下やら他の諸侯たちやらに俺の名前、拷問されても出さないでくださいよ。出したら末代まで呪います」
ジオンは今までにないほど鬼気迫る勢いでそう言い切ると、部屋を出て行ってしまった。
「ジオンさんのメリア中枢嫌い、年々酷くなるな……とりあえず、呪われないよう気を付けないと」
「ハールバルズ卿の呪い。興味がある」
「そこかあ。今度機会があったらやってもらう? 死ぬほど怖いらしいよ、あの人の
「何だと? 面白い。是が非でもご教授願いたいな」
「シヴも男の子だなあ」
アルヴィアとシヴもそんなくだらない会話を交わしながら、ジオンの後を追って部屋を出る。
こうしてアルヴィアとシヴは、ジオンと別れてトネル砦を出立し、迅雷の台地からすぐ東に位置するというアルヴィアの居城「ビルスキルニル城」へと向かうのだった。
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