第4話 幻の国フレスヴェルグ
アルヴィアはトネル砦で自室のようによく使っている部屋へ、シヴとジオンを招き入れた。
シヴはテーブルを挟んでアルヴィアの向かい側の長椅子へと腰を下ろす。アルヴィアは、帽子を脱いで掛けていたジオンにも己の隣の長椅子に座るよう促すが、それをジオンは無視すると、そばにあった小さな椅子を部屋の隅にまで引っ張って行って、黙って座ってしまった。
アルヴィアは小さく笑って頷くと長椅子へと座り、向かい側で静かにこちらを見つめているシヴを見つめ返しながらさっそく口を開いた。
「よし、それでは。単刀直入に聞くけど、シヴはどうして私と婚約しようと考えたの? 理由を聞かせて欲しい」
「まずは」
シヴは視線をアルヴィアから逸らさぬまま、薄く口を開くと共にアルヴィアの隣に立て掛けてある天鎚ミョルニルを指差す。
「フレスヴェルグの遺産を集めることが、おれの目的の一つ」
アルヴィアは微かに目を見開いた。シヴはやはりいつもの真顔のまま、天鎚ミョルニルを指差した手を広げて見せて、五本の長い指を順に折っていく。
「
シヴは指を折っていた片手を下ろすと、両腕を組む。
「それと同時に、グリフォンを絶滅に追いやった人間共を皆殺しにしたいという欲求も無論、おれにはある。だが、その衝動に駆られて人間共を皆殺しにしようとすれば、フレスヴェルグの遺産の〝適合者〟まで殺しかねん。それでは、フレスヴェルグへの帰還は不可能だ」
フレスヴェルグの遺産の「適合者」。それはまさしく、アルヴィアのことを指していた。
ラムヌス大陸各地に伝説として太古から伝えられている「フレスヴェルグの遺産」はそれぞれ、国一つなど容易く滅ぼすことが出来るほどの災厄の如き異能を秘めている。そして、フレスヴェルグの遺産を手にすることが出来るのは、遺産自身に認められた人間、異種族、獣、植物、といった生きとし生ける者の「何か」、その唯一存在だけ。
実際、メリア王国にて記録にすら残っていないほど太古の昔から国宝として伝わるフレスヴェルグの遺産「天鎚ミョルニル」は、メリア王国史上、「適合者」として覚醒できたのはアルヴィアしかいない。
天候を変え、激しい
つまり、シヴがフレスヴェルグの遺産を集めるには、フレスヴェルグの遺産の「適合者」も併せて捜し出さないといけないのである。
「そういうわけで、アルヴィアに婚約を持ちかけた。アルヴィアはおれが全人類を滅ぼすことを阻止したい。そのうえ、おれを殺すことが出来る唯一の存在に違いないだろう。アルヴィアと共にいれば、フレスヴェルグの遺産を全て集めることが出来る可能性が高くなると、おれは踏んだ」
シヴの言葉に、アルヴィアは内心ですんなり「なるほど」と納得する。
シヴから婚約を申し込まれたアルヴィアは今の今まで、その理由に全くもって見当の一つもつかなかったので、少しほっとした気分だった。
しかし、素直に納得しているアルヴィアとは逆に、部屋の隅で足を組んで座っていたジオンは小さく鼻で笑いながらシヴに皮肉めいた視線を刺す。
「はあ。そのような事情でしたか。といっても要するに、鷲獅子王は全人類という人質を盾に、アルヴィア殿下を利用するため婚約を申し込んだと。そういうことですね?」
アルヴィアは思わずジオンに視線を投げかけるが、ジオンはそっぽを向いてフンと鼻を鳴らす。
一方シヴは、少しの間黙り込んで視線を微かに下げたが、すぐにまたアルヴィアを真っ直ぐ見て頷いた。
「……そうとも言うな。だが」
シヴは一度言葉を切ると、視線をアルヴィアから僅かに逸らす。
「アルヴィアと殺し合い続けて……気がつけば、いつの間にか十年経っていた。今現在もおれは人間を皆殺しにしたくて堪らないし。どういう形であれ人間なぞとかかわると、苦痛と不快しかないと思っていたが。アルヴィアは、違った」
シヴが逸らしていた視線を戻して、もう一度、鋭い琥珀の双眸をアルヴィアに真っ直ぐ向ける。
「何と言うか、言葉にしがたいが。『ようやく見つけた』と、思った。全人類を人質にとるなどという愚行を働いてでも、何故かもっと、おまえと殺し合いたいと思った。それも、婚約を強いた理由の一つだ」
シヴの言葉に、アルヴィアは真紅の瞳が零れんばかりに目を大きく見開くが、すぐに噴き出して小さく笑った。そして、軽く握った拳で口元を抑えながらシヴを見返すと、目を細めて艶やかな笑みを浮かべる。
「そっか。実は、私も同じ——十年前、シヴと初めて出逢った時から。『やっと見つけた、ずっときみを捜してた』って、思ってたよ」
アルヴィアの返しに、シヴも微かに目を丸くしたようだった。だが、すぐに目を伏せて背凭れに身体を深く預けると、小さく頷いて見せる。
「そうだったか。似た者同士というわけか、おれたちは」
「だね。それはそうと、私はフレスヴェルグを探すの、喜んで協力するよ。何だかんだ私も十年もの間シヴとの殺し合いを楽しませてもらったし、これからも楽しませてもらう予定だし。それに」
アルヴィアがシヴへ、お茶目に片目をぱちりと瞑って見せる。
「婚姻の儀はフレスヴェルグでしたいしね」
「……」
ふと、アルヴィアの言葉を聴いたシヴが無言のままびくりと身体を揺らすと、身体を前のめりにして拳を握り、胸を「バゴン!」と鈍い音を立てて叩いた。凄まじい音がした気がする。
アルヴィアは一つ瞬きをして「え。シヴ? 大丈夫?」と声を掛けるが、シヴはすぐにいつもの真顔を一切崩さぬまま顔を上げて、こくりと頷いた。
「問題ない。……それにしても、おまえはいつもおれの想像だにしない言動をする。十年前から驚かされてばかりだ」
「ははは、シヴって驚くことあるんだ? じゃあこれからもいっぱい、驚かせてあげるよ」
「面白い事を言う。やってみろ」
シヴは無表情のままだが、談笑しているようにも見える二人を遮るかの如く、ジオンが大きく音を立てて椅子から立ち上がった。アルヴィアとシヴがジオンに顔を向けると、ジオンはシヴだけに視線を向けて隣の部屋を指すように顎を振って見せる。
「お楽しみのところ申し訳ありませんが。次は、俺がアルヴィア殿下を尋問する番です。とりあえず鷲獅子王は、隣の部屋に行ってもらえますか? そちらに湯浴みの準備と服も用意してあるので、それらを使って最低限の身だしなみを整えてください。流石にずっとその格好でいられるのも困りますので」
確かにシヴが纏っている独特な焦げ茶色の装束はボロボロで、黒曜の如き黒髪も地に着きそうなまでに伸びっぱなしだ。
シヴは己の身なりを省みて「確かに」と素直に頷くと、長椅子から立ち上がって隣の部屋へと向かう。
「わかった。遠慮なく使わせてもらうぞ、ハールバルズ卿」
「ええ。東方ラムヌスの服の着方はわかりますか? あなた、その装束を見るからに西方ラムヌスの服しか着たことなさそうですが」
「誰にものを言っている。こう見えておれはハールバルズ卿よりも何百年も年上なんだ。造作もない」
「はいはい、さいですか。さっさと行ってください」
そのままシヴは隣の部屋へと姿を消し、それを羽虫でも払うかのような片手を振る仕草で見送ったジオンが、さっきまでシヴが座っていたアルヴィアの向かい側の長椅子へどかりと足を組んで座った。
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