12 松川2
……起きたら。
昼前だった。
そんなこと、ある?
僕は……昨日、お昼ご飯を食べて。そしてベッドでうとうとして。昼寝気分でそのまま目を瞑って。
起きたら、二十時間ほど寝ていて、ご飯を一度も食べず一度も目覚めず一周回って、昼とか。
そんなこと、ある?
僕の時計が壊れている訳じゃない。スマホと腕時計と置時計、全部合ってる。だからやっぱり僕が死んだようにずっと眠っていたというだけで。
松川もいない。日曜は部活が休みだったはずだけど……練習試合とか、友達と遊びに行ったのかな。
起こしてくれたらよかったのに、って思うのは自分勝手だろうか。でも、夕飯時と今朝と、松川が風呂にも入らずに寝こけていた僕を放置しておくだろうか。昨日素っ気なかったけど何かあって僕に構ってる余裕がなかったのかもしれない。
……いや、何言ってるんだ。僕は勝手なことばかり言って。松川に寄りかかりすぎてる。それはダメだ。
まずはご飯食べよう。二食抜いてお腹がペコペコ……なわけじゃないけど、体にはよくない。食事はちゃんと取らないと。生活の基本だ。
松川が帰ってくるかどうかわからないので僕は一人で食堂へ行くことにして。
「お。市原一人?」
クラス副委員長の麻生が、席に着いた途端トレイを手に寄ってきた。麻生も今から食事のようだ。
「そう」
「メシ一緒していい?」
「どうぞ」
断る理由もないし、席も目の前が空いているしで。
「サンキュ! いつもつるんで食ってる奴らがみんな外出しててさ。やっぱメシって一人じゃ不味く感じるじゃん」
思うことはみんな一緒らしい。一人より二人の方がより美味しく感じるものだ。
「そうだね、わかる」
「で、今日松川と一緒じゃねえのな」
いただきますと二人して手を合わせた直後、箸を持たないまま麻生はそう訊いてきた。
「行方不明っていうか、僕が寝てる間に出ていったみたいだから先にご飯来たんだ」
「松川ならさっき一人でメシ食ってたぞ」
と麻生が視線を流した先にはもう松川はいなかったけど。
「え?」
「お前と松川、いつも一緒ですげえ仲良いじゃん。珍しいなって」
「僕が寝てたし……」
一度部屋に戻ってきたのだろうか。
「また腹下してたのか?」
「あ、いや、そうじゃなくて普通に」
「ふうん。猫可愛がりしてるからさ、松川ってお前のこと」
「え?」
「お前ら汚い手で触るな、ぐらいの勢いだぞ」
「まさか」
みんなにはそんなふうに見えてたのか。
「ホントだって。お前って松川のなんなの?」
「相部屋で同じクラスなだけだけど」
何なのかと訊かれてもそう答えるしかない。親戚でもないし、幼馴染でもない。この四月に初めて出会ったのだ。
「ゲスい奴らはさ、あいつらデキてるだろって言ってるぞ」
「できてる?」
「まあありえんよな、男同士で。お前の反応見て確定したわ」
「ええ? そういうこと!?」
これ系の話、最近よく聞く……。
「俺はそんなの個人の自由だし別にどっちでもいいけど、市原とメシ食えてよかったわ」
「僕と?」
「松川バリアがあったからなかなか話できんかったし、同じクラスなのに仲良くなれないってつまんないじゃん」
そう思ってくれてたのか。
「気にしなくてよかったのに」
松川だってバリアなんてそんなつもりじゃなかっただろうし。
「だからお前は気にしてなくても松川が、だよ。多分クラスの奴らみんな思ってるぞ、俺は副委員長でアドバンテージあってズルいとか言われてたし。みんなお前と仲良くしたいんだよ」
いや、そんなレアキャラみたいな扱いされても……。僕はいつもみんなと同じ所にいたのに。
「正直、松川がいてくれてよかったとは思ってるよ。いろいろ世話を焼いてくれたし。僕が地方から来たからみんな近付かないんだろうなって思ってたところもあったし」
「どっから来たかなんて関係ねえだろ。お前もつまんないこと言うなよ」
「ごめん、だからそういうところが田舎者なんだよ」
都会の人となんでも比べて卑下しがちなのかもしれない。勝手がわからないことが多いのは事実だし。
「俺としてはさ、また一緒にメシ食ったり風呂行ったり遊んだりしたいんでよろしく」
「ありがとう、こちらこそよろしく。声掛けてもらえて嬉しかったよ」
僕も食事のスピードは遅い方じゃないはずだけど麻生はホントに早くて。一緒に食べ始めたはずなのに、僕はまだ三分の一を残していた。
麻生はぐっと親指を立てるとニカっと笑って、じゃお先とトレイを返しに行った。
クラス委員長と副委員長に決まってから何かと仕事絡みで話をすることがあったけど、それ以外のところでも変わらずさっぱりしていて気持ちのいい奴だった。
……それにしても松川。
一人でご飯食べてたって、どうしたんだろう。まあ一人でゆっくり食べたい時だってあるだろうけど。
僕は聞いてもらってばかりだ。食事の後、近所のパン屋さんでフルーツサンドを二人分買って。
「!」
部屋に戻ってきたら、ドア口で松川とぶつかりそうになった。松川は出かける体で。
「ごめん、松川。外出?」
「……うん」
いつもの元気はない。それでも足を止めてくれて。
「何か少し久しぶり感があるよね……」
「ああ……一日ぶり?」
同じ部屋なのに変な会話だ。
「フルーツサンド買ってきたんだ。あとで一緒に食べようと思って」
「……俺、晩飯あとまで戻ってこないから」
「じゃあ食後のデザートにでも」
「飯食ったら部活の奴の部屋に遊びに行くから多分無理」
「……そっか」
「じゃ」
松川は部屋を出て行った。
もしかしてじゃなくて。
元気がないとかじゃなくて。
僕は、松川に避けられてる。今、一度も僕を見なかった。
いつから……? 昨日のお昼、から?
「どうして……?」
金曜日、何かあっただろうか。僕は松川に何か酷いことをしただろうか。おんぶにだっこだった自覚はある。無理をさせていたのだろうか。嫌気がさしたのだろうか。
起こしてくれなかったのもそういうことだ。昨日の昼食も、今日の昼食も、僕と食べたくなかったのだ。多分。
僕とじゃない人と食べることに、そういうことはあって当たり前で何かを思うことはないけど、僕を避けているからなのだとしたらそれは辛く思う。
謝りたいけど理由がわからないからそれもできない。わからないまま謝ったって、失礼だしそれは謝罪ではない……。
買ってきた二人分のフルーツサンドがとても滑稽で。
生クリームや果物が使われているから冷やしておかないと傷んでしまう。
それはわかっているのだけど。
廊下にある共同冷蔵庫がとても遠くて。
僕は机に置いた。
終
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