11 松川

 小走りに生徒会室を出て、その後は全力で寮まで走って帰った。

 松川と食堂へ行こうと思っていたらドアには鍵がかかっていて。部活は午前中だからそろそろ帰ってきてるかなと思ったけど、まだのようだ。

 急いで鍵穴に鍵を差す。

 ここは安全だから。松川と僕の優しい空間だから。

 セックスとか好きとか、そんなものはここにはない。

 あの人は何を言ってるんだ。嫌なことはされなかったけど近藤さんの手の感触と耳にかかった吐息と背中の熱が僕を正常に保てなくして。

 どうにもやりようがなくて逃げてきたけど。

 僕はどうしたらいいのだろう。わからないから近藤さんと会いたくない。だけど月曜日、会長さんたちは僕を待ってくれていると思う。

 とにかく松川とご飯を食べて話ができるならしたい。

 松川を待つ間に制服から私服へ着替える。そう言えば夏服の販売が週明けにあるんだった。夏服と言ってもズボンが薄手になって長袖のワイシャツが半袖に変わる程度でネクタイは変わらず締めなければならないらしく。首元が暑いんだろうねと松川と話したっけ。

 ……ダメだ。訳のわからない焦燥が僕の中にあって落ち着かない。松川、早く帰ってきて。

 と。

 とりとめのないことを頭の中でぐるぐると考えていて、気が付けば食堂が閉まる十分前になっていた。戻って来ない松川も心配だけど、僕もお昼ご飯を食いっぱぐれてしまう。僕はとりあえず食堂へ急いだ。

 早食いの猛者がここには大勢いるらしく僕が食堂に着いたあとにも続々と走り込んでくる生徒がいる。運動系の部活の人たちなんかはよくあることなのかもしれない。勝手なイメージだけど食べるのが早そうだ。

 トレイに箸と残り少なくなった小鉢を取っていると奥の方から歩いてくる数人のグループの中に松川の姿があった。みんなジャージ姿で食べ終わったトレイを持って楽しそうに話している。部活の仲間なのかもしれない。

 そうか。松川はみんなと食べてたのか。それなら部屋に戻ってくるはずがない。約束をしていた訳じゃないから当然そういうこともあるわけで。松川がいつもいつも僕とご飯を食べるはずもなく。部活をしていない僕は今のところ一緒にご飯を食べるような友達もまだできていなくて。松川がいつも誘ってくれてたから誰とご飯を食べようかなんて気にもしてなかった。無理して誰かと食べる必要はないけど、一人も少し味気ないなと思わないでもない。引っ込み思案だとは思ってないけど、学校にも慣れてきたからもう少し友達を作る努力をしないといけないな。クラスも一緒で部屋も一緒の松川に僕は甘えていたのだろう。

 おばちゃんにご飯をよそってもらっていると、横を松川たちがゆっくり歩いて通る。

「松川、ご飯来てたんだね」

 目が合ったから声をかけた。

「……ああ」

 いつになく素っ気なく返されて、すぐに目を反らされた。そのまま足を止めることなく通り過ぎて行って。

 あれ……? 会話に割って入っちゃって怒ったかな。

「今の誰?」

「同室の奴」

「えらい可愛くね? 俺食えそう」

「わかるわかる。まっつー寝惚けて襲うなよ?」

「やめろよ、ねえよ」

 そんな会話が遠ざかっていく。その中身については別になんとも思わないけど、松川の声が冗談めいた他の奴らと違って不機嫌なのが気になる。何かあったのだろうか。

「もうすぐ閉まるからね、悪いけど早く食べてね」

 味噌汁を受け取るとおばちゃんに言われた。そうだ、とりあえず食べてしまわないと。

 急ぎます、と返事して近くのテーブルに座って箸を手にして。

 その十五分後には僕は部屋にいた。カニクリームコロッケ、もっとゆっくり食べたかったけど遅くなったのは僕だし仕方ない。

 そして松川はいなくて。誰かと遊びに行ったのか自主練でもしてるのか。帰ってきた形跡はあるけれど。

 ……まあ、何かの返事を保留したわけじゃない。ご飯を食べたからかなんだか落ち着いて。松川に急いで話さなくてもいいかもしれない。

 月曜に近藤さんと顔を合わせたっていつも通りでいいはずだ。僕が何か悪いことをしたわけじゃないのだから。

 そう結論付けたら眠気がやってきて。


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