2 目が覚めて

 !

 目が覚めた。

 ……いつの間にか寝ていた。しかもダンゴムシのように丸まったままで。暗闇なのは布団を頭から被ってるせいだとその次に気付く。

 ひどく窮屈な体勢を解こうとしたけど、しばらくこのままだったためか上手く体が動かない。まいったなと思って無理に体に力を入れて動こうとしたら。

「いっ……」

 体のいろんな場所が悲鳴を上げた。

 なんで……。

 って!

 暴れた……抵抗したからだ。腕を、足を掴もうとするから全身で必死で。

 詳しいことはわからないなりにもされようとしていることが許容できるものではないと、本能的に感じたのだ。だってあれはきっと。

「市原? 起きた?」

 布団の中でごそごそしていたからか、声が漏れたからか。松川の声がした。

 ……で、今何時なのだろう。

 朝になっている。そう時間が経ってない。気を遣って夕食を待ってくれている。そのどれかか。

 僕はあまりにも不義理なことをしている。松川に謝らないといけない。

 のそりと布団から顔を出す。亀が首を出したようだ。いつまでもこのままではいられないだろうから。

「市原……」

 松川は顔を歪めて自分の椅子から僕を見ていた。勉強中だったのだろうか。

「……何かごめん、迷惑かけて」

「迷惑じゃなくて心配しただけだ」

「ごめん」

「腹減ってるだろ」

 そう言われれば。

「うん……」

「実は食堂もう終わっててさ」

「そう、なんだ……」

 そういえば腕時計をしたままだと思い出して視線を落とせば、なるほどとっくに終わってる時間だった。二時間以上眠りこけてたのだろう。よほど疲れてしまっていたのか、神経が図太いのか。

「市原はカップうどん、食べられる?」

 松川は立ち上がると、クローゼットへ歩いた。

「うん……」

 どういう意味だろう。好き嫌いが激しい人間だと思われてるのだろうか。アレルギーとか?

「インスタント麺なんか食べません、って顔してるからさ」

「ええ!? そんなことは……うどんもラーメンも焼きそばも好きだよ」

「地方組だけど、いいとこのお坊っちゃんなのかなって」

 僕のどこを見たらそんなふうに思うんだろう。なんかフィルターかかってるとか? 田舎の子を見たことないとか。

「普通の家庭の子供だよ」

「そ? 市原って姿勢がいいし、品も良くて思慮深そうな顔してる。穢れを知らないっていうか無垢な清純な感じ?」

 要するに、世間を知らないおどおどした田舎者ってことなんじゃ……。実際そうだから文句も言えないけど。

「……少しでも都会っ子の皮を被れるよう頑張るよ」

「違うって、そんな意味じゃない。みんながお前と友達になりたがるだろうなって話」

 ? 友達は多い方がいいかもしれないけど。

「じゃあお湯入れてくるから、少し待ってて」

「うん、ありがとう」

 松川は部屋を出ていった。

 寮の各フロアの廊下にはコンロのないミニキッチンが二ヶ所設置されていて、その一つが僕たちの部屋の前にちょうどある。コンロはないけど電気ポットがあるのでお湯はいつでも使えるし電子レンジもある。ここは火気厳禁だ。火がどうしても使いたければ寮母さんなりに言えばいい。

 と、いたって普通に松川と話をできていたことに気付く。眠って落ち着いたのか。

 僕は自ら布団を剥いでベッドの縁に座る、が、それが一苦労だった。あちこち痛くて……筋肉痛のような感じだ。普段使わない筋肉でもって暴れたのだろう。必死で、腹を蹴ったり腕を引っ掻いたりした気もする。

 ふと、下着が湿ってる感じがした。シャワーを浴びたい。そう思うと居ても立っても居られなくなった。すべてを流し去りたい。ボディソープで何度も擦って跡形もなく証拠を。今にも身体を弄られた感触が蘇ってきそうで。悪寒のようなものが湧き上がりそうで。風呂はまだ開いている時間だけど行きたくなかった。松川に指摘された背中のことや他に何かあったらと思うと他人に見られたくなかった。

 僕はベッドから立ち上がろうとして声を上げそうになった。足がガクガクして力が入らずベッドの下に崩れ落ちる。さっきより酷くなってる気がする。筋肉痛だと、体が痛いと自覚したからか。

「お待たせ……って、どうした!?」

 部屋に戻ってきた松川が、床に座り込んでいた僕に血相を変えて走り寄る。カップうどんはちゃんと机の上に置いて。

「シャワー浴びたくて……」

「は? 今メシ……いや、そうだよな、そうしたいよな。ごめん気が回らなくて」

「違う。松川はなんにも悪くない。僕が考えなしで」

 僕のわがままだ、せっかく松川が食事させてくれようとしてるところを。

 それに松川に僕は何も話していない。なのに先回りをして世話を焼いてくれている。

「シャワー、一緒に行くか? ブースの外で待ってるから。歩くのが辛いなら手貸すし」

「……お願いしたい。ごめん、うどんが伸びちゃうね」

「そんなの戻ってきてもう一個作ればいい話だろ。どうでもいい」

 シャワー室までついてきてもらったのは歩けないからではなく、誰かに会いはしないかと怖かったからだ。……誰かというかあの人に。多分……松川も本当はそっちの意味でついていくと言ってくれたのだろうと思う。

 僕は松川と一緒にシャワー室へ行った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る