第84話 ヴェーラが脱獄?

 私がシェイラード嬢の治療をした二日後、夫人とシェイラード様はすぐに王宮の貴族牢へ行き、ブロル元総長と会ってきたようだ。


 師匠から娘を助けてくれて感謝していると伝えて欲しいと教えて貰った。ブロル元総長は肩の荷が降りたようにすっきりとした表情で思い残すことはありませんと師匠に言っていたのだとか。


 なぜ師匠がブロル元総長の面会に足を運んでいるのかといえば、やはりヴェーラが脱獄した件で情報を集めているみたい。


 詳しくは知らされていないけれど、最近特に師匠は忙しそうにしている。ジャンニーノ先生に至っては王宮に缶詰めで過ごしているらしい。


 私はというと、長期休みのためのんびり小屋で師匠から出された課題をこなしている。


「ユリア、ずっと小屋での勉強は飽きたよね?」

「いえ、飽きていませんが?」

「たまには実地訓練をしよう」

「……」


 拒否権はないに決まっている。


 今度は氷河の中に置いてけぼりにされるのか、砂漠の上で魔獣と格闘か。なんて考えていると、師匠は笑っていた。


「ユリア、今回は逃げた犯人を探し出すという訓練という名目だが実際に犯人を追うことになる。残念なことに今、王宮はとても人手が足りなくてね。優秀なユリアに白羽の矢が立った」

「逃げた犯人、ということはヴェーラですか?」

「ああ、そうだよ。彼女を探し出すのが今回の目的だ。問題は彼女を手引きした人物がいる。

 ブロル君の予想としては闇ギルドが関わっているんじゃないかと言っていたな。

 参考になるかは分からないが、闇ギルドが関わっているとすれば充分に注意が必要だ」

「その辺りも注意しながら探し出さないといけないんですね」


 師匠が温い課題を出す理由はないわよね!


「調べて出てきた魔力を全て捉え、その特徴を記録していく事が必要だし、行動の予測もしておかないといけない。大丈夫、その辺は失敗してもジャンニーノ君がなんとかする」


 ジャンニーノ先生たちが尻ぬぐいをするということなのね。

 先生、ごめんなさい。

 先に謝っておきますね!


 師匠の話を聞いて少し不安はあるけれど、ヴェーラを野放しになんてしたくない。絶対に逃がさないわ。


 時を戻った後、彼女と直接関わることなんて殆どなかったけれど、やはり嫌いなものは嫌い。ランドルフ様が眠りについたのも彼女のせいなのだから。


 そうして私は師匠と共にヴェーラの居た貴族牢へとやってきた。


「ここから調査を始めて逐一報告すること。それと、ユリアが動きやすいようにこの腕章を付けておくといい。馬車を使いたい時は騎士団に見せるといい」


 師匠から渡されたのは王宮の紋章がある腕章。ある程度の場所はこの腕章を見せるだけで止められる事無く行けるということね。


「分かりました」


 言うだけ言うと師匠は王宮へと戻っていった。まず、何をしよう。


 ……貴族牢。


 私は開錠されている部屋に入り中を見渡す。木のテーブルと椅子、ベッドが置かれただけの簡素な部屋。


 テーブルの上にはヴェーラがいつも使っていたと思われる水差しとカップが置かれている。

 鉄の格子が嵌められている窓と扉の両方を見たが壊された様子はない。ベッドの下にも何もなかった。


 とりあえず、魔法を使って魔力の痕跡を捕捉しなければいけないのよね?


 私は少し長い詠唱を始めた。


 詠唱が完成していくと同時に魔力が部屋を包み込み、脱獄時の状況を魔力が捉える事に成功したようで煙状を形成していく。

 大まかな人型になった。一人はヴェーラだと分かるがもう一人は男というくらいしか分からない。これはヴェーラと男の持っている魔力量の差かもしれない。


『ヴェーラ様、お待たせしました。すぐに移動しますよ』

『待っていたのよ! 遅かったわね。貴方の名前は?』

『それよりも急ぎます。時間がありません。これをどうぞ』

『分かったわ』


 ここで二人は部屋から出ていった。


 この魔法ではこれが限界ね。私は素早くメモを取った。ヴェーラは誰かに手引きされて牢を出た。会話の内容からすると脱獄をすることを事前に聞かされていたようだ。


 今は手引きした人間が男だということと、手際がよく一分もしないうちに移動していることしか分からない。

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