第78話
つい額に手を当ててしまった私。父も苦虫を嚙み潰したような顔をしている。
「……ジョナス。貴方の言いたいことは分かったわ。でもね、いくら二人が平民だからといって勝手に連れてきてはいけないわ。貴族だからと許されるものではないの」
「うっ、うわーーーーん!! ごめんなさいっ。でも、でもっ! どうしても、僕は優秀にならなきゃ駄目なんだっ」
堰を切ったように泣き始めたジョナス。ずっと思い詰めていたのかもしれない。
「お父様やお母様は勉強しなくてもそんなに叱らなかったでしょう?」
「そうだけど。でも、そうじゃないんだ。だって僕は伯爵家を継がなきゃいけない。いくら田舎育ちのユリア姉様だって知っているだろう? 貴族社会は足の引っ張り合いだって。知れば知るほど、僕は何にも出来ないんだ。それが怖くてっ」
声を上げて泣く弟。大昔の『ねえさまっ』と屈託のない笑顔で呼ぶ頃の弟を思い出した。
「ジョナス、怖かったのね。大丈夫よ。これから学んでいっても充分に間に合うわ。でもマロンとレナが居なくなってエメたちが心配しているから連絡しなきゃね」
「……ごめんなさい」
私はとりあえずエメたちに伝言魔法でマロンとレナは無事でもう少ししたら連れて帰ることを伝えた。
マロンとレナはというとジョナスを泣き止ませようとしている。優しい子たちだ。
「ジョナスはマロンとレナと会ってどう思ったの?」
一頻り泣いたおかげか、抱えていた悩みを打ち明けたおかげか落ち着きを取り戻したジョナスは涙を拭きながら答えた。
「二人に僕の従者になって欲しい」
「……そう。ジョナスの気持ちは分かったわ。でもこればかりはマロンたちの意思もあるし、お父様やエメたちの許可も必要よ」
「……そうだな。とりあえずジョナスの言い分は分かった。だが、思い立ったからといって何をしていいわけでもない。お前は次期当主として、お前が周囲に与える影響を考えろ」
「はい。すみませんでした」
ここでマロンたちに従者になるか、ならないかを聞くのは簡単だ。けれど聞くのは止めておいた。父もそうだろう。
人々にとって王宮の襲撃事件の記憶はまだ新しい。忘れていないのにまた貴族が誘拐事件を起こしたと思われ、広まるのはよくない。
幸いにも私がすぐに見つけることも出来たし問題になる前にエメに知らせを飛ばせたので大事にはならないと思いたい。
マロンたちが従者になってもいいと思っていても周りの状況次第となるだろう。ジョナスがもっと手順を踏んでいればすぐにでも従者になっていたかもしれないが。
マロンもレナもジョナスのことを気にしているわ。きっと二人なら素晴らしい従者になるに違いない。
「お父様、とにかく一旦マロンもレナも家に帰します。後日、謝罪と今後どうするのかエメの方に知らせを送るようにお願いします」
「もちろんだ」
父は執事に指示を出している。
ジョナスを責めるわけでもなく、ジョナスのやりたいようにしていくようだ。
やはりジョナスには甘いのね。
「マロン、レナ。送っていくわ」
私がそう言うと二人とも笑顔で私の元にくる。
「ジョナス様、またお会いすることを楽しみにしています」
「ジョナス様、またね!」
執事が馬車を準備してくれていたようだ。私は二人を馬車に乗せてグレアムたちの待つ宿に戻った。
「ユリアお姉ちゃん、ジョナス様はどうなるのかな?」
「んーどうにもならないわよ。なんで付いていったの?」
二人は若干困った顔をして話すかどうか迷っていたが言葉にした。
「ジョナス様、泣きそうだったんだもの。私たちと同じ年頃なのに目にクマがあって、寂しそうで。『お前たちがエメの子か? 俺の側で支えて欲しいんだ』って言われたら断れなくって。ね? お兄ちゃん」
「まさかその場で馬車に乗るとは思わなかったんだけどね」
レナの言葉をフォローするように話すマロン。
「二人はジョナスの従者になってもいいの? レナは侍女を目指しているのならまだいいけれど、マロンは冒険者になりたいんでしょう?」
「んーそうだね。でも、ユリア姉ちゃんの弟は僕たちとは違ってなんだか寂しそうだったし、一緒にいてもいいかなって思ったんだよね。それに少しの期間でも貴族の従者だったって箔も付くだろうし?」
「そっか。エメにこれからのことしっかりと相談しなきゃいけないわね」
そうして私たちは心配している家族のもとに帰っていった。
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