第74話ブレンスト公爵家side

「ラノ様、『テーラード』をお呼びしております」

「待っていた。ようやく連絡がついたか」


 ここはブレンスト公爵家の領地にある邸の一つ。


 ブレンスト公爵夫妻は王宮襲撃で逮捕され、王都の邸に務めていた従者たちも全て関係者として連れていかれた。


 襲撃者として捕まったのは実の兄。

 俺は弟のラノ・ブレンスト。


 兄が野心家だったのはよくよく知っている。その野心は父と母からの教育だったからだ。


 幼い頃から俺たちは王家を超えるような家になるよう育てられた。


 両親の教育はとても厳しく、時には情を捨てろと教えられていた。

 公爵の地位を兄が継ぎ、弟の俺が兄の手足となり動いていた。


 俺は普段、商人として他国を渡り歩いているが、時に後ろ暗い商人たちとやり取りをし、兄を助けていた。


 そして一家は王宮を襲撃し、捕まった。娘のクラーラちゃんもヴェーラ・ヴェネジクトに殺された。


 俺はというと、他国にいたことで襲撃に関与していないとされ、兄の代わりに公爵家を継ぐことになった。


 もちろん爵位は降格し、現在領地の大半を没収され公爵家は子爵家となった。


 兄を恨むのはお門違いだ。

 兄は貴族の争いに負けただけ。


 俺は貴族牢に収監された兄と夫人に面会する。


「やあ兄さん。元気だったか?」

「ラノか。後は頼んだ」


 疲れた顔でそう答える。後悔はないのだろう。隣の部屋に収監されていた夫人にも声を掛けた。


「義姉さん、何か要望はあるかな?」

「ラノ。私は、毒杯を煽ることに悔いはないわ。夫についていくだけよ。でもね、一つだけ、一つだけ許せないの」

「何が許せないんだい?」

「クラーラは王妃として申し分ない子だったの。あいつ、アイツだけは許せないの! 死よりも重いものを味わわせてやりたいの」

「アイツって?」


「ヴェーラ・ヴェネジクトよ! ああ、忌々しい。クラーラは私たちに従順で申し分なかったわ。アイツが邪魔をしなければクラーラは今頃私たちを助けてくれていたに違いない。お願いよ、ヴェーラに罰を与えてちょうだい」

「……それは難しいな。だって彼女も貴族牢に入っているんだろう?」


「クラーラと同じ痛みを与えないと気が済まないわ!アイツは絶対に同じ目に遭わなければいけないのよ」

「……正直、難しいよ?」

「報酬は、公爵家の邸の屋根裏の絵画の裏にあるわ」

「……分かった。どこまで出来るかは分からないが」


 報酬をしっかりもらえるのなら一応頼んでおくか。俺は踵を返し、邸に戻った。


「ファノ、屋根裏の絵画を持ってきてくれ」

「畏まりました」


 俺は従者のファノに指示をする。執務室に入り、執事から仕事を確認していると、ファノが五枚ほど絵画を持ってきた。


「ラノ様、あと数枚ありますがいかがしますか?」

「とりあえずこれだけでいいよ。ありがとう」


 俺は早速絵画の裏を調べてみると、三枚の地図と場所の印がされてあり、王都だと思われる地図に印があった。


 印だけではよく分からないため執事に聞いてみる。


「この場所、何かあるのか?」

「夫人のよく行く店です。奥様から何かあった場合、『クラーラのために』と言って店の者を呼ぶようにと言われております」

「分かった」


 ファノに屋根裏へ再度行って絵画の裏を全て調べるように指示を出したが、他の絵画には何も無かった。


 すぐに印のある店に行き、『クラーラのために』と店の者に伝えると預かっていた物を差し出された。


 公爵家の家宝とも言っていい宝石たち。俺はしっかりと受け取った。


「ファノ、『テーラード』を呼べるか?」

「分かりません。彼らは報酬で動きますからね。子爵になった今、彼らが呼応してくれるかどうか」

「……そうだな。公爵家の家宝を出すと言えばいい」

「畏まりました」


 ファノが彼らを呼び出す間、俺は領地を治めるべく資料と格闘していた。 




 ーー数日後


 ファノが笑顔と共に戻ってきた。


「ラノ様、『テーラード』が反応してくれました。三日後、ここから三つ離れた村で落ち合うそうです」

「わかった」 


 俺は襟を正し、指定された家に向かった。


 取引当日。一人の男が邸へとやってきた。俺はファノと共に彼をサロンへ迎え入れた。


「ラノ様、子爵への降格は残念でしたね。またこうして呼ばれるとは思っていませんでした」

「ああ。義姉が死ぬ前にやってほしい事があると頼まれてね。もちろん報酬は用意してある」


 テーブルの上に置かれた宝石。男は一目見てから頷いた。


「いいでしょう。で、私どもは何をすればよいですか?」

「ヴェーラ・ヴェネジクトの脱獄を頼みたい」

「理由をお聞きしても?」

「義姉の私怨だ。娘を殺されたから同じような目にあわせたいらしい。自分が死ぬまでに報復したいと」

「脱獄後はどうされますか?」

「そうだな。痛めつけた後、歩けなくしてどこかの娼館に捨ててくれればそれでいい」

「畏まりました」


 男は一礼をした後、すぐに家を出た。


「……大丈夫でしょうか」

「彼は出来ないことは出来ないとすぐに断る。今回は断らなかった。きっと上手くいくさ」

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