第68話 ヴェネジクト家side

「ケイシャ様、ファルファット様を呼び戻しますか?」

「……そうね。シャルトもヴェーラも捕まった。ただ、簒奪の意思が無いことだけが救いになっている。ヴェーラはただランドルフ殿下と夫婦になりたかっただけなのに。悔しいわ!」


 今はまだ侯爵位だけれど、降格は決まっている。


 ファルファットが爵位を継ぐと同時に子爵家になる。


 降格だけで取り潰しにならなかったことを幸いとするべきなのかもしれないが、夫人であるケイシャは悔しくて仕方がなかった。


「王宮医師と王宮魔法使い顧問のジョンソン・リィツィード様の治療でヴェーラ様は正気を取り戻されたと連絡が来ました。どうされますか?」

「ヴェーラが戻ったのね! すぐに会いにいくわ!」


 ケイシャは馬車を用意させ、すぐに王宮の貴族牢へと向かった。


「ヴェネジクト侯爵夫人。ヴェーラ様はただいま癇癪を起こして暴れております。気をつけて下さい」

「ええ、大丈夫よ」


 貴族牢へ案内した従者の注意を聞き流し、ヴェーラがいる部屋の前に立った夫人。


「ヴェーラ、私よ」

「……お母様っ!! 聞いて下さいっ! 私は嵌められたのっ。私は何も悪くないわっ!! クラーラが全ての原因なのよ! ランドルフ殿下と私の仲を嫉妬したからに決まっているわ!」


「可哀想なヴェーラ。貴女は悪くないわ。大丈夫。ファルファットを呼び戻すことにしたの。

 私も貴女を助けるために頑張っているから。しばらく大人しく待っていなさい」

「!! ファルファット兄様、が……。分かりました。大人しく待っていますわ」


 ヴェーラは涙をぐっと堪えるように扉越しに頷いた。


 ケイシャはその姿に涙が止まらなかった。


 可愛い娘をこんな粗末な牢にいつまで居させるのかと。


 すぐに踵を返し、邸に戻った。




 一週間後、ヴェネジクト家に長男のファルファットが一人の男を連れて戻ってきた。


「母上、ただいま戻りました。ヴェーラの状況は?」

「ファルファット、待っていたわ。今、ヴェーラは泣きながら貴族牢で過ごしているの。早く出してあげたいわ。あの子は何も悪くないものっ」

「母上、落ちついて。ヴェーラを救うために人を連れてきたんだ。彼の名はノクト。彼がヴェーラを助けてくれると約束してくれた」


 茶髪でどことなく凡庸な感じの男が礼をする。


 本当にこのどこにでもいそうな男がヴェーラを助けてくれるというのだろうか?


「ケイシャ夫人。ノクトと言います。現状をお話しすると、ヴェーラ様の置かれている状況は非情に不味い。

 彼女が薬を服用させられていたとしても二人を殺害している。このままでは毒杯を賜ることになるでしょう。


 脱獄させることは簡単ですが、ヴェーラ様は残念ながら殺人犯。

 脱獄させても元の生活には戻れません。

 しばらく身を隠した後、他国で平民として暮らすように手配しますが、それでよろしいですか?」



 ケイシャは愛する娘と離れて暮らさなければならない事に悩んだが、ファルファットの説得で頷いた。


 生きていればそれだけでいい。


 夫の事は諦めるしかない。


 ヴェーラのためとはいえ、隣国の魔法使いを使って違法な魔道具を作り、王宮で騒ぎを起こした責任を逃れるのは難しい。


 反対の立場であっても私と同じようにヴェーラを助けるために動くだろう。


「ノクトさん、ヴェーラのことをお願い」

「報酬については後日ファルファット様に連絡させていただきます」

「わかったわ」


 ノクトという人物は一体何者なのか?


 ファルファットの話では隣国で雇った魔法使いと同じ組織に所属していると言っていた。


「ファルファット、ヴェーラはちゃんと助けてもらえるの? 心配だわ。あの子は毎日泣いて暮らしているのだもの。早く助けてあげないと……」

「母上、大丈夫ですよ。きっと彼らならヴェーラを救ってくれるはずです。今は信じるしかありません」

「……そうね」

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