第65話

 ――この小さな小屋で生活すること半月。


 学院もようやく落ち着いたと師匠から聞いた。


「明日から登校することになったよ。Sクラスは当分の間閉鎖。今までSクラスに居た子達はAクラスで一緒に授業を受けることになるようだよ」

「そうなんですね」


 またリーズと一緒に授業を受けることが出来ると思うとちょっと嬉しく思ったけれど、Sクラスの人達はどうなのかしら?


 きっとあの騒動はかなりのトラウマになると思う。もしかしたら数名は退学してしまうかもしれないわね。


「私はどうすれば良いですか?」

「あぁ、君は今まで通り学院の勉強を続けて、午後からここに訓練しにくればいい」

「一度、伯爵家に戻った方がいいですか?」

「んー伯爵からも連絡はないんだよね?」

「はい。連絡一つないです」

「相変わらず君に関心はない、か。まぁ、一言送っておけばいいだろう」

「分かりました」


 血の繋がった家族からは結局、学院で襲撃が起こったにも拘わらず連絡一つ無かった。


 エメやパロン先生達はすぐに連絡をくれたし、私からも魔法伝言で当分行けないことを伝えてはいるの。


「ユリア、学院へ行きたくないだろうけど卒業だけはしておくように」

「わかりました。でも師匠、私三年生までの勉強は覚えているしテストだけ参加するので良いですか?」

「そうだね。普段の授業は出なくてもいいけれど、折角の学生生活だよ? 楽しんだ方がいいんじゃないかな」


 勉強が面倒だなって思っていたけれど、師匠の言葉に納得する。確かにそうよね。


 お友達と楽しく遊ぶことももう出来ないだろうし。


 私はテスト以外休もうと思っていたけれど、思い直して毎日登校することに決めた。


「師匠、私、今まで出来なかった分を楽しんできます!」

「うん。そうするといい。どのみち卒業してしまえば厳しい修行に本格的に入るつもりだからね!」


「え”!? 今以上に厳しくなるの!?」

「そうだよー。君もジャンニーノ君も僕の弟子だからね! 立派な後継者を育てるつもりなんだよ?」

「ジャンニーノ先生も? ですか?」

「あぁ、そうだよ。時が戻る前は腑抜けた魔法使いばかりで殿下が隷属されても気づかない役立たずばかりだった。

 今回、十年前に役立たずの魔法使いを一掃したけど、まだまだ王宮には『魔法が使えるだけ』の者達しかいない。

 僕が一から鍛えなおそうと思ってね。僕は王宮で顧問となり、魔法使いを育てるのと同時に君とジャンニーノ君を弟子として育て上げることにしたんだ!」


 どうだ、凄いだろう? と言わんばかりの顔で師匠は言っている。


 今までの過酷さはまだ温かったようだ。恐ろしい!


「そうそう、それで、だ。ユリア、この子の世話を頼んだよ」


 師匠が懐から小さな毛むくじゃらの生き物を渡してきた。よく見てみると白いふわふわな毛をした小さな子猫。丸まって静かに寝ている。


「この子はランドルフ。まだ眠りから覚めない。ユリア、毎日お世話をお願いするよ」

「……ランドルフ? も、もしかしてランドルフ殿下?」

「そうだ。あの時からずっと彼の心は疲弊し、壊れ、いつ死んでもおかしくない状態だった。僕が作った腕輪で子猫になり、夢見の魔法で眠りについている。ああ、眠りにつく前に彼から君宛の手紙を受け取っているけど読む?」


 私は師匠から手紙を受け取りゆっくりと封を開けた。


『ユリアへ。

 一番に君に謝りたかった。私は君を守れなかった。あの時、侍女が私の装具を偽物と交換していなければ、後悔しない日はない。

 君を傷つけてしまったこと。

 苦しくて、もどかしくて死にたくて、気が狂いそうだった。

 君の泣き顔を見ても止める事が出来ず、抵抗する事もどうすることも出来なくて、本当にごめん。

 ジョンソン殿の力を借りてなんとか時間が戻った時、すぐに君に会いに行こうと何度もした。

 けれど、君は領地で暮らしていると聞いて君が望むのならそっとしておこうと考えていた。

 君が生きてさえいればそれで良かった。

 ユリアが生きている、それだけで時間を戻して良かったと思う。

 でもユリアを見た時、未だ愛する気持ちがユリアを苦しめてしまった。

 僕は、君に一目合った時から君のことばかり考えているどうしようもない男だ。

 僕は、ユリアに会えたことを生涯忘れない。

 どうか君は自分の思う人生を歩んで欲しい。


 ユリア、君には世界中の誰よりも幸せになって欲しい。


 ランドルフ』


 手紙を読んで涙が出た。


 苦しくて嗚咽するほどの感情が押し寄せてくる。


 私はずっとエメやエメの家族に声を掛けて支えて貰っていた。


 ……でも彼には支える人がいなかった。


 彼は一生懸命抵抗し、私を守ろうとしてくれていた。

 必死に抵抗していた。


 私、ずっと自分のことで一杯だった。


 裏切られたと思って、耳を塞いでいたのは私。


 私はそんな彼の様子をなに一つ気づいていなかった。


 ……ごめんなさい。


 私は何も分かってあげられていなかった。

 彼はずっと一人で戦っていた。


 私に出来るだろうか。

 彼が目覚めたら一番に謝りたい。



 私はすぐ籠にクッションとタオルを敷き詰め彼の寝床を作り寝かせる。


 彼はどんな夢を見ているのだろう。


「あぁ、彼はこの小屋から出さないようにね」

「わかりました」


 こうして私は寮に戻った。

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