第58話
ヒュンと転移した先はどこかの宿。
ジョーンはそのまま部屋を取った。一つの部屋にベッドが二つ置かれている。
「今日はここで休もう。さすがに魔力を沢山使ったから疲れたよね?」
ジョーンは部屋を出てしばらくして戻ってくると、夕飯を持っていた。
「夕食を貰ってきたから食べよう。食べながらさっきの質問にも答えるよ」
「ジョーン、師匠?」
「なんだいユリア」
「師匠は何歳なの?」
「六十を超えたところだよ」
「六十!? でも若く見えるのはやっぱり魔法で?」
「あぁ、この容姿は魔術で失敗した反動で時が止まっているんだ」
「魔術で失敗? 禁術でも行っていたんですか?」
「んーまぁそうだね。昔は若かったし、色々なものに興味があったから。今はそこまで無理はしていないよ」
「怪しい」
「ははっ。まぁそれは置いといて。王宮での事が知りたいんじゃないの?」
「そうですね」
「僕が直接関わったわけじゃないから詳しい話は知らないよ? ただ僕は依頼されたものを作っただけ」
「どんな物を作ったんですか?」
「僕が作った魔道具は獣化出来る魔道具でもちろん人間にも戻れるものだった」
「私が倒したのは令嬢がネックレスに魔力を流すと魔獣化して襲ってこようとしたからその場で倒したのですが……」
「ネックレス? あぁ、あれか。隣国の闇ギルドに居たあいつならやりかねない。闇ギルドにいる奴等は欲にまみれた馬鹿だからね」
「師匠が作ったのはどんな物なのですか?」
「腕輪だよ。僕が作ったのは獣になる腕輪。ネックレスは模倣品だろうね。それに腕輪では魔獣にはならない。術式を改変していればわからないけどね。もちろん僕が作った品は獣になったり戻ったりすることが出来る」
「腕輪の方なのかな? 学院で腕輪に魔力を流し、詠唱をしようとした令嬢を眠らせて途中で強制終了させてしまったんです」
「長い詠唱?」
「えぇ。何かブツブツと唱えていました」
「ふーん。興味あるな。今度聞きに行ってみようかな」
ジョーン師匠は面白そうに笑っている。
「さて、食事も済んだし、寝るまでの間にこれを読んで」
「え?」
どこからか出してきた分厚い本が五冊。
「鬼畜だ!」
「優しいと思うよ? 君の魔法を見ていると基礎が出来ていない。それに加えて詠唱無しに使っているから雑な魔法になっているんだよね。しっかりと基礎の理論を頭に叩き込んだ後、それに倣って魔法を使ってから詠唱無しで使うと飛躍的に効率がアップするんだ。そのために必要なものだからね」
……チーン。
こんなに疲れているのに。
今から本を読んでも頭に入ってこないわ。
いたって真面目な顔で話すジョーン師匠。
渋々本を手に取り、ベッドに寝っ転がりながら読む私。ウトウトすると容赦なく電撃が襲ってくる。
全然優しい師匠じゃない!
断言できるわ!
夜中まで掛かってなんとか読み終えた。そのまま意識を失うように眠ったのは言うまでもない。
翌日は少し遅い朝食を取り、どこに行くか聞いてみた。
「師匠、これから何処にいくのですか?」
「んードラゴンの卵を取りに行こうかと思っていたけど?」
「え?」
「いや、だからさ、ドラゴンの卵を取りに行くよ」
「なぜ?」
「美味しいからに決まっている。大きくて食べ応えがあるんだよねー」
こうして私は師匠に無理やりドラゴンの巣の近くに転移させられ卵を取りにいくはめになった。
えぇ、もちろんドラゴンは大激怒でしたよ。
認識阻害や無臭の魔法を掛けていたけれどドラゴンには全く効果が無かった。
ただただ卵を持って走って逃げてくるだけ。
逃げた先に師匠がいて馬鹿なの? って笑われてしまうし。
今までの生活がガラリと変わったのは間違いない。
日が高いうちは魔獣の討伐。夜はフラフラになるまで勉強。
今までこんなにハードな生活をしたことが無かった私にはとっても新鮮だった。
なんだかんだでジョーン師匠は面倒見がいいようだ。数日一緒にいて人となりは分かったような気がする。
「師匠、明日から学院が始まります」
「そっか。じゃぁ一旦寮に戻る方がいいね」
「修行も終了ですか?」
「え? 何言っているの? 学院は午前授業だけだよね? 午後から修行だよ」
「何処で修行するんですか?」
「あーそうだね。これを使って」
師匠から渡されたのは一つの鍵。何の変哲もない鉄の鍵。
「鍵をどう使うんですか?」
「あぁ、これをこうやって挿してガチャッと回せば開くから大丈夫」
何もない空間に鍵を差し込む??
私は分からずに師匠の見よう見まねで鍵を空間に差し込んで回すと扉が現れてノブに手を掛けて回すと部屋が現れた。
部屋に一歩入るとどこか山小屋のような感じ。
テーブルと椅子がある。キッチンやトイレ、シャワーが小さいながらも付いていた。テーブルに花が飾られていて窓から見える景色は山と花畑が見える。
「……素敵」
「勉強するにはもってこいだよね。あぁ、でも外に出ると危ないから。ドラゴンクラスの魔獣がウヨウヨしているから慣れるまで出ないようにね」
ドラゴンクラス!?
ここから見える景色はのんびりと穏やかに見えるのに??
でも、師匠の事だからそうなんだろうと思う。なんせこの部屋も魔法の鍵で開く可笑しな代物なんだし。
「さぁ、行き方も分かったよね? じゃぁ、明日からここに来るように」
「分かりました!」
「あぁ、それと、この鍵は必ず首に下げて誰にも話をしないようにね」
「もちろんです!」
それから私は師匠に寮まで送られた。
短期間だったけれど人生が一変してしまうほどの経験をしたと思う。
興奮が収まらないわ。
私の将来は学院を出たらすぐに冒険者になろうかとも思ったけれど、師匠の元でもう少し勉強しても良いとさえ思った。
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