第50話
「……パロン先生?」
「ユリア様!! 目が覚めましたか??」
「……こ、ここは?」
「治療院のベッドですよ」
「ご、ごめんなさい。すぐに帰ります!」
「まだ安静にして下さい。ユリア様は一週間も目覚めなかったのですから」
「い、一週間!? 本当ですか??」
「えぇ。相当疲労していたのだと思います。無理してはいけません。あぁ、今エメを呼びますから」
先生はそう言うと、すぐに魔法でエメを呼んでくれた。
「ユリアお嬢様!!」
部屋の扉が開いたと同時に泣きながら駆け寄ってきたエメは私をギュッと抱きしめてくれる。
「もう、目覚めないんじゃないかと思って怖かった」
どうやらこの一週間私自身はたまに目を開けていたらしい。でも焦点が合わず、どこか空虚なまま動くことはなかったらしい。
「エメ、心配をかけてごめんなさい」
「ユリアお嬢様、倒れたあの日、何が有ったのですか?」
パロン先生は心配そうに聞いてきた。
「一週間近く学院が終わってから夜遅くまで王宮の騎士団で尋問されていたの。何度も過去を思い出して話をしていたから……」
「そうでしたか。心が限界を迎えてしまったのでしょう」
「あ! 倒れて一週間ってことは王宮の人達が逃げたと思って探しているんじゃないかな?」
「ユリア様。大丈夫ですよ。ユリア様が倒れた翌日にジャンニーノ君へ知らせを飛ばしておきました」
「先生、ありがとう。先生が知らせてくれていなかったらきっと今頃犯人隠匿ってことで先生が捕まっていたかもしれない」
「はははっ。それはそれで面白いことになりそうですがね。今日はエメの家に泊ってしっかり静養するように」
「……はい」
私は先生にお礼を言った後、エメに連れられてエメの家に戻った。
流石に今日ばかりは部屋でのんびりと過ごし、エメの作る料理を食べて心の栄養を摂っていく。
「エメ、私、そろそろ王都から出ようと思うの。学院を卒業するまで頑張ろうと思っていたんだけど、このまま王宮が関わってくるんだったら難しいかもしれない」
普段前向きな私が溢した言葉。エメは何も言わず私の頭を撫でてくれる。
「無理しないでくださいね。エメはどんな時もユリア様の味方ですから」
「……ありがとう」
エメの言葉。
……彼女が死ぬ前も同じように言ってくれた。
泣きたくなった。
私にはこうして心配してくれる人がいるの。
それだけで心が温かく感じるの。
翌日は学院もあるので朝早く家を出ることにした。
エメはもうしばらく休んでいたほうがいいんじゃないかって言っていたけれどね。
一週間も休んでいたのでリーズも心配していると思うの。
まだ学院に騎士達はいるのかしら。荷物を纏めていつでも出ていける準備を終えた後、不安になりながらも登院した私。
「ユリア様、大丈夫ですか?」
「リーズ、心配かけてごめんね。昨日目覚めたの」
「うぅっ。日に日に窶れていく姿を見ていて心配していたんですからっ」
「私が休んでいる間、何か変わったことはなかった?」
「うーん。Aクラスは変わったことは無いけれど、Sクラスは令嬢達が何か喧嘩して騒ぎになっていたみたいです」
「そうなのね。リーズもSクラスには近づかない方がいいわ」
「そうよね。なんだか怖いもの」
詳しい話を聞いてみると、どうやら婚約者候補の三人が喧嘩をしていたみたい。
今まで四人は牽制し合っていたけれど、アメリア嬢が居なくなり、いよいよ争いが激化しはじめているのだとか。
クラス内外で三人は罵り合い殿下の側近や護衛が止めに入る事態になっているらしい。
彼女達の本性が出てきたのかしら。
近づかないに越したことはないわ。
私はリーズと共に行動し、なるべく目立たないように授業を受けた。
さすがに一週間も眠っていると思ったより体力が無くなっている。少し鍛えなおさないといけないわ。そう考えていると……。
また彼は私の前に現れた。
「ユリア様、お時間をいただけますか?」
……ブロル総長。
「嫌よ。私は目覚めたばかりなの。もう協力したくない。放っておいて」
ブロル総長は頭を下げた。
「ユリア・オズボーン伯爵令嬢。誠に申し訳ございませんでした。ジャンニーノから貴女が倒れ、目覚めないとお聞きしたのです」
「聞いたのならもういいでしょう? 放っておいて」
「……分かりました。本当に申し訳ありませんでした」
ブロル総長は意外にもあっさりと引いた。
王宮の方で何かあったのかしら?
それともランドルフ殿下の話と整合性がとれたのかしら?
まぁ、いいわ。これ以上関わらないで済むのならそれに越したことはないもの。
そこからの毎日は王家と関わることなく過ごしていた。
側近も護衛もAクラスに来ることはなかったの。私はそのまま学院に登校し続けている。
辞めようと思っていたけれど、あれからパロン先生にもグレアムにも止められたわ。まだ十四歳の子供だ、と。
学院は十六歳で卒業になる。あと二年は勉強した方がいいんじゃないかと言われたわ。
私はこれからも過去に纏わりつかれるのかしら。
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