第48話 陛下side

 ―ユリアが去った後の会議室



 あの娘、ユリア・オズボーンはやはり時を戻っていたのか?


 影からの報告では確かに精神疾患と診断を受けて領地で暮らしていたようだ。世迷言だと思っていたのだが、な。


 儂があの娘と話したことを思い出していると、宰相の声で現実に引き戻された。


「全く……。オズボーン伯爵、令嬢は一体何を考えているのか?」

「……誠に面目ない。後で叱っておきます」

「だが、まだまだ若い貴族令嬢だから言いくるめればなんとかなると私達は考えていたのが裏目に出てしまったな。これでは学院で娘を守ることができん」


 ブレンスト公爵がそう言うと、ヴェネジクト侯爵、レイン侯爵も同意するように頷いている。


「だが、一人の令嬢に全てを負わせるのも酷ではないのでしょうか? 彼女は確かに日頃からジャンニーノ魔法使い筆頭に師事を受けているけれど、まだ学生です。たまたまあの場にいたからこそ彼女は手を貸してくれた。本来なら騎士や魔法使いが警護に当たるのが筋ではないでしょうか?」


 今まで黙っていたブロル総長がそう意見する。騎士団としても沽券に関わる問題だ。


「だが、彼女も貴族の一員だ。王家の命令に従うのは当たり前だろう」


 レイン侯爵はそれでも納得がいかないようで反論する。


「ではレイン侯爵。そこまで言うのであればコリーン嬢を婚約者にしてランドルフ殿下の盾にすれば良いではありませんか?」

「な!? 未来の王妃になる娘に命を張れと? そんなことをするわけがないだろう!?」


 ジャンニーノの言葉が侯爵へ返ってくる。


「おやおや、昔からユリア嬢を婚約者に望んでいるのはランドルフ殿下だと聞きましたが? 持病のため婚約者になれないだけで裏を返せば他の令嬢達はランドルフ殿下のお心を射止めておりません。

 ユリア嬢は持病を抱えているという事以外は大変優秀だと思いますよ?

 殿下が望むほどに。お三方はそのユリア嬢を踏み台に出来るほど優秀で素晴らしいのでしょう? 殿下を側で守りたい。

 婚約者候補として素晴らしいではないですか」

「こらっ、ジャンニーノ。煽るな、言葉を慎め」


 宰相が諫めると、ジャンニーノは笑顔で口を閉じた。


 因みに魔法使い筆頭のジャンニーノは別としてオズボーン伯爵はこの中では爵位が一番低く、口を挟むことは出来ない。


「まぁ、確かに一伯爵令嬢で学院の生徒ユリア嬢に騎士団と変わらないような警護を望むのはおかしいとは思いますな。

 ここは一つ、学院のSクラスに騎士団と魔法使いの双方から護衛を出すようにするしかないでしょう。陛下はどのようにお考えですか」


「……あぁ。そうだな。犯人が見つかるまで物々しいが騎士や魔法使い達が護衛する方がいいだろう。息子の命には代えられん」

「ではお忙しい中お集りの皆様、この辺でお開きにしましょう。捜査に進展がありましたらお伝えします」


 宰相の言葉に一旦解散となった。



 そして陛下の前にブロル総長とジャンニーノ筆頭魔法使い、宰相の四人だけがその場に残った。


「ジャンニーノ、ユリア嬢は本当だと思うか?」

「……本当の事だと思います。何故彼女の話を信じなかったのでしょうか」

「……あれは王族の中でも秘術中の秘術なんだ。名前こそ知れ渡っているが、過去に行った者はいない。発動するかも分からないほどの魔法なのだよ。まさか息子がやるとは思えなかったのだ」


 陛下とジャンニーノ筆頭の話を黙って聞いている二人。


 どうやら二人は王家特有の魔法の話をしている事は理解したようだ。


 ジャンニーノ筆頭や一部の貴族は王家特有の魔法があることは知っているが、正式に公表されていないため、知らない者も多いのだ。


「でも、ユリア嬢の言っている事がもし、本当の事なら王家を恨んでいても仕方ない。あやつが未だ捕まらない犯人を隠匿している可能性も浮上してくる」


 陛下の言葉にゴクリと唾を飲む宰相。


「陛下、ランドルフ殿下を狙う犯人が分かるのですか?」

「あぁ。推測は出来る」

「……誰かをお聞きしても?」

「……ヴェーラ・ヴェネジクト侯爵令嬢だ。犯人はランドルフを狙ったのではない。ランドルフに近づく者や婚約者候補を狙った、ものだろう」

「では、ヴェネジクト侯爵も絡んでいると?」

「そこまでは分からん。だが、令嬢一人では魔法使いを雇い大規模に魔獣を呼び出したり、人を魔獣化したりすることは難しいだろうな」

「ヴェーラ嬢を犯人と断定するには証拠が足りない。ましてや相手は侯爵家。下手なことはできませんね」

「うむ」

「そうなれば我々は今まで見当違いな場所を探していたのですね。ヴェネジクト家にも監視を置いた方がよいでしょう」


「ランドルフ殿下はユリア嬢をずっと望んでいるようですが、本当の所はどう思っているのでしょうか?」


 ジャンニーノは疑問を口にする。


 ここまで殿下は自ら前に出てきたことは一度もない。


「あぁ。ランドルフは昔から大人しい。

 どこか人間味が薄いというか、ほぼ感情の起伏を見せない。

 人形に近い危うさがあるのは皆知っているだろう?

 唯一ユリア嬢の事に関してだけ反応を見せると言ってもいい。

 それにいつのころからかどんな時も魔法無効の魔道具をいくつも持ち歩き、部屋にもある。

 家臣を含めた殆どの者にも距離を取っている素振りさえある。……ランドルフにもユリア嬢にももっと詳しい話を聞く必要があるのかもしれん……」


 陛下は呟くように話す。


 ユリア嬢の心が病むほどの出来事。同じようにランドルフ殿下にも何かあったのかもしれない。


 ここにきてようやく大人達は事態の重さに気づいた。

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