第47話

「ま、まずは落ち着かれよ。座って、は『座って話を聞いて従えですか? そしてまた私は殺されるのですね。あぁ、従わない場合はブロル総長にこの場で斬られるか、ジャンニーノ先生に魔法で強制的に従わされるのですね?』」


 陛下を含め、齢十四の小娘など簡単に従わせることが出来ると高を括っているのだろう。


 残念。口にはしないが魔法の対処法はしっかりと勉強済みだ。


 同じ魔法使いのジャンニーノ先生と対峙すれば苦戦することは間違いないが、他は瞬殺できるだろう。瞬時にそう判断してしまう。


 ……私って結構好戦的なのね。


 戦わなくてもこの場から逃げ出すのは簡単だ。むしろそっちの方が楽よね。ずっと口を開かずにいた陛下が宰相を制止し、私に問う。


「まぁ、待てユリア嬢。私は犯人を捕まえたいだけだ。ユリア嬢の死を望んでいるわけではない。犯人が捕まるまでの間、ランドルフの護衛に就いてほしい。どうすれば協力してもらえるだろうか?」


 陛下の問いに私は振り向く。


「陛下には病の理由をお話ししましたが?」


 陛下は王家の秘匿に関してそれ以上話されるのはよくないとお考えのようだ。


「……ですが、そうですね、私を解放してくれるなら考えてもいいですわ」

「……解放とは?」

「私を貴族のしがらみから解放してください。私には夢があるのです。

 好きなように起きて好きなものを食べる。好きなように働き、好きなように国を出る。好きな人と結婚し、思うままに生きていきたいのですよ。

 もちろんそのために貴族籍を抜けて平民になっても構わないと思っていますわ。

 幼少期より平民と変わらずこの間まで村で育ってきたし、こうして魔法が使えますもの。生きていく手段は色々とあります。

 貴族に憧れの一つも抱いていないのも事実ですわ。

 こうして貴族のままでいるのもジャンニーノ先生やパロン先生、私を育ててくれた侍女達への恩があるからです。それだけですわ」

「……分かった。協力してくれるのであればユリア嬢を解放しよう」

「へ、陛下!?」



 宰相が止めに入る。


「口約束では反故にされかねません。どうか、これにサインを」


 私は机に置いてある紙に魔法で書いていき、陛下の前にふわりと出した。


 もちろん内容はお茶会や舞踏会襲撃事件の犯人が判明するまでの間ランドルフ殿下の警護を行う。期間は長くても学院卒業まで。


 うやむやにされても困るからね。


 そして期間後は国外に自由に出てもよい、婚姻の自由、仕事の自由など貴族としての活動を拒否してよいことを明記したわ。


 もちろん舞踏会やお茶会の不参加も含まれている。


 生涯自由でいられるのなら二年くらい我慢するわ。


 父は陛下の前で口を出すことはないが怒っている様子。

 まぁそうよね。


 顔に泥を塗られたようなものだしね!


 十四歳の小娘が突然出した魔法契約書。

 そもそも魔法契約なんて使う人は殆どいないわ。


 契約違反をすればペナルティが厳しいから。もちろん違反した時のペナルティも決められるの。


 今回は一番重い死。


 私はそれでもいいと思っているわ。やりたい事は沢山あるけれど、邪魔されるのなら死を選んでもいい。


 どうせ一度死んだ身だもの。

 怖くはない。


 宰相が魔法契約の内容を見て驚愕する。


 ペナルティの重さに驚いているのかしら?

 それともまだまだ子供の私が魔法契約を作ったからかしら?


「ユリア嬢!? なんだこれは! 話にならない、書き直すように!!」

「あら、宰相様? 間違っておりませんわ。私は命を懸けて守るのですよ? 当然陛下の命も懸けてもらわねばいけませんわ」


 公爵達も私の言葉に驚いている。


 子供の作った魔法契約にサインをするのは馬鹿らしいと本気で思っているようだ。


「不敬を承知で言わせてもらうと、全てが大っ嫌いですわ! 私を陥れたあの女も、牢に入れワズルガードに命令し、犯し処刑させた殿下も、見捨てた家族もみんな嫌い! 大っ嫌い! みんな死んでしまえばいい」


 私は興奮し、魔力が漏れだす。


 私の言葉に先生以外がどういうことだ? と困惑しているようだ。


 陛下は理解していたはずだが……。


 やはり本当に戻ったとは思っていなかったのね。

 ワズルガードの名を出すまで。


 ワズルガードは狂気の集団が集まる部署だ。一般的には零騎士団と呼ばれ、優秀だが問題児ばかりが集まる集団。


 あまり表に出てこないため謎も多い。


 特Aクラスの魔物が出た時や他国の折衝のために活動しているとされているが、その中の更に優秀な者の一部が国の暗部を担っており、そのメンバーがワズルガードと呼ばれている。


 その名も活動も王族しか知る者はいない。


 私がその名を知っているのは王太子妃教育を最後まで受け、王妃様から聞いたから。


 左袖口のカフスに小さな星が付いているのが彼らの印らしい。


 ジャンニーノ先生は立ち上がり、私の元にくるとギュッと抱きしめた。


「ユリア、落ち着きなさい。駄目ですよ、ここで暴れたら。皆、死んでしまいますよ」


 先生の言葉に私は落ち着きを取り戻し、漏れ出ていた魔力を抑えた。


 先ほどのやり取りや先生の行動に誰もが口を閉じてしまった。


「私はこの通り、精神に異常をきたした病持ちです。えぇ、気の狂った女の世迷言なので気にしないで下さいませ。

 そのため、幼少期より領地の奥でひっそりと過ごしていましたのに……。

 私はそれだけ皆様のことが嫌いですの。そんな私を盾にして犯人を捕まえる勇気はありますか?」


 大人たちはみな顔色が悪い。


 子供だと思って適当に言いくるめて好き勝手に使おうとしている事がみえみえなのよ。


 これでも過去に王子妃教育を全て終わらせている私は彼らの行動を理解しているつもり。


 私がジッと様子を見ていると、やはり彼らは命を懸ける気など毛頭ないのだと判断する。宰相が持っていた契約書を魔法で燃やし、笑顔で告げる。


「皆様、私を盾にする勇気はないようですね。では今までと変わらず過ごしていく予定ですわ。

 何も権力に逆らうとか、攻撃する意図は全く持っていません。

 私の望みはただ静かに過ごしたいだけです。このように病気持ちですので舞踏会やお茶会など最低限の参加となりますが、責め立てぬようお願いいたします」


 私は先生から離れ、今までにない最高の礼を執った後、部屋を出た。後はどうなろうと知った事じゃないわ。


 私が犯人として罪を全て擦り付けられるのかしら?


 まぁ、それもありそうよね。

 その時は全力で逃げるしかない。



 認識阻害の魔法を掛けて素早く寮に戻った私。

 その後、父からも先生からも誰からも何の連絡も来ていない。苦情の一つでもくるかと思ったんだけど……。


 あぁ、エメやパロン先生を盾に私を従わせるのかしら?


 そういえば私、ここまで激しい怒りを人に向けた事がなかったわ。大人げがなかった事に後悔する。


 でも、陛下達の私を盾にして令嬢達を守る姿勢にはどうしても我慢が出来なかった。


 やってしまったのは仕方がない。


 もう、どうにでもなれ。


 そう思い、私はベッドに入った。

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