第10話
翌日から家庭教師がやってきた。
見るからに魔法使いのような服装をしている。歳は二十五、六位だろうか。無精ひげを生やし、髪もボサボサあまりやる気が見えない感じ。
パロン先生からなら安心してもいいわよね?
「ユリア様ですね。私はジャンニーノ・チタリスティ。パロン医師の紹介でやってきました。伯爵様からユリア様に文字を教えるようにとの話でしたが、とりあえず何処まで出来るか見てみます」
ジャンニーノ・チスタリティ?? 遠い昔の記憶は王宮の魔法使い次期筆頭だったような気もする。
ま、さかね?
パロン先生の知り合いが王宮魔法使い?
頭の中は疑問だらけ。時間が巻き戻る前の彼と接点はほぼなかったからどんな人なのかわからない。
私は振り返り、エメを見て頷いた後、先生に話し掛けた。
「ジャンニーノ先生、パロン先生から何か聞いていますか?」
「いえ? 文字の勉強を見て欲しいとだけですが?」
「……そうですか。多分テストをすれば分かると思いますが、私は文字が書けます。勉強についても最低限は出来ると思いますわ。先生には文字より魔法を教えて欲しいの。でも、父には勉強が出来ると言わないで欲しいの」
「どうしてですか?」
「だって学院で優秀だと目を付けられたくないの。父は勉強が出来ると分かればダメ元でもランドルフ殿下の婚約者候補に立候補させるに決まっているわ。万が一でも可能性があるのなら潰しておきたいの」
時間が巻き戻る前、ランドルフ殿下と私は七歳の頃に婚約し、あの時までは仲睦まじく過ごしていた。
初めて会ったのは王宮のお茶会でのこと。
シャンパンゴールドの髪に碧眼。柔らかに笑う彼の姿に虜になった令嬢は多かっただろう。
私もそのうちの一人に過ぎなかった。
二回目、三回目のお茶会をするうちに参加する令嬢はどんどん減っていき、最後には私だけになった。
「私は生涯貴女と共に過ごしていきたいと思っています。どうか婚約者になっていただけませんか?」
彼からその言葉を聞いた時には嬉しくて涙が出た。
そこから私達は未来の王と王妃になるための勉強が課せられた。
勉強やマナーなどとても忙しく過ごしていたけれど、お互い時間を合わせてよくお茶をしていたわ。
……懐かしい思い出ね。
本当なら七歳のお茶会の時に婚約者を決めていても可笑しくないのに殿下にはまだ婚約者候補も居ない状態なの。
それとなく確認してみたが、父や邸にいる他の人達は時が戻る前の記憶は無い様子。
殿下にも無いとは思うけれど、既に過去とは違うので油断は出来ない。
「ふむ。まぁいいでしょう。程々に報告します。とりあえずテストしましょうか」
先生は何処から取り出したのか基礎の基礎のテストを私に差し出した。勿論簡単すぎてさっと解いてしまう。
「ふむ。では次に」
そう言って次は学院の一年生の問題を出してきた。これも私にとってはとても簡単よ? その次は二年生、三年生と順に解いていった。何年もテストなんてしていなかったからうろ覚えの箇所はあったけれど、全て解答できた。
先生はとても興味深い様子。
「文字を習ったことが無いと言うのは信じられないですね。私が教えなくても十分でしょう。
ユリア様の興味があるのは魔法でしたね。これについては他の科で教わる程度の知識しか持っていないようですね。
これについては私の専門分野でもありますので教える事が出来ます。
が、実技は危険を伴います。伯爵家では難しいので王宮の魔法使い棟で練習したいのですが、通えますか?」
「王宮……。だ、大丈夫です」
殿下と鉢合わせしてしまうのではないかと一瞬考えたけれど、魔法使い棟に行く事を考えたら我慢出来るわ。
学院に入るまでの間、ジャンニーノ先生に魔法を教えてもらうために毎日王宮の魔法使い棟に通うことになった。
王宮の魔法使い棟で知ったのは、先生が魔法使い筆頭だったってことかな!
びっくりしたわ。
過去の記憶は次期筆頭だった。…あれ?あの当時の筆頭って誰だっけ??
…まぁいっか。遠い記憶は気にしなくても大丈夫よね!
最初の間は殿下に会うのではないかとヒヤヒヤしていたけれど、鉢合わせする事無く、魔法使いの棟で実技と講義を受ける事が出来たの。
殆どの魔法は詠唱無しで使える。
これは夢見のおかげね。
そんな事は知らない先生はとても驚いていたわ。
「ジャンニーノ先生、有難うございました。明日から入学です。少しの間お別れですが、また戻ってくる予定ですのでその時は宜しくお願いします」
「こちらこそユリア様のような優秀な生徒を見たことがありません。貴女ならすぐにでも王宮魔法使いになれる事をお約束します。これからの学院生活を頑張って下さいね」
やったー。先生から褒められたわ!
私は有頂天になって軽い足取りで王宮を出ようとしていた時、誰かが後ろからぶつかってきた。
あまりの勢いに私が膝を突く。
「いたっ」
「お嬢様! 大丈夫ですかっ」
エメが驚いて声を掛けてきた。いつもなら注意をして人とぶつかる事なんてないのに。
「スマン、大丈夫か?」
そう言って私に手を差し出したのはランドルフ殿下の側近、マーク・カーニー子爵子息だ。第三騎士団団長の息子。
マークがいると言う事は……。
私の考えは正しかったようだ。
「マーク。落ち着け、ご令嬢にぶつかってしまっただろう。お嬢さん、怪我はありませんでしたか?」
そう言ってランドルフ殿下は私に手を差し出した。
わ、私は、一瞬身体が恐怖で動かなかったけれど、表情には出さず、意を決して殿下の手を取る前に自分で立ち上がった。
「だ、大丈夫ですわ。そこの方、気を付けて下さいませっ。失礼致しますわ」
エメはもちろん私の過去を知っているのですぐに駆け寄って私を過剰なほど心配している。
エメの声に言葉を返す余裕もなく、殿下達に軽く礼をしてから一緒に小走りになる早さで馬車へと急いだ。
―――
〇
「なんだあいつ。折角殿下が心配してやってんのに」
マークはそう呟くとランドルフ殿下は「まぁ、急いでいたんだろう」とマークに声を掛ける。
ランドルフ殿下の視線は名乗らずに去っていった令嬢の後を追っていた。
―――
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