第9話

 一応グレアムは料理人兼護衛なので伯爵家までしっかりと送り届けてもらったの。馬車を降り、緊張した面持ちで邸へと入っていく。


「お嬢様、お久しぶりです。旦那様は只今執務室へおられます」

「……わかったわ」


 出迎えてくれたのは父の執事。


私の記憶より少し若いがとても懐かしく感じる。大人だった頃の私の記憶を懐かしむように父の執務室へと足を運んだ。執事は私の行動にとても驚き、声を掛けてきた。


「お嬢様、覚えていらっしゃったのですね」


 ……そうだった。


 私は死ぬ前の記憶で邸の事も父の執務室もよく知っているけれど、時間の戻った今は三歳で家を出たため、殆ど邸の事を覚えていないはずだと思う。


 やらかしたわ。

 でも、まぁ、辛うじて覚えていたという感じにしておくしかないわね。



 ―コンコンコンコン


「入れ」


 何年かぶりに聞く父の声。私は緊張しながらも旅装のまま父の執務室へと入った。


「お父様、お久しぶりです。ユリア、只今領地から戻りました」

「……あぁ。聞いていると思うが、ユリアを呼び戻したのは学院があるからだ。

邸から通わせようと思っていたが、随分と長く領地で暮らしていたお前には邸が辛いだろう? 学院寮に入ってもらうつもりだ」


 父の言い回しに内心、重い息を吐いた。


 私を心配している言い方をしているが、もう私は我が子として見ていないのだろうと。


「お父様、寮に入るのは問題ありませんわ。ただ、淑女科ではなく魔法科に進みたいと思っております」


 前の時に淑女科の勉強と王妃教育を休むことなくやっていたので覚えているし、淑女になる気もないのでもう要らないわ。


「何故だ?」

「だって私は心の病で領地に居たのですよ? どこかの貴族に嫁ぐとなれば相手にご迷惑をおかけしますし、精神を患った嫁など伯爵家の評判が落ちる一方ですわ。

ですが魔法使いなら変わった女がいても問題にはなりませんもの。

それに私は幸いな事に魔力が豊富らしく、活かさない手はないかと思っております。魔法使いで名を上げれば伯爵家の名声も上がるというもの」


「……そうか。明日から家庭教師が来ることになっておる。字も満足に書けぬだろうから最低限は習っておけ。魔法もしっかり教えて貰うように言っておく。これ以上伯爵家に泥を塗らぬように」

「分かりましたわ。では失礼します」


 私は執事に部屋まで案内され、旅装を解いた。


 以前使っていた自室ではなく案内されたのは客間だった。


 まぁ、こればかりは仕方がないわね。血を分けた娘であっても長期間別々に暮らしていたんだもの。


 そして父は私は字が書けないと思っているようだ。


 貴族の教育を受ける前に領地に行ったのだし、エメもグレアムも平民なので教えていないと思っていたのだわ。そこは黙っておくしかないわよね。


 私はワンピースに着替えてから部屋でのんびりしていると、侍女が夕食に呼びにきたわ。どうやら家族で集まり、食べるようだ。


 私は食堂で借りてきた猫のように周りに神経を尖らせながら静かに着席する。


 父も母も私は腫れ物として扱っているのがよく分かる。チラチラと視線を感じるが話し掛けてこない。微妙な雰囲気を壊すのは難しい。息が詰まりそうになるのを我慢して黙々と食事をしていると。


「姉上、ずっと領地だったのでしょう? 領地はどんな所でしたか?」


 私の四つ下の弟ジョナスは私よりまだ頭一つ小さい。父達に遠慮することなくジョナスは聞いてきた。


「気候も穏やかでとても過ごしやすい所よ。町の人達もみな優しかったわ」

「王都と違って不便なんだよね? 田舎って何にもないって聞いたよ。暇じゃなかったの?」

「そんな事はないわ。町の人達と協力して開墾し、畑を作ったり、農作物を作るお手伝いをしたりと忙しいわ」

「畑を耕すの? 平民と一緒に? やだな。埃臭いのが移りそうだ」


 ジョナスは鼻をつまみヤダヤダと手を振って馬鹿にした仕草をしている。その様子を父がコホンと咳払いし止めるように促す。


「あら、そんなに馬鹿にして大丈夫なのかしら? 次期伯爵様が領民を馬鹿にして領地が繁栄するとは思えないけれど?」

「はぁ? なに? 文句あるの? この僕に? これでも僕は家庭教師から優秀だって言われているんだぞ! お前なんか字も書けないんだろう?」

「……止めないか。ユリアはお前の姉だ。それに療養先に町を選んだのは私だ。文句があるなら私が聞こう。ユリアもだ。ジョナスにそれ以上言うな」


 父のその言葉に流石のジョナスも黙ってしまった。


 それ以上誰も口を開く事なく黙々と食事は続いた。ジョナスは終始馬鹿にしたような表情で私を見る。


何か言いたそうにしていたが、父に止められて仕方なく黙っているようだ。


 時間が戻る前の弟達のこの時期は擦れていなくて可愛い感じだったのに。


 今は初対面でこの言われよう。

 何があったのかしら?


 領地視察が嫌いな母が常々言っていたのか、お茶会で知り合った友達に言われたのか。


まぁそんなところよね。

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