第6話 夢の中の私

 振り返ると、そこにいたのは掌に乗るサイズの小さな白い猫の形をしたものだった。


「夢の中へようこそ。私は貴女の心の奥に潜む貴女と言った方がいいかしら? まぁ、難しいからガイド役とでもしておいて」

「ねぇ、ガイド役さん、聞きたいわ。ここの平原には何もないけれど、このままずっと何もないの? この夢で何をすればいいの?」


 白猫はフワリと浮かび私の肩に飛び乗った。


「今からこの草原に魔物が現れるわ。それを倒すだけよ」

「倒す? 武器なんて持っていないわ」

「魔法があるじゃない」

「昔、学院の実技で使った事があるだけなのに。出来るわけないじゃない」

「じゃぁ、死ぬしかないわ。何匹もやってくる。持てる全てを使い、ある物を全て利用する。泣くだけでは誰も助けてくれないわ。ほらっ、見なさい。前から敵が現れたわ。頑張って」


 白猫の言葉と同じくして目の前に現れたのは一匹のスライム。


 学生の頃、教科書に書いてあったわ。


 子供でも倒せる魔物。

 もちろん私はスライムすら倒したことは無い。


 これから私はずっと魔物を倒していくのかしら。


 そう思いながら魔法を唱えてスライムを倒す。魔法は夢の中でも問題なく使えるみたい。


 むしろ以前より魔力が扱いやすい気がする。


「上出来じゃない。ほら、次も現れたわ」


 また一匹のスライムが現れた。何度も何度もスライムを倒していく。


「ねぇ、ガイド役さん。これは私の記憶から作られているの?」

「えぇ。勿論そうよ。貴女の記憶の引き出しからできているわ。

全て何処かで見聞きしたものが出てくる。貴女はずっと勉強ばかりしてきたから知識は誰よりも豊富なのよ? 魔物もそれなりに出てくるようになるわ。まぁ、最初からドラゴンなんて出てこないから安心して頂戴?」


 私の記憶を元にしていても安心は出来る気がしない。


 スライムだと侮ってガイド役さんと話をしたのが不味かった。スライムに体当たりされてしまったわ。


……痛みがあるわ。


「あぁ、一応言っておくと、夢の中でも痛みはあるわ。殺されれば現実世界へ戻る事は出来ない。真剣に倒すしかないわ。じゃぁ、私はこの辺で消えるわ。何かあったら言って頂戴」


 ガイド役さんはそう言い残して消えていった。


 最初から大きな魔物だと怖くて倒せなかったと思うわ。スライムが出てきたのは助かる。


 記憶の中では様々な魔物の知識を詰め込んであるからそのうち様々な魔物が出てくるのかしら。


 少し怖い気もする。



 そしてスライムを何匹も何十匹も倒した後、一角兎が出てきたわ。この魔物は一直線に走って突撃してくる。突かれたら大怪我を負うので上手く避けないといけないようだ。


 一角兎の攻撃を避けつつ魔法を唱えて何匹も倒していく。そう、どうやら少しずつ魔物が強くなっていくみたい。


 偶にどこからか頑張って、負けないでと励ましてくれる声が聞こえてくる。


 その言葉に勇気づけられながら永遠と思われる程の魔物を狩り続けている。


… … …


… …




 そう、どれくらい魔物を狩ったのかしら。


 目の前に何百体もの魔物の群れ。


 スケルトンやオーク、リザードマンなどの魔物が現れた。中には剣や盾を持った魔物やローブを着ている魔物もいるわ。


 相変わらず身体の成長は遅いけれど、少しは大きくなった。剣の扱いも上手になったわ。


 辛いことを辛いと考える間も無く戦い続けた。


 昼か夜かも分からない夢の世界で。何度も怪我をしては魔法で治し、何度もピンチを経験してはチャンスに変えてきた。


 繰り返す戦闘で過去の弱かった自分を見つめなおす事が出来たのではないだろうか。


 あの時、あの女に陥れられた事を嘆くだけだった。


 ただただ堪えるだけ、蹂躙されるがままだった。


 今ならそんな弱い自分を叱咤激励出来るほど強くなったと思う。


 もう大丈夫。


 私は魔物を切り、魔法で倒していく。


 最後の一匹を倒した時、白猫が現れた。


「ユリア、強くなったわね。そろそろこの夢も魔法が切れて終わりがくる。ここで身につけた経験は目覚めても消える事はないわ。あぁ、ただ身体は寝た状態なので鍛えなおす必要があるけれどね。ここまでよく頑張ったわ」

「久しぶりね。ガイド役さん。今まで有難う。私はもう大丈夫よ。こんなに強くなったんだもの」

「さぁ、そろそろ目覚めて。エメが貴女を待っているわ」

「……そうね。心配掛けてしまっているわね」


 私は目の前に現れた階段を上がり始める。


 出口の光が眩しくてギュッと目を閉じた後、ゆっくりと瞼を上げると、そこには見覚えのない部屋があった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る