第5話 エメside
「では、旦那様、奥様、行ってまいります」
「あぁ、ユリアの事を頼んだ。向こうの家はすぐに暮らせる手筈になっている。良くなったらすぐに知らせるように」
「承知致しました」
そうして執務室を出た私は護衛に指示する。
「さぁ、お嬢様を馬車へとお連れして。優しくお願い」
馬車に乗せられているお嬢様はスヤスヤと眠り、起きる気配はないみたい。
最低限の荷物を馬車に乗せて出発の準備はできた。
旦那様達は領地へ向かうお嬢様に会う気はないみたい。
お嬢様は少し前まで乳母が付いていたけれど、彼女は仕事を辞めて息子と暮らすことになり、交代するように私がお嬢様専属の侍女となった。
まだ幼い彼女は天真爛漫でとても可愛い妹のように思っていたわ。けれど、突然半狂乱になり倒れた。
その日以降、お嬢様は異常な行動をするようになった。
心配でしかたなかったの。
旦那様達は気が引きたいだけじゃないかと真面に取り合う様子もない。むしろ面倒だといわんばかりの態度で見ていたわ。その様子を見てとっても悲しくなった。
私自身、親から捨てられ、教会に拾われた身なのでユリア様が自分と重なってみえたの。
ユリアお嬢様を絶対守ってみせる。
そう心に決めて私は領地へと向かったの。
王都から家のある場所まで約一週間。
その間もお嬢様は目を覚ます事は無く、私は声を掛け続けた。食事はというと、意識は無いながらも口に食べ物を運ぶとモグモグと好き嫌いせずに食べてくれている。下の方は赤子のようにお世話する。
教会では毎日小さな子達の世話をしていたから苦にはならないわ。
護衛は眠り続けるお嬢様を不思議そうに見ていたけれど、パロン先生の魔法で眠らせているだけだと言うと納得したみたいだったわ。
「君が侍女のエメかな? ワシはこの家を管理している町長のイワンだ。……その抱えられているのがユリアお嬢様、か。
まぁいい。鍵はこれだ。グレアムという護衛兼料理人は後からくる。この町は小さいがとても治安がいい。
安心してお嬢様は暮らせるだろう。では、ワシは家に帰る。何かあればすぐに伝えてくれるといい」
無骨な話し方をしながらもユリア様を気遣っている様子の町長。見た目とは違いとても優しいのかもしれない。
イワン町長はそう言って鍵を渡して帰っていったわ。
家は町の中では大きな方だけど、領主の邸にしてはとても小さい木造の家だ。イワン町長が管理していただけあってすぐに使えるように綺麗になっていたわ。
部屋は従者達の部屋、客人用の部屋と思われる部屋があった。後は倉庫と主人の部屋。
護衛にはそのままお嬢様の部屋へと連れて行きベッドへ寝かせるように指示する。
流石に長旅の疲れもあってみんな部屋へと入っていったわ。
―カランカラン
扉の鐘がなり、私は玄関へ向かうと、一人の男がひょっこり顔を出した。
「すみませーん。今日から護衛兼料理人で雇われたグレアムと言いますが、誰か居ませんか?」
「貴方がグレアムさんね。私はエメと言います。この家の主人の侍女です。まぁ、とにかく中へどうぞ」
私はグレアムを客間へと連れていき、座らせた。
「グレアムさんはこの街の人なのかしら?」
私とそう変わらないような歳に見えるグレアムはお茶を飲んでからウンと頷く。
「美味いな。俺はこの街の出身だが、ここ数年料理が好きで旅をしながら各地の料理を学んでいたんだ。
ちょうど先日旅から帰ってきた時に町長から声がかかったってだけさ。
そろそろ俺も定住しなくちゃって思っていた所に丁度いい就職先を紹介されて来た」
「分かりました。何かあれば町長に伝えればよいですね。護衛も出来ると聞いていたのですがその辺は大丈夫ですか?」
「あぁ。ずっと旅をしている間、魔物と戦う事もよくあったからな。もちろん騎士の学校を出ているぞ?」
どこまで信用して良いのかわからないけれど、人は良さそうな感じがする。まぁ、ここで断って街に迷惑なやつが来たと思われるのも良くないし、受け入れるしかないわね。
「早速ですが、今日から働く事は可能ですか?」
「あぁ、いいよ。俺は住み込みオッケーだと聞いていたがその辺は大丈夫か?」
「えぇ。使用人の部屋がありますので使っていただいて構いません」
「分かった。荷物を持ってきたらすぐに取り掛かろう」
グレアムさんは満面の笑みを浮かべている。
「と、その前に厨房を見せてくれ。あと、必要な食材も確認したい」
「えぇ、お願いします。あと、今日はお嬢様を運ぶために御者や護衛がいるのですが、明日には王都に戻ります。この家の護衛も明日からお願いします」
「おぉ! 了解!」
そうして彼は厨房を見た後、食材調達と荷物を取りに街へと戻っていった。
翌日、護衛や御者に別れを告げてから私達三人の暮らしが始まった。
もちろんグレアムさんにお嬢様が魔法で眠っている事を伝えた。
どうやら彼は旅の中で夢見の魔法を見たことがあったらしい。
眠っているお嬢様が喉に詰まらないよう工夫された料理を出してくれ、私は時々お嬢様に声を掛ける日が続いた。
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