変化


「秦野、友達が居ないの?」

「……ストレート過ぎますよ」



当番日の図書室。

今日も相方は来ない。


少し緊張をしながら図書室の扉を開けたのだが、中に居た行波先生はいつも通りだった。



「友達と戯れるより、本を読む方が楽しいです」

「そういうもんなのか…。変わってるな、秦野」



変わってる…?

それ、行波先生にだけは言われたくないな。



「変わっているのはそちらですよ」



今日も新刊の山を漁る。

というか、いつまで山積みのままなのだろう。




山から1冊ずつ手に取って、読みたい本を探す。






「……」





…探すことに集中しすぎて、気が付かなかったけれど。




いつの間にか行波先生が、背後に立っていた。







仄かに感じる先生の体温と香り。






何故か、私の心臓が…大きく飛び跳ねた。






「…先生、近いです」

「何、俺のこと意識した?」

「意識って何ですか。よく分かりません」

「…分かってるじゃない。今までもこの距離感になったことがあるよ」



行波先生は私の背後から腕を伸ばし、新刊の山から本を取る。



それにまた心臓が跳ねた。




「……」



気にしたことが無かったけれど。

行波先生、良い匂いがする。




「…調子狂う」



小声でそう呟きながら、意識を目の前の新刊の山に向ける。



…何を読もう。


『宇宙センセーション』はSFでは無かったけれど、なかなか面白い小説だった。


今度こそSFかな…。

なんて、無理矢理そんなこと考える。



「…秦野。何で、調子狂うの」

「さぁ…。分かりません」

「秦野…」

「………」



背後に立ったままの行波先生は、手に持っていた本を置く。


そして…そっと、そっと…私の肩に触れた。


「…っ!」


家族以外の人に触れられる感覚が初めてで、思わず体が飛び跳ねる。

優しく撫でるように動かされる、行波先生の手。



駄目だと…全身が警鐘を鳴らす。



「ゆ…行波先生、駄目…」

「駄目じゃないよ、秦野」



肩に触れていた行波先生の手は、ゆっくりと私の上半身を抱擁した。



全然理解できない状況に、頭がおかしくなりそう。





また、変わっていく。


図書室の空気感。





『先生と生徒』以上の関係は駄目だと。

これ以上、行波先生の好きにさせては駄目だと。


頭では分かっているのに。




『教育委員会に訴えるぞ!!』




あの時出てきた言葉が…今は喉に引っ掛かって出てこない。




「…先生、本当に…どういうつもりですか」

「…ん?」

「ん、じゃなくて…。先生が生徒にこんなことしては駄目でしょう」



異常に心拍数を上げている。

自分でも分かる、痛みを感じるくらい煩い心臓。


経験したことのない感覚に、苦しさを覚えた。



「…俺が、秦野のこと好き。それは…答えにならない?」

「………」



ならない。

その一言すら、出てこない。



行波先生が私のこと好き?

…惚れられるようなこと、していないのに。



「…興味無い人達にモテても意味無いんだよ…」



頭がガンガンする。


どうしてこんな展開になっているのか、全く理解が追い付かない。





けれど…。





すっかり変わってしまった、図書室の空気感に負けて…




「………分かりました。…行波先生が…私に恋を、教えて下さい」




とんでもないことを、口走った。




驚いたような表情で固まっていた行波先生。

次第に表情を緩め、小声で言う。



「秦野……。恋愛ごっこ、する?」



口走ったものの。

行波先生に対する自分の思いが、まだ全然分からないから。


お試し、という意味で…。



「…はい」




恋愛ごっこを…受け入れた。



「…そうか」



ひと際嬉しそうな、行波先生…。



「じゃあ。はい、手…」

「……」



先生から差し出された、右手。

その手をそっと握った。



「先生の手、大きい…」

「秦野は小さすぎる」



握ったり緩めたり…強弱を付けながら優しく手を動かされる。



「秦野、顔が真っ赤」

「言わないで下さい…」



耳まで熱くなるのが分かる。



駄目なのに。

駄目だと分かっているのに。



今まで、あれだけ拒否してきた『恋愛ごっこ』に

微かな期待を抱き始めていた。










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