第59話 何もしなくても時は過ぎていく
十月三十一日木曜日。高校三年生最後の模試が有った。これで良い結果が残せれば、志望校の合格も一歩近づく。
幸い、全ての問題に自信ある解答が出来た。問題ないだろう。
俺は、終わった後、隣に座る浅井さんを見るととても疲れたというか悲しい顔をしていた。
少しだけ気にはなったが、今更感もある。俺はそのまま立ち上がると席を離れた。
東雲君が帰って行った。帰り間際に少しだけ私の顔を見たけど何も声を掛けてはくれなかった。模試の結果は散々だった。一応全て解答はしたけど、自信のないところがいくつも有った。
もう駄目なのかもしれない。高校生の内に彼と親しくなり同じ大学に通って次のステップに進もうと考えていたのに。
私は、肩が落ちたまま、席を立って帰ろうとすると花蓮が声を掛けて来た。
「佳織、ちょっと話さない」
「うん」
私は、佳織を自分の部屋に連れて来ると二人でベッドの端に座った。彼女は俯いたままだ。
「佳織、大丈夫?」
彼女は首を横に振った。そして、段々涙が床に落ちて行くと両手で顔を塞いで泣き始めた。
佳織……。
少しの間だけ、そうさせておいた後、ゆっくりと彼女の肩に手を掛けて
「辛いだろうけど、話してごらん」
「うん」
私は、花蓮に、東雲君が須藤さんに相談した土曜日の翌月曜日に彼から言われた事や、須藤さんや神林君達への態度と私への態度の違い、そして彼への思いばかりで勉強に集中できず十月初旬の模試の結果が悪かった事や、今日の模試の解答具合についても話した。
「そうか、辛かったね。でも佳織、厳しい事言うけど、佳織にも責任あるよ」
「私に責任?」
「うん、そんなに東雲君が好きなら彼ばかり見ていれば良かったじゃない。何で上条さんをあんなに煽ったり、彼女の言葉にあれだけ反応するの?
あれは私達から見ても過剰反応だよ。結果として彼の佳織に対する気持ちを悪い方向持って行かせている。それが今の結果だよ」
「花蓮…」
「東雲君以外の事ならとても冷静な佳織が彼の事になると異常に反応してしまう。佳織が純な事は十分分かっている。
だから上条さんへの過剰反応も分かる。でも子供過ぎた。一歩下がって考えれば佳織だって十分に分かるはず。
でも結果として過剰反応した。その結果全ての事に関して、すべて裏目に出たわね」
「花蓮、私は彼から一言でいい。優しい言葉を掛けて欲しいの」
「はっきり言うね。それは無理。今の東雲君にそれを期待するのは絶対に無理」
「でも、でも……」
「佳織、今は東雲君と距離を取りなさい。クラス委員の仕事も彼と同じように事務的にしかしない。変に接しようとしない。
そうすれば彼も心の中で佳織に対する何かが変わるかも知れない。保証は出来ないけど」
「……………」
その通りなんだろうな。花蓮の言う通りなんだろうな。東雲君に必要以上に干渉しようとした結果、上条さんに対しても過干渉になってしまった。
「花蓮、ありがとう。自分の部屋に帰ってもう一度よく考えてみる」
「それがいいよ」
佳織を玄関まで送って行った。彼女の家は、すぐそこ。十秒も歩かない。これで少しは冷静になってくれるといいんだけど。
あの子、今迄好きになった人が出来なかった。だから自分の気持ちをコントロールできなかったんだろうな。可哀想な佳織。でも私にはどうする事も出来ない。
十一月に入ってからは、何も変化のない時間が過ぎて行った。学校の予習は全て終わっている。
今は過去問を解いたり大学共通テストの過去問で解き方を勉強している。勿論塾の予習復習も欠かせない。
そんな時間が過ぎて行き、この前やった最後の模試の結果も帰って来た。志望大学はA判定だ。これで模試は問題ない。
後は十二月にある、学期末考査と来年一月にある大学共通テストだ。
ところで最近というか十一月になって浅井さんの態度が変わった。クラス委員の仕事も本当に事務的で最低限の話しかしない。普段ももう俺が隣に居る事等ないかの様に無視している。
俺としては大変助かるけど。沙耶は変わらない。琴の仲間と別れたとか言っていたけど本当はどうなのか。でももう俺には関係ない話だ。
そんな事より来月は十二月。メアリーへの返事の期限が近付いた。正直、何も考えていない。
考査や試験の事で頭が一杯だったからだ。勿論、毎週日曜日のテレビ電話は欠かしたことが無い。彼女から掛かって来るからだ。
メアリーは、本当にいい子だ。明るくて活発で一緒に居て楽しい。でもエンゲージそしてマリッジとなると話は全く変わって来る。
そもそもスタンフォード家は、彼女に家事とかさせた事無い筈。彼女の家に遊びに行っても彼女がキッチンに立った事なんて一度も見た事無い。
日本なら中学生になればそれなりに家事に対しても物心がつくはず。掃除だってそうだ。でも彼女の家は全部お手伝いさんがやっていた。
もし彼女が何も出来ないとはっきり言って相当に困る。それこそ俺が全部しないと行けなくなる。
今度の日曜日、ちょっとだけ軽く聞いてみようかな。
日曜日になりメアリーに聞いてみると案の定、それはお手伝いさんのする事だと言って来た。でも俺はお手伝いさんを雇う程収入のある仕事に就けるとは思っていない。
だから、お手伝いさんは雇えないと言うと大学卒業までには絶対に覚えると言っていた。ちょっと笑ってしまったけど。
しかし、その気持ちがあれば日本に来た時、お母さんから教えて貰えばいいか。でもお母さん時間都合つかないんじゃ。
うーん、でもこれが断る理由にはならないな。スタンフォードさんの一言で終わってしまう。私が雇ってあげるとか言われて。それ以外に断る理由…無いかぁ。
十二月の最初の月曜日から木曜日まで高校生最後の考査が有った。そしてその結果が翌火曜日に中央階段横の掲示板に張り出された。
俺は昇降口で履き替えてからそこに行って成績順位表を見ると、えっ?二点差で俺が二位だ。一位は浅井さん。なんて事だ。神林が近付いて来て
「東雲、土壇場で浅井さんに一位を譲ったな」
「ああ、油断したよ」
小岩井さんが、俺の袖を引っ張ると俺の耳に小声で
「東雲君、君の気持ちも分かるけど、香織も必死だったんだよ。君はもう彼女は縁のない人間だと思っているけど、でもそれでもクラスメイトなんだから優しい声の一言でも掛けてあげて」
「小岩井さん…」
ちなみに神林、小岩井さん共一桁順位だ。須藤さん、早瀬さん、加藤さんも相変わらずだ。
そう言えば浅井さんがいない。俺は神林達と一緒に教室に戻ると彼女は机の上で問題集を広げていた。
俺は自分の席について、バッグを机横のフックに掛けると
「おはようございます。浅井さん」
彼女は俺の方を見向きもしないで
「おはようございます。東雲君」
それだけだった。参ったな、嫌われたかな。構わないけど。
私は、東雲君から朝の挨拶をされて本当はとても嬉しかった。でもここで前と同じ気持ちに戻っては、今迄の努力が水の泡だ。だから意図的に顔を上げない様にした。
問題集を開いているのも視線も持って行きようがないからだ。花蓮は東雲君の前に座っている。彼女と話そうと思うとどうしても視線の中に彼が入って来る。
でもこれでいい。彼は間違いなく帝都大理学部に受かるはず。だから私もそこに受かって、もう一度関係をリセットしてやり直すんだ。前の轍を踏まない様にして。
―――――
次回をお楽しみに。
面白そうとか、次も読みたいなと思いましたら、ぜひご評価頂けると投稿意欲が沸きます。
感想や、誤字脱字のご指摘待っています。
宜しくお願いします
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます