第55話 しばらくは平穏なはずなのに

 

 文化祭が終わった翌日は、片付けがある。いつもの様に学校の最寄り駅を降りて学校に向かうと同じ制服を着た生徒が、俺の顔を見ては何やらコソコソ言っている。どうせお母さんの事だろう。こうなる事は分かっていた。


 校門をくぐり昇降口に行って履き替えようと下駄箱を開けると…何だこれ?可愛いカードが何枚か入っている。初めてだな。


 教室に入ってバッグを机の横に掛けると浅井さんが声を掛けて来た。

「東雲君、おはようございます。昨日あなたが打ち上げに来なかったので大変だったんですから」

「おはようございます。浅井さん。それは済みませんでした」

「もう責任取って下さい」

「いや、そう言われても」

 ふふふっ、これでいい。こうして少しずつ彼に近付くんだ。



 その後はいつもの様に神林、小岩井さん、須藤さんや堀川達と朝の挨拶をした後、神林が

「東雲、手に持っている物なんだ?」

「ああこれか、下駄箱の中に入っていたんだ。俺にも分からない」

「ぷっ。お前本当に変な所で初心だよな。告白だよ。開けて見ろ」

「いや、止めておく。開ければ見た事で道義的責任が発生するけど見て無ければそれまでだ」

「変な所で固いな。まあ、これからも大変だぞ」

「いいさ、明日から二日間文化祭の代休だ。皆忘れるだろう」

「甘すぎるよ」



 そんな話をしている内に担任の田村先生が入って来た。朝の号令をかけた後、何故か俺の顔をジッと見た。一瞬だけど。

「皆さん、今日は教室の片付けだけですが、文化祭実行委員とクラス委員は学校全体の片付けもあります。教室が終わったら生徒会室に集まる様に」


 俺は、教室の壁の上の方にある飾りつけを集中的に取ると須藤さんが

「気分は良いの?」

「ええ、文化祭で気が紛れました。でも肝心な事は解決していないですけど」

「いつでも声掛けてね」

「ありがとうございます」


 確かに大学の件は何も片付いていない。損得や恋愛感情のない須藤さんと話すのもいいかもしれない。

 解決出来なくても何かヒントが見つかるかもしれない。時間はないけど、でも今はいい。



 それから少しの間は平穏が続いた。学校の登下校は、以前よりしっかりと他の生徒から見られるようになったし、下駄箱の中に在るカードも毎日数枚入っている。でも俺は見ない。捨てるのは申し訳ないけど、持っていても仕方ない。


 クラスの友達からも代休終わって数日は随分お母さんの事聞かれたけど、無難に返しておいた。


 そして九月も後一週間と迫った金曜日、俺は依然として大学の事が何も見えていなかった。だから金曜日の昼休みに

「須藤さん、明日会えるかな」


 何故か、須藤さんが目を丸くして、口に手を当てたまま、何も言わなかった。

「ごめん、都合あるよね。誘って悪かった」

「い、良い、良いです。全然いいです。会います、会います」


 顔の目の前で手を大袈裟に振って言って来た。

「えっ、いいの?」

「う、うんうん」

「じゃあ。放課後、会う場所と時間相談しようか」

「はい!」


 その後、俺がトイレに行く為、教室を出る時、例によって早瀬さんと加藤さんが須藤さんの傍に寄って行って彼女を問い詰めていた。仲が良いな。羨ましい限りだ。


 東雲君が須藤さんを休日に誘った。どういう事。何故私では無いの。文化祭の時もご両親から挨拶されている。当然、休日誘うなら私でしょう。何故須藤さんなの?東雲君。



 昼休みになり、学食に行こうとした所で浅井さんに声を掛けられた。

「東雲君、少しだけ良いですか?」

「今から昼食を摂るのでその後にして下さい」

「分かりました」



 俺が、学食に行こうとすると廊下で上条さんが声を掛けて来た。無視して行こうとすると

「和樹、喜之助と別れた。だからもう一度…」

「知るか」

「和樹、待って」

 彼の袖を触ろうとして腕を振り切られた。そして行ってしまった。



「上条さん、いつまで東雲君にこだわっているの。もうあなたは彼に近付くべき人じゃないのよ。

 元カレと別れたですって。馬鹿じゃないの。その人は何も知らなかったんでしょう。そのまま…」


 バシッ!


「痛い、何するのよ」

「五月蠅いわね。あんたが居るから。あんたが居るからこんなことになったのよ。あんたさえいなければ」


 上条さんがまた殴りかかって来た。私はその腕を抑えて

「人の所為にしないでよ!」


 周りに人が集まって来た。花蓮が

「佳織、何されたの?」

「この女がいきなり殴って来たの」

「五月蠅い!」

「武夫!」


 上条さんが、後ろから神林君に羽交い絞めにされた。

「止めるんだ、上条さん」


「何やっているんだ」

 誰が呼んだのか知らないけど担任の田村先生と生徒指導の先生がやって来た。




 俺が、学食から教室に戻って来ると何か騒然としていた。

「神林、何か有ったのか?」

「ああ、上条さんが浅井さんを殴ってトラブったんだ。田村先生と生徒指導の先生に連れられて行かれた。今、生徒指導室じゃないか」

「……………」


 佐那の奴、何やっているんだ。でもなんであの状況で浅井さんが出てくるんだ。また何か言ったのか。



 私と、上条さんは、別々に田村先生と生活指導の先生に質問されていた。私は有った事をそのまま話した。その後、上条さんが質問された様だ。


 そして、田村先生から

「浅井さんは教室に戻りなさい」

「分かりました」


 私は先に教室に戻ったけど、上条さんは昼休みギリギリになって教室に戻って来て、バッグを取るとそのまま教室を出て行った。


 もうこの状態では東雲君と話す事は出来ない。私は彼の顔を見て

「東雲君は、話はまた後日」

「分かりました」



 その日の放課後、俺は帰り際に

「須藤さん、一緒に帰ろうか」

「えっ、あっ、はい」


 何故か早瀬さんと加藤さんが寄って来て

「京子、報告は隠さずにするのよ」

「わ、分かってる」

 脅しに近いな。ちょっと笑えるけど。



 俺は、昇降口を出て校門の方に歩きながら

「昼休み何が有ったの?」

「私も途中からなんだけど…」

 一応見たままを話した。


「そういう事か。なぜ浅井さんはそんな事を。上条さんがそうなる事は分かっているはずなのに」

「浅井さん、東雲君の事が大好きなんでしょうね。だから二股掛けていた上条さんを許せないのよ。でもちょっと言い過ぎかなって感じはあった」

「やっぱり」

 あの人は自分の感情を抑えきれないだろうか。普段はしっかりと考えて動く人なのに。


「東雲君、浅井さんと言えど、好きな人の事になると見境が無くなる物よ」

「なんで俺が考えている事が分かるんだ」

「だって、顔に一杯書いてあるもの」

「えっ!」

「あははっ、頬触ったって分からないよ。面白いな東雲君って」


 須藤さんには、土曜日午後十一時に学校の最寄り駅の近くにあるファミレスで待合せる事にした。答えは出なくても何かヒントがあるかもしれない。


―――――

次回をお楽しみに。

面白そうとか、次も読みたいなと思いましたら、ぜひご評価頂けると投稿意欲が沸きます。

感想や、誤字脱字のご指摘待っています。

宜しくお願いします

  

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