第53話 どうすればいい

 

 塾の夏合宿が終わった後は、自分の部屋で志望校の過去問に手をつけた。中々難しいけど解ける範囲だ。


 時間配分とか間違えなければ何とかなりそうだ。後はまだ先になるが大学入学共通テスト対策。しかしその前にはっきりしないといけない事がある。メアリーの事だ。


 正直、自分の気持ちがはっきりしない。気持ちの中で日本の大学に入りたい。全く新しい人間関係の中でキャンパスライフを楽しみたいという気持ちとスタフォード大に行ってメアリーやミドルの時の仲間とまた楽しい時間を過ごしたいという気持ちだ。


 未だどちらにするか決めかねている。正直どちらも魅力的だからだ。この事は誰に相談出来る訳もない。自分で決めるしかない事だ。



 両親は俺に自分自身の気持ちに素直になればいいと言ってくれたけど九月一杯で決める事が出来るのだろうか。


 そんな事を勉強の合間に考えながら過ごしているとあっという間に八月が終わってしまった。



 二学期が始まった。俺はバッグの中に今日の授業分の教科書と夏休みの宿題をしっかりと入れると洗っておいた上履きが入った布袋を持って登校した。


 もう、佐那が待っている事もないので一人でいつもと同じ時間に教室に入ると早速神林と小岩井さんそれに須藤さんが朝の挨拶をして来た。


 俺も挨拶を返しながらバッグを机の横のフックに掛けて自分の席に座ると須藤さんが

「東雲君、二学期早々から難しい顔しているね」

「そうかな?」

「うん、している。偶には私と話しでもしてみる。結構スッキリするかもよ」


 須藤さんは一年の時からずっと一緒で偶に俺の心の中に入って来るような感じもあるけど、今の所全く色恋はおろか、どちらかと言うとスッキリした関係だ。偶には良いかも知れない。


「…そうかも知れないな。その時は宜しく」

「えっ?!」

「何驚いているの?」

「い、いえ。何でもないわ。待っているから」


 まさかの返答。上辺だけの返答かも知れないけど嬉しい。でも…もしかして本当に悩んでいるのかも。線は無いけど話聞くだけでもいいかも。


 須藤さんとの会話が終わると右に座っている浅井さんが

「東雲君、おはようございます」

「おはようございます、浅井さん」


 それだけだった。その後は声も掛けて来ない。これでいい。夏合宿の時の事は頭の片隅にしかない。



 少しして担任の田村先生が入って来た。

「皆さん、体育館で始業式が始まります。廊下に出て下さい」


 ガタガタと廊下に出ようとすると早瀬さんと加藤さんが須藤さんの所に寄って来た。俺はそれを無視して教室を出ようとすると後ろから声が聞こえて来た。


「京子、どう言うつもり。位置的優位があるとはいえ」

「そうよ、なんで京子だけ東雲君の話が聞けるのよ」

「わ、私は彼への思いやりとして…」

「彼?いつから東雲君を彼なんて呼ぶようになったのよ」

「今から」


「はーい、その三人、早く廊下に出て下さい」


 あの三人の仲の良さは完璧だな。羨ましい限りだ。



 体育館での始業式も終り、皆で教室に戻って来て少しすると田村先生が入って来た。

「皆さん、夏休みも終わり二学期になりました。いよいよ受験生にとって重要な季節です。悔いの無い勉強を心掛け、全員が志望校に合格するよう頑張って下さい。

 ちなみに後二週間で文化祭があります。明日の最後の授業は文化祭の催し物決めのLHRとします。今年は皆さん受験生という事もあり負担の掛からない催し物を考え出してください」

 いよいよ受験まで後半年を切った。しかし…。


 この後、午前中二教科の授業が有ったが、それが終わると下校になった。今日から塾も秋のコースが始まる。駅前のファミレス…は一人では嫌だな。偶にはラーメンでも食べに行くか。


 学校の最寄り駅を右に少し歩くと中華屋がある。カウンタしかないけど味では評判らしい。


 俺は、ドアを開けてエアコンが効いた店内に入って空いている席に座ると目の前に置いてあるメニューを見た。


 店員がカウンタの上にグラスに入った水を置いてくれる。俺はメニューから肉野菜ラーメンと半チャーハンを注文してスマホを触っているとドアが開いた。何も気を留めずにそのままでいると入って来た人は俺の隣に座った。


 同じようにメニューを見て注文した。

「酸辣湯麺下さい」


 声を聞くとその声の方向を見た。聞き覚えがある声だからだ。浅井さんだ。俺を付けて来た訳でもないだろうに。偶然か。視線が合ったが、彼女は微笑んだだけで何も話さない。


 俺も何も言わずにスマホを触って注文が来るのを待った。




 私は、偶に友達と一緒にここの中華屋に来る。ファミレスも良いがここの麺は美味しい。だから塾に行く前に時間が有るからとここに入ると東雲君がいた。


 私の勝手なイメージだけど彼がこういう所に来るとは思っても見なかった。それだけに驚いた。せっかくだから隣に座って私が注文すると驚いた顔して私の方を見た。


 チャンスだけど、塾の夏合宿の時あれだけはっきりと言われている。ここで変に話しかけてストーカーと勘違いされても困る。だから視線が合った時微笑むだけにして言葉は掛けなかった。


 案の定、彼も何も言わずに注文の品が来るまでスマホを触っていただけだ。そして注文の品が来るとそれを食べて会計して出て行った。


 今はこれが最善だろう。でも、でもこの偶然。恋の女神はやっぱり私に手を差し伸べているんだ。


 それが本当なら必ずまた偶然があるはず。その時を待てばいい。前は待ちすぎてあのグラビア女に彼をさらわれたけど今度は、そんな人いない。


 今日の朝の須藤さんと彼との会話はあくまで社交辞令的なもの。仮に話したとしても深く話す事なんかない筈。



 私は注文した酸辣湯麺を食べ終わると会計して塾に向かった。自習室は開いている。そのまま自習室に行くとグラビア女もいたけど彼の近くには居ない。だから私は彼の傍に座った。


 そして何も言わずに授業が始まるのを待った。これでいいんだ。こうして彼の心の棘、しこりをゆっくりと解す様に私は彼の傍にいるんだ。


―――――

次回をお楽しみに。

面白そうとか、次も読みたいなと思いましたら、ぜひご評価頂けると投稿意欲が沸きます。

感想や、誤字脱字のご指摘待っています。

宜しくお願いします

  

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