第52話 夏合宿は真面目に
翌日、スタンフォードさんとメアリーは成田空港を発った。メアリーには、十月までには返事をするから待っていてくれと言った。スタンフォードさんも了承してくれた。
両親からは俺自身の気持ちに従って動けばいい。日本の大学を受けるのもUSの大学を受けるのも全ては自分自身の気持ちに正直で有れば良いと言ってくれた。
九月一杯までに俺の気持ちが整理出来るか分からないがスタンフォード親子の気持ちは真摯に受け止めたい。
俺は出発ロビーで最後まで見送ってから自宅に戻った。明後日からは塾の夏合宿が始まる。
メアリーと五日間ずっと観光していた為、頭から勉強という思考が抜けてしまっている。だから事前に貰っている夏合宿の問題を予習して過ごした。
当日は、塾の前に午前八時に集合だ。大きめのスポーツバッグに夏合宿の案内のプリントと四泊五日分の着替え、それに塾の問題集やノートを詰め込むとまだ家に居るお父さんとお母さんに
「お父さん、お母さん。行ってきます」
「和樹、気を付けてね」
「うん、塾からバスで行くから問題ないよ」
「そうなの?生水は飲んでは駄目よ」
「分かっている。じゃあ行って来るね」
俺は家を出ると塾に午前七時三十分には着いた。少し早いと思ったけど、大型バスが二台停まっていて、参加者が随分集まっていた。行先は山口湖だ。
見ると佐那も浅井さんもいる。俺は二人を無視して立っているとバスに乗る様に塾長から声が掛かった。
どちらのバスに乗るかはあらかじめ指定されている。俺は決められたバスに他の人達と一緒に乗りこんだ。
俺は後方の座席に座ると直ぐに知らない女子が声を掛けて来た。髪の毛が肩まで有る眼鏡を掛けた女の子だ。
「ここ良いですか?」
「はい」
あの二人でなければ誰でも良い。幸い、二人共中程から前の席に座っている。俺は窓がから隣のバスを見ていると
「私、柏木双葉(かしわぎふたば)って言います。合宿所まで宜しく」
「俺、東雲和樹と言います。こちらこそ宜しく」
「東雲君はどのコースなんですか?」
「国立難関コースです」
「私も同じです」
「そうですか」
少し塩対応な気もするが遊びに行く訳でもないのでこの程度で良いだろう。
東雲君の隣に座る事が出来た。本人は知らないだろうけど顔立ちや高い身長で塾では有名な男の子。
塾は勉強が大切だけどやはりちょっとしたドキッが有ってもいい。勿論それから先なんて望まないけどね。
誰だって素敵な男子が隣に座っていたら嬉しいでしょう。ちょっと塩対応もクールで魅力的。
受講生以外にも講師も一緒に乗る。席が一杯になると塾のこの夏合宿の責任者らしい人が
「皆さん、今隣にいる人を覚えて置いて下さい。途中一度だけ休憩します。その時隣にいる人を確認して乗り忘れた人が居ない様にする為です。宜しいですね。それでは出発します」
隣のバスも同時に動き出した。先程の説明では休憩を入れると約二時間三十分と言っていた。
俺はずっと窓の外を見ながら乗っていると隣の女の子、柏木さんは英単語本を出して暗記している。偉いな。
一時間程して途中のSAで休憩に入った。約十五分のいわゆるトイレタイムだ。俺も念の為、バスを降りて済ませると直ぐにバスに戻った。柏木さんはまだ戻ってきていない。
少しして柏木さんが戻って来た。これで隣の確認は出来た。彼女が
「東雲君は、英単語とかどうやって覚えているんですか?私苦手で」
「俺も単語帳見ながら覚えています。変わらないですよ」
「そうなんですか。なんか余裕のある言い方ですね」
「そうですか」
バスの中だからこの位の会話は良いだろう。前の方を見ると浅井さんも佐那も戻って来ている。二人共こっちを見たので俺は窓の外を見て無視した。少しして塾の責任者が
「皆さん、隣の人を確認してください。戻ってきていない人はいますか」
シーン。
「大丈夫の様ですね。それでは出発します」
それから一時間と少しで山口湖の合宿所に着いた。バスを降りると正にザ・合宿所という感じだ。ホテルの様な豪華さは無いが、施設がしっかりとしているのが良く分かる。
二台のバスから全員が降りるとこの夏合宿の責任者が
「向かって、右側二階と三階が男子の宿泊施設です。そして向って左側二階と三階が女子の宿泊施設です。一部屋三人で利用します。今から皆さんに渡すプリントに部屋番号毎に名前が書いてありますのでそれに従って入って下さい。
受講時間、食事時間、自由時間は、先に渡してあるプリントに記載されている通りです。お風呂は自由時間の間いつ入っても良いですが自習室も開いている時間です。有効に使って下さい。
それでは昼食を摂り終わった午後一時から早速授業を開始します。受講する部屋を間違えない様にして下さい」
俺は部屋割当てが書かれているプリントを受け取ると直ぐに見た。男子の部屋割りだけだ。当たり前だけど流石だ。
俺は三階の三〇二号室。残念ながらエレベータは無い。階段を登って行くと直ぐに見つかった。
ドアが開いていているので中に入ると既に二人が居て、ベッドの上に座っている。ベッドが三つ並んでいて、窓側が空いていた。
中に入ると直ぐに俺の名前と学校名を言って挨拶をした。二人は東山と中野と名乗って学校名を教えてくれた。三人共別々の学校だ。
その後俺達は直ぐに三人で食堂に行った。カウンタから定食を取るタイプだ。簡単でいい。
三人で食べながら話をすると三人共同じコースだ。二人共頭が良さそうに見えるのは気の所為か。
昼食を食べ終わると一度部屋に戻ってから夏合宿の問題集とノートを持って受講室に行った。三人で並んで座るのであの子達は傍に来れない。これなら授業に集中出来る。
午後の授業は午後五時に終了となった。初日から結構ハードだ。一度部屋に戻ると東山が
「俺は、午後五時半から夕食が始まるからせっせと食べてお風呂に入って自習室で勉強する。中野と東雲はどうする?」
「俺もそれでいい」
「俺もだ」
夕食までの二十分はベッドの上でそれぞれが授業の見直しをしたりした。その後、食堂に行ったのだけど東山が
「なあ、周りに女の子多いな」
と言ったので、食事の手を緩めて周りを見ると確かに多い。バスで一緒になった柏木さんや浅井さん、佐那まで近くにいる。中野が
「俺もそう思う。これって東雲効果か?」
「東雲効果?」
「ああ、お前塾の中では結構有名人なの知らないのか?」
「全然」
「流石イケメン。余裕だな。イケメンで背が高くて頭がいい。三拍子そろっているんだから自覚した方がいいぞ。
塾で色恋は無いと思うが、先々を考えてお近づきになりたいなんて女子は一杯いるんじゃないか?」
「あははっ、冗談だろう」
「冗談じゃないから」
要らぬ噂を聞いてしまったな。
早々に夕食を食べ終わらすとまた三人でお風呂に行き、その後は自習室へ行って午後十時ギリギリまで明日の予習をした。結構レベルの高い問題が多い。
次の日、その次の日も同じ感じで過ごす事が出来た。同室の二人と気が合ったお陰で行動が一緒なので変な虫が付いてこなくていい。食事の時だけは賑やかだったけど。
私、浅井佳織。塾の夏合宿に来て自由時間に東雲君と話す機会があると思ったけど、彼にはいつも男子二人が付いている。多分同室の子。
授業時間も朝、昼、夕の食事時間も自由時間もべったりだ。お陰で全く近付くチャンスがない。明日一日過ぎれば明後日は午前中のテストの後、帰る事になる。明日しかない。
俺は次の日も同じように東山と中野と一緒に授業を受けて食事も一緒にした。そしてお風呂から上がって自習室に行こうとした時、浅井さんが声を掛けて来た。
「東雲君」
俺はその声を無視しようとしたのだけど二人が、先に自習室に行っていると言ってしまったので、そこに残らざるをえなかった。
「何ですか。今合宿中です。無駄話はしたくないんですけど」
「無駄話では有りません。東雲君、せめて一日だけでも良いのです。夏休み中に会って頂けないでしょうか」
「残りの夏休みは全て勉強に向けるつもりです。会う時間は有りません。失礼します」
立ち去ろうとしたけどいきなり腕を掴まれて
「お願いです。お願いします。一度だけでいいんです」
「断ります」
東雲君が行ってしまった。完全に心を閉ざしたままだ。でもなんであの金髪の女の子にはあんなに素敵な笑顔を見せる事が出来るの?
日本の女子は嫌でも外国の女子なら良いって訳でもないだろうに。何とかしたい。何とか。
「浅井さん」
振り返ると上条さんが立っていた。
「和樹はもう無理よ」
「そうね。あなたのお陰で彼は完全に心を閉ざしてしまったわ。あんたなんかが彼に近付いたからこうなったのよ。二股女。汚らわしいから絶対に彼には近づかないでね」
「ふん、好きに言いなさい。私は彼から色々な物を貰ったわ。あなたにはして貰えない事もね。私の体は彼の体を覚えている。あなたはして貰えない事よ。負け犬さん」
「何ですって!」
直ぐにでも殴りたかった。この女の所為で、この女の所為で…。
「二人ともこんな所でどうしたんですか。廊下で揉めている人達がいると聞いたので来て見れば。今は自由時間ですが、明日は午前中にこの合宿の成果を見るテストを行って帰ります。しっかりとする様に」
「「はい」」
悔しいけど、そのまま自習室に行く事にした。上条さんも同じようだったので早足で自習室に向かった。
―――――
次回をお楽しみに。
面白そうとか、次も読みたいなと思いましたら、ぜひご評価頂けると投稿意欲が沸きます。
感想や、誤字脱字のご指摘待っています。
宜しくお願いします
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