第38話 持ちたくもない疑問
学年末考査は三月初めの月曜日から木曜日まで有った。いつもの様に考査が終わったその日は直ぐに家に帰って次の日の考査範囲を勉強した。
そして考査の終わった翌金曜日は卒業式の準備と予行演習。土曜日は卒業式本番だ。厳かにも晴れやかに式が滞りなく進んだ。
在校生送辞は浅井佳織さんとなった。本来は生徒会長がするはずなのだが、諸般の事情で彼女がなった。容姿端麗で頭脳優秀その上先生達からの信頼も厚い彼女なら納得のいく所だ。
卒業生の答辞の時には涙声が多く漏れて俺もちょっと感じ入ってしまった。やはりUSミドルスクールの時とは全く違う。あっちはお祭りみたいなものだ。
そして無事に卒業式も終り下校時間になると
「和樹、今日の午後四時からお琴のテレビ放映が有るの。一緒に見よう」
「おう、楽しみにしている」
-ねえ、聞いた。お琴のテレビ放映?
-何の事?上条さんなんか関係あるかな。
-とにかく見て見ますか。
-うんうん。
あの三人、来年も一緒なんだろうな。そんな事思いながら佐那と一緒に学校を出て佐那の家に行った。放映時間まではまだ十分ある。
佐那が作ってくれたお昼を一緒に食べた後、
「和樹、まだ三時間あるね」
「ああ、どうしようか」
「ねえ、考査も終わっているし…」
佐那は毎週しないと我慢出来ないのかな。前はこんな感じじゃなかった。
佐那の部屋に行って、二人でベッドに横になって口付けするんだけど前より積極的だ。こんな口付け何処で覚えたんだろう。佐那とは稽古の関係で一月中はしていない。
それより前はこんな口付けしなかった。変わったのは二月収録が終わった後辺りからだ。
あの稽古と収録で何か心情的に変わるものが有ったんだろうか。疑問に思っても仕方ないけど、やはり気になる。でもこんな事聞けないよな。
一回終わっても直ぐに求めてくる。それに今迄しなかった形も要求して来る。どうしたんだ?
三回目が終わってベッドで横になっていると
「和樹、もうすぐ午後四時になる。リビングでテレビ見ようか」
「えっ、もうそんなに時間?」
「和樹、夢中だったからね」
いえいえ、その言葉全部佐那に帰すよ。
午後四時になりテレビでは、放送が始まった。最初にお師匠様だろう女性の人と後ろに女性五人と男子一人が並んでいる。五人並んでいる女性の一人は佐那だ。
「おう、綺麗だな」
「うん、プロの人がしっかりとメイクしてくれたから」
「なるほど」
いつもとは全然違う可愛さが出ていた。流石プロだ。
少し局アナとお師匠様が話をした後、お師匠様の琴の場面に変わった。琴の説明をした後ゆっくりと弾き始める。
普段聞いた事が無いとても興味深い音色だ。次に女性四人の連れ弾きに場面が変わる。凄い、一音一音が綺麗に揃って美しい音色を奏でだしていた。
次の場面は佐那と男子二人による連れ弾きだ。これも凄い、さっきの四人よりも全然音に曇りが無い。まるで一人で弾いている様だ。
二人共額に少しだけ汗を掻いている。でも手が緩まる事は無い。最後では凄い速さで連れ弾きをして静かに終わった。
パチパチパチパチ。
俺はつい拍手してしまった。
「凄いじゃないか佐那。一音も乱れていない。素晴らしいよ」
「うふふ、ありがとう」
やがて場面は最初のトーク場面に変わり、最初はお師匠様が局アナの質問に答えていたが、やがて佐那と男子の場面に変わった。
局アナ『お二人は何時頃知り合ったんですか?』
長谷富『俺が入門して五年の経った頃、佐那が入って来ました』
局アナ『ここまで一音も狂うことなく連れ弾きするなんてどんな努力が有ったんですか?』
長谷富『はい、一月に入ってから土日だけでしたが午前中から午後五時まで二人で練習しました』
局アナ『凄いですね。上条さんからして長谷富さんにはどういう方ですか?』
上条『はい、とても優しくて素敵な先輩です。私がここ迄来る間、一生懸命教えてくれました』
局アナ『長谷富さん、上条さんはあの様に仰っていますが?』
長谷富『はい、俺にとっても素晴らしい後輩です。いえ後輩では無いですね。一生のパートナーです』
局アナ『えっ、それはどういう意味ですか?』
上条『喜之助は琴の世界で言っています。興奮するといつも話が一部分だけ強調されて飛んでしまうんですよ』
局アナ『あら、お二人はそんなに仲がいいですか。だからあれだけ素晴らしい連れ弾きが出来たんですね』
上条、長谷富『はい』
話がお師匠様と局アナのトークに戻って少しして放送が終わった。相手の長谷富という子が佐那の事を名前呼びしている。佐那も相手の事を喜之助と名前呼びしている。
あれは相当前から名前呼びしている呼び慣れた言い方だ。それにあの喜之助とか言う男子の最後の言葉。
佐那は否定するように言葉をかぶせたけど。
和樹が放送を真剣に見て考えている。さっき、喜之助が言った言葉を気にしているのかな。
「和樹、さっき長谷富君が言った言葉は琴の話だからね」
「えっ、俺もそう聞こえたけど」
「じゃあ、真剣な顔していたから」
「ああ、いや本当に凄いなと思って感心しちゃって。俺の知らない佐那の一面見れて良かったよ」
せっかく素晴らしい演奏をしてくれたんだ。冷や水を差しては駄目だよな。ここは無視するか。
なんだ、良かった。
「ふふっ、中々でしょう」
「うん」
それから一時間位話して家族が帰ってくる前に佐那の家を出た。佐那は明日は稽古だと言っている。
確かにあれだけの技というか技術を身に着けるんだ。毎週しないといけないんだろうな。俺には無理だけど。そして月曜日は祝日で休み。佐那と外でデートした。
三学期も後二週間で終わりだ。でもその前に学年末考査の成績発表がある。浅井さんが最近静かだけど。
火曜日。いつもの中央階段横の掲示板に成績順位表が張り出された。
うーん、流石浅井さんだ。俺と同点一位だ。
「ふふっ、東雲君。並びましたね。これからはいつもこうしてあなたの傍にいますわ。あの子の様に遥か彼方に居る様な事はしません」
何でこの人そういう事言うのかな?
悔しい。私は二十五位、二学期末考査と変わらない。でも和樹は私の物よ。浅井さん。あんたこそ遥か彼方に居るのよ。
神林、小岩井さんが七位、八位か、須藤さん、早瀬さん、加藤さんも名前を連ねている。また一年一緒か。
堀川も三十位でいる。部活しながら大したものだ。しかしこれで三年は佐那と一緒だ。良かった。
佐那と俺は別々に教室に戻ると神林が寄って来た。
「東雲、来年も一緒だな」
「ああ、俺も嬉しいよ」
「しかし、少し賑やかになりそうだな。楽しみにしている」
「神林ぃ」
「あははっ、運命、運命」
なにを分からない事言っているんだ。
今度は、須藤さんが
「東雲君。多分、来年も一緒ね。嬉しいわ」
「そうですね」
「そういう時は、俺も嬉しいですとか言ってくれるといいんだけど」
「オレモウレシイデス」
「なんで棒読みなのよ」
「京子、そんな事より」
「そうだ、東雲君、隣の上条さん、土曜日テレビに出ていたわね」
「はい、佐那と一緒に見ました」
「そうなんだ。上条さんと一緒に居た男子、終わりのトークの時、凄い事言っていたわね。佐那は俺の一生のパートナーだって」
「あれは、琴の世界の話だって佐那が言っていました」
「そうかなぁ」
そうとはとても思えないんだけど。
そこに担任の琴吹先生が入って来た。
―――――
次回をお楽しみに。
面白そうとか、次も読みたいなと思いましたら、ぜひご評価頂けると投稿意欲が沸きます。
感想や、誤字脱字のご指摘待っています。
宜しくお願いします
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