第12話 せっかくの新学期なのに
学年末考査も終わった。成績はまずまずだ。音江もいい。だから宿題も何もない春休みは、二人で思い切り遊ぼうと思っていたのだけど…。
「和樹、明日、家の用事が入った」
「そうか、家の事なら仕方ないな」
「ごめんね。でも明日だけだから」
春休みに入って直ぐに音江からこんな事を言われた。仕方なしに家でゴロゴロという気にはなれず、区の図書館に行く事にした。
最近行っていなかったので蔵書が変わっているだろうという期待からだ。電車で学校方向に二駅だ。直ぐに着いた。更に歩いて五分。
適度のエアコンが効いていていい。目指すは、科学系の棚。人はいるが静かだ。本の匂いが一杯する。
向こうでもライブラリは充実していているけど、ここも中々だ。量子理論と脳科学を一冊ずつ棚から取り出すと…と言っても専門的な本ではなく、素人でも分かりやすく解説してある本だ。
それを持って閲覧席に行こうとすると若菜が一人で居た。視線が有ったけど、直ぐに目を逸らせて、閲覧席で棚から持って来た本を読んだ。もう若菜の事は気にしていない。
若菜が、彼氏の事を仲のいい友達だって言って俺を騙そうとした事は許せないけど三年も経っていたのに変に俺が期待していたのが悪かったんだ。そう思う様にしている。
私が、図書館に行くと和樹が居た。勿論彼が居てもおかしくないのだけど。彼と視線が合った、でも直ぐに逸らされて閲覧席の方に向かった。
孝之とは別れている。謝ってもう一度関係を修復したいと思っているけど、あの様子では全然駄目そうだ。
翌日は朝から音江と会った。彼女の家に行って午前中、好きな事をした後、午後から街に出かけた。映画とかウィンドウショッピングとかに付き合っている。
それが毎日続くのかと思ったら、彼女は、三日に一回は家の用事と言って俺と会わなかった。
俺は暇なのだけど、音江の家は色々有るのだろうと思って自分で好きな事をして過ごした。
そして新学期が始まった。入学式の一日前にある始業式。学校の最寄り駅で音江と待合わせして学校に行く。
「和樹、二年生になったね。同じクラスだと良いね」
「多分大丈夫じゃないか。考査の成績も良かったし」
「まあ、そうだけど」
昇降口に行って、二年生カラーの上履きに履き替える。そして中央階段横に張り出されているクラス分けを見ると
「2Aだ」
「私もよ。良かった」
「東雲、また一緒だな」
神林が挨拶してくれた。
「ああ、こちらこそだ。小岩井さんも一緒で良かったな」
「当たり前だ」
「おう、おう。言ってくれるな」
若菜も一緒だ。二年からは成績順でクラス分けがされる。仕方ない事だ。2Aの教室に入って出席番号順に座っていると
予鈴が鳴って先生が入って来た。
「皆さん、おはようございます。私が今日から一年間、このクラスの担任になった琴吹佳乃(ことぶきよしの)です。紹介は後にします。始業式があるので廊下に出て下さい。体育館に行きます。
始業式が滞りなく終わり、教室に戻ると少しして担任の先生が入って来た。箱を抱えている。何だあれ?
「改めて自己紹介するわね。私の名前は琴吹佳乃。こう書きます」
そう言うと黒板に向かって自分の名前を書いた。スレンダーな雰囲気だけど、出ている所は出ていて、細面の美人顔。中々魅力的な先生だ。
一通りの事を言うとちらりと壁に掛けてある時計を見て
「さて、席替えしましょうか。廊下側先頭の人からこの箱の中に入っている席番号が書いてあるカードを一枚取って下さい」
俺は二列目なので直ぐに順番が来た。何処に決まってもどうせその列の一番後ろになるだろうからと思っていると、おっ、窓側から二列目一番後ろだ。まずまずだ。
音江は最後の方だ。近くだと良いのだけど。
「皆さん、全員カードを引きましたね。では移動して下さい」
俺は自分の窓際二列目一番後ろの席に着くと音江を見た。
何と!彼女は廊下側一列目の前から三番目だ。あんまりだ。音江もこっちを見て悲しそうな顔をしている。
そして窓側寄り俺の左隣に来たのは、一年生の時も一緒だった須藤京子さんだ
「東雲君の隣だぁ、嬉しいな。一年間宜しくね」
「こちらこそ」
そして右隣りに来たのが須藤さんと同中の早瀬多佳子さんだ。
「東雲君、一年間宜しくね。八頭さんと離れちゃったね」
「……………」
この人は俺にどんな返事を求めているんだ?
もう一人の加藤恵子さんはちょっと離れた所に座っている。若菜は廊下側から三列目、後ろから二番目、俺から見ると早瀬さんの右斜め前になる。近くでなくて良かった。
「うーん、一年と同じクラスの人が半分、後半分は別クラスからね。自分の席に座ったままでいいので、簡単に自己紹介して下さい。今度は窓側一番先頭の人から」
紹介が終わると琴吹先生が
「それでは、クラス委員長とクラス委員を決めます。それが終わったら各役割も決めましょう。最初にクラス委員長です。誰かなりたい人はいませんか。自薦他薦良いですよ」
結局、委員長と委員は先生が決めた。他の役割は手を上げる人も居て、何と納まった。一通りが終わると、また先生が壁に掛けられている時計を見た後、
「体育館で明日の入学式の準備が有ります。皆さん、廊下に出て体育館に行って下さい」
行くと、新入生やその家族、他の関係者のパイプ椅子やテーブルの準備をさせられた。どうもこの作業をさせられているのは2Aと3Aのようだ。
これも終り、下校となって、俺は音江と一緒に駅まで歩いて行くと
「えっ!」
音江が驚いている。
「どうした音江?」
急に駅の方から男が近付いて来た。高校生じゃない。見た目大学生のようだ。そして結構なイケメン。
「音江。待っていた。最近付き合いが悪いからこっちから誘いに来たよ」
そして俺と音江が繋いでいる手を見ると
「こいつが音江の彼氏か。なるほど背は高いし、綺麗な顔をしている。これじゃあ、音江が惚れるのも無理はない」
音江が怯えている。
「おい、誰だお前。さっきから俺の彼女を名前呼びして」
「おう、そうか自己紹介するよ。俺は山崎豊治。一応私立菅原学院高校のOBだ。お前達の先輩だよ」
「その先輩が何用ですか?」
「はははっ、怒るな。なに、音江の彼氏に会えるんじゃないかと思ってな。音江は俺のセフレだ。もう二年近い付き合いだ。
まあ、知っておいてくれ。俺は音江とやれるなら別に彼氏が居ようと居まいと関係無いから。二人で上手くやってくれ。所で音江、まだ今日は時間有る。行くか?」
音江を見ると涙が出ていた。
「嘘よ。和樹、こんな男知らない。こいつが言っている事なんて皆嘘だから」
「おいおい、何てこと言うんだ。和樹とか言われていたな。あんた、この女の右胸の下にほくろがあるの知っているか。
まあ、知らないだろうがな。そこはこの女の感じやすい所だ。今度キスしてやるといい。音江行くぞ」
「行く訳ないでしょ。あんたなんか知らない」
「はあ、まだそんな事言うのか。ならこいつにお前とやっている録画でも見せてやろうか?」
「止めてー!」
音江の声に周りの人間がこっちを見た。
「ちぇっ、今日は帰るわ。じゃあな音江、彼氏さん」
音江は地面に膝を着いて泣いている。
なんで、なんであいつがこんな所に居るのよ。全部ばらされちゃったじゃない。分からないよ。なんでこんな事したのよ。誰にも言わないって約束してたじゃない。
「音江、あの男が言っていた事って…」
「嘘よ、全部嘘よ。あんな男私は知らない。和樹、信じて。私を信じて」
音江が泣き顔で俺を見ている。だけど
「音江、今日は一人で帰るよ。さよなら」
「ま、待ってよ和樹、一人にしないでー!」
周りを見るとうちの生徒がじろじろと私を見ている。私は恥ずかしさのあまり、改札方向にはいかず、とにかく人のいない横道に走った。そして時間が過ぎてから駅に向かい自分の家に戻った。
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