第8話 立ち直りは素早く
俺は、巫女玉から帰った後、誰も居ない家に戻って自分の部屋のベッドの上で頭の下に両手を置いて天井を見ていた。
若菜の言葉を信じていたのに。いや信じようとしていたのに。あれだけの場面を見せられたら、もう否定のしようがない。
明後日、学校に行って俺が座る席の前に彼女が座っている。これから毎日、彼女の後姿を見ながら授業を受けるのか。厳しいなぁ。
夕方になりお母さんが帰って来て、俺の顔を見て
「和樹、どうしたの?」
「うん、今のクラス、若菜がいるんだ」
「えっ、良かったじゃない」
「そうでもないんだよ」
俺は、若菜の部屋で話した事、今日の午前中に見た事を話した。
「そう、確かに三年も会っていなければ、そうなる事も有るわね。でも残念だわ。あの子そういう事する子じゃないと思っていたから。
でもお父さんから聞いたわ。クラスでも頼りにされているんだって。たった三週間しか経っていないのに大したものだわ。最初からあの子が居ないと思えば良いじゃない」
「でも、あいつ、俺の席に前に座っているんだ」
「あらあら、それは大変ね。何とか別の事で気を紛らわすしかないわね」
「そうは言われてもね」
次の日は、静かに部屋で勉強して過ごした。中間考査はまだ先だが、俺の通っていたミドルスクールと日本の中学校の授業内容は全く同じという訳でもないし、教え方も違う。
だから、編入試験は通ったものの科目によっては付いて行くのが大変な授業もある。勿論逆もあるけど。でもまだ一年生だ。その辺は今日の様な時に補強すればいい。
月曜日になり、学校の最寄り駅で降りると改札を出た辺りから俺に視線を向けてくる生徒が多くなった。
でも悪意の視線は無く、どちらかと言うと好意の視線だ。だから余計恥ずかしい。そんな事を感じながら歩いていると
「おはよう東雲君」
振り返ると八頭さんだ。
「おはよう八頭さん」
「どうしたの。一躍学園の有名人になったのに」
「まあ、それは早く忘れて欲しいです」
「あはは、それは無理よ。もうあの二日間で思い切り目立ったもの。カラオケ大変だったんでしょ。一部屋五分しかいないとか聞いたわよ」
「それは、尾鰭、背びれ、胸鰭に尻尾迄付いた噂でしかないですよ」
「そうなの?まあいいわ。ねえ、放課後のお話、まだ実現してないわよね。今日なんかどう?」
「いいですよ。じゃあ放課後昇降口にしようか」
「はい」
「じゃあ、先行くね」
また、早足で歩いて先を歩いている女子達と挨拶をしていた。偶に他の女子がこちらを見ては笑っている。どういう事?
昇降口で履き替えた後、気が重いまま教室に入って行くと
「和樹、おはよう」
「如月さん、おはよう」
-えっ?!
-聞いた?
-うん、これはなに?
-不穏な空気ね。
-うん。
また、あの女子三人組が要らぬ事を言っている。
和樹が名前で呼んでくれない。やっぱりこの前の事が理由だ。でも言い訳出来ない。なんて失敗したんだろう。まさかあそこに和樹が居るなんて。
気が重いままに午前中の授業が終わり、和樹に声を掛けようとしたところで、彼はさっと立って神林君の所に行った。
「神林、昼一緒に食べないか?」
「えっ、ほんとかよ。俺で良いのか?」
「ああ、神林と食べたい」
「じゃあ、花蓮も一緒で良いかな?」
「花蓮?」
「私よ、小岩井花蓮(こいわいかれん)、覚えておいて東雲君」
「あっ、はい」
「じゃあ、学食行くか」
「おう」
仕方ないか。私も学食に行こうかな。
俺達は、学食に着くと
「東雲、俺達は先に席を取っているから」
小岩井さんの手には二人分のお弁当のバッグが有った。そういう事か。俺はこの前完食出来なかった唐揚げ定食をもう一度買って二人が座っているテーブルに行った。
「神林、邪魔してしまったか?」
「そんな事無いよ。花蓮だって嬉しいだろう」
「うん、学園一の美男子と食べれるなんて嬉しいわ」
「ところで東雲、如月さんは良いのか?」
「ああ、もう彼女とは食べる事はないよ。後藤とかと食べるんじゃないか」
「そういう事」
「ああ、そういう事か」
この二人何を納得したのかな?
「まあ、あの二人は中学時代からだからな。仕方ないよ。東雲、もし彼女欲しいなら花蓮の友達紹介しようか?」
「うんうん、東雲君だったら、みんなノーって言葉忘れるわ」
「気持だけ貰っておくよ」
「そうか、気が変わったらいつでも声を掛けてくれ」
この後は、文化祭の事とか打上の時の話をして盛り上がった。こっちは恥ずかしいだけだったけど。
気が付くと何故か、周りに女子が一杯いる。なんで?
三人で食べた後、いつまでも二人の邪魔をしては悪いと思い、早々に席を立つと端の方で後藤と一緒に如月さんが食べていた。最初から分かっていれば、変な期待を持たなくて済んだのに。
午後の授業も終り、放課後になると俺はバッグを肩に掛けて席を立った。教室を出ようと出入り口に向かった所で
「若菜、帰るぞ」
後藤が若菜を迎えに来たようだ。俺の顔を一瞥すると彼女の傍に行った。
-なるほど。そういう事か。
-幼馴染さん脱落ね。
-まあ、最初から無理があったのよ。
好きに言ってくれ。
俺は昇降口に行くと八頭さんが待っていた。
「東雲君、帰ろうか」
「ああ」
ちょっと、周りから視線を受けたけど、気にせず校舎を出た。
駅まで八頭さんと一緒に歩き、近くのファミレスに入った。二人でドリンクバーだけ頼むと
「嬉しいわー。東雲君と話せるなんて。中学時代は別クラスだし、三ヶ月もいなかったでしょう。だから声掛けるチャンスも無かったわ。あの時は如月さんだけだったものね」
「まあ、そうだな」
「でも、あの当時から東雲君は美男子だったから女子の間では、結構人気有ったのよ。でも人の噂も七十五日で、段々忘れて行って。それがこの学校で会えるなんて、もう奇跡としか言いようがないわ」
「あの中学からこの高校へは何人位来たんだ?」
「あの中学からこの高校に来た人って。そうだな。三十人もいないんじゃない。ここ難しいし」
そうなのか。確かにそうかも知れないな。
「ねえ、むこうでは彼女とか出来なかったの?」
「日本でいう中学校だよ。それも右も左も知らない所だもの。授業だってついて行くの大変だったし。そんな余裕はなかったな」
この時、一人のアメリカ人の女の子が頭に浮かんだけど、もう過去の事だ。
八頭さんは、向こうでの生活の事とのか聞いて来た。だけど、もう午後六時近くになった。
「大分時間過ぎたし、そろそろ帰らないか」
「えっ、そんな時間」
彼女はスマホの時間を確認すると
「夢中になっちゃった。ねえ、もっと東雲君と話をしたい。友達になってくれない」
「友達なら全然構わないよ」
「本当、じゃあ、今度一緒に映画とかも見に行ける?」
「そこまでは、まだ時間が必要だよね」
「そうだよね。じゃあ、もっと学校とか、こことかで会おうか」
「いや、学校はちょっと」
「ええ、でも仕方ないか。じゃあ、外で少しずつ」
「うん、それで行こう」
八頭さんとは、その後も週に一度位、ここで話をした。稀に偶々会った振りをして学食で話す事も有った。
でもこのお陰で俺は若菜から気持ちを切り替える事、忘れる事が早く出来た様な気がする。
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