第7話 束の間の平穏にも風は吹く


 文化祭も無事終了し、俺達の催し物は外部支出に対して売上が少しだけ上回り、生徒会からの借入も償却するとほぼイーブンと言う事になったらしい。


 普通は、学校側の支出が上回り、だからこそ生徒会は予算獲得に奔走するだが、生徒会の報告から帰った神林は、


「皆のお陰で売上三位になった。これは一年生の売上として菅原学院始まって快挙だそうだ」

「「「「「「うおーっ!」」」」」


 皆の努力の賜物だな。

「そこでだ。ちょっとだけ利益がある。生徒会側からその利益はクラスで使って良いという話も貰った。そこでだ…」


「「「「「うおーっ!」」」」」

「何も言ってないぞ」

「えっ、打ち上げそれで出来るんでしょう」

「ああ、まあそうだが」


「「「「「うおーっ!」」」」」


「行くぞ」

「「「「「おーっ!」」」」」


 凄いエネルギーだな。これがチームか。

 まだこのクラスで馴染んではいないと思っている俺は、皆の盛り上がりを余所に、そっと後ろのドアから帰ろうとすると


「ちょっと、待ったぁー!」


 どこかで聞いた古いフレーズを怒鳴る人間がいる。当然俺は関係無いと思い、後ろのドアまで後、三メートルと近寄った時、


「東雲―っ、主役が帰ってどうする。皆確保だー!」


「「「「「おーっ!」」」」」

「被疑者確保ーっ!」


 なーんて事は無かったが、そのまま帰る事は許されなかった。



 駅前のカラオケ店は、うちの学校で占められている。毎年文化祭後はそうらしい。料金も菅原文化祭料金とか理解出来ない今日一日限定のプライス設定だそうだ。


 だって、一人一時間百円。ドリンク飲み放題だって。この店明日から営業出来るのかな?



 五階建てのカラオケビルは全階菅原高校の生徒で埋め尽くされている。この流れに逆らう事なんて出来ず、俺も波の中にうもれ…なかった


 1Aや一年だけでなく二年や三年までもが、入口で待ち構えていて


「東雲くーん♡何飲むのー?」

「東雲くーん♡私達の部屋にも来てよねー」

「東雲、俺達の部屋に来い」

「東雲、菅原学院武勇伝の館に来い」

「東雲君、女子生命科学研究室よ。みんな待っているわ♡」

「東雲君、宇宙の神秘と女子の神秘教えてあげるわ♡」

「東雲、生徒会の特別招待だ。生徒会特別ルームに来い」

「東雲くーん♡もうみんな後一枚よー」

「ふふっ、東雲くーん♡、君がこのドアを開けた先は酒池肉林の世界しかないわ」

「いえ、こっちは女体盛よ♡」


……一部不適切な表現が有ったかもしれませんが気の所為です……



 俺はどう理解すればいいんだ?



 俺は1Aの部屋で適当に切り上げる予定だったのだが神林が

「東雲、思い切り目立ったな。来週からが楽しみだ」

「お、お前まさか…」

「なにを言っている。中途半端に知れ渡るなら一気に行った方が良い時もある」

「お前なーっ!」

「まあ、楽しめ。俺は静かに隅っこでオレンジジュースを飲んでいるから」



 たった、二時間、されど二時間、今迄十六年の中でこれほど疲れた二時間は無かった。



 次の日から文化祭の代休二連休だ。ウィークディはお父さんもお母さんも仕事でいない。

 だからゆっくりと自室のベッドの上でのんびりと惰眠を貪っていた。時刻はもう午前十時。昨日は確か帰って来て直ぐにお風呂に入らせて貰って午後八時には寝たはず。


 もう十四時間も寝ていたのか。お腹もそろそろ朝食を摂ってくれと悲鳴を上げている様だ。


 ゆっくりとベッドから起き上がると洗面所に行って顔を洗った。そしてダイニングに行くとお母さんの字で、起きたらスープを温めて。野菜サラダは冷蔵庫の中、パンは解凍して。と書かれていた。


 仕事がどんなに忙しくても昔から家族の食事は必ず作ってくれた。売れっ子の時は、家に帰って来れない分だけ作り置きしてくれた。


 どんなに忙しくても家族の事を一番に考えてくれている俺にとって掛け替えのないお母さんだ。



 朝食を摂って、ゆっくりとした後、本屋に行く事にした。昔は渋山に在る大きな百貨店の七階にワンフロア全てが書籍という素敵な本屋が有ったけど今はない。駅の近くの地下に小さな本屋があるだけだ。


 巫女玉のSCの中にそれなりの大きさの本屋がある。時間が余ったら映画館も有るし、もしかしたら何かイベントをしているかも知れない。三年前の記憶を頼りに行く事にした。


 のんびりと歩きながら駅まで行く。SCのある駅は学校とは反対方向に四駅だ。急行に乗らず、普通電車でのんびりと行ってホームからエスカレータを使って降りると


 あれっ、若菜が居る。でもその横に後藤も居る。八頭さんが言っていた、恋人繋ぎという奴でしっかりと手が握られていた。


 改札を出て、左に行けばSC、右に行けば映画館とPBショップだ。でも彼らは左にも右にもいかずに右斜め前に歩いて行った。少しだけ坂がある。でもこっちって。この辺に住んでいれば誰でも知っている場所だ。


 まさかと思ったけど、趣味も悪いと思ったけど、二人に自然と付いて行ってしまった。そして、…後は話す気にもならない。


 彼とは何も無い。私の体の全てを見てくれてもいいと言ったけど…。俺は若菜を信じたかった。でも現実はこれだ。


 気持ちの悪さを引き釣りながら踵を返してSCの中に在る本屋に向かった。本を手に取ってもさっきの二人があそこに入って行く姿が目に付いている。吐き気がする。


 本屋から出て改札の反対方向に歩いて二階に昇りそのまままっすぐ歩いて大きな川が見える場所にあるベンチに座った。


 俺は心の底のどこかで若菜を信じていた。もしかしたら昔の様に戻れるかもしれないという浅はかな期待が有った。


 でも今見た光景は若菜のあの時の言葉全てが嘘だったという証だ。只々ぼーっと遥か遠くに見える山々と眼下に広がる大きな川を見ていた。



 もう帰るか。USから戻っても一人だと思っていた。新しい学校に入っても友達を作るのも難しいだろうと思っていた。 

 

 でも目の前に若菜がいた。だから一瞬だけ期待した。そして彼女も同じ思いだった。


 重くなった心をしっかりと持ち上げる様に腰を上げると駅の方に向かった。ゆっくりと力なく歩いていると運悪くとっても運悪く右から後藤と恋人繋ぎをしながら彼の肩に頭を寄せる様にしながら歩いて来る若菜達と会った。


 二人と視線が合った。俺は無意識にジッと二人の姿を見てそして握られた手を見た。後は早足で改札に向かった。


 もう若菜と二人で話す事もないだろう。昨日までの文化祭という夢の中から引き戻された。




 私は孝之としばらく会わなかった分、文化祭の後、彼の気持ちに応えてしばらくぶりに付き合った。その日も忘れていた夢の中に連れて行ってくれた。


 和樹とは文化祭二日目のお昼までとても素敵な時間を過ごした。


 そのまま時間が流れればいいと思ったけど、孝之が目の前に現れた事で現実に引き戻された。


 そして今日は久しぶりにここに来た。心地よさを体の中に残しながら彼に寄り添って駅に向かった時、和樹と会ってしまった。


 私の手は孝之と恋人繋ぎをして私の体は彼に寄り添っていた。そして私達が歩いて来た方向はこの辺では誰でも知っている場所だっだ。


 私は和樹が改札に早足で歩く姿を見て追いかけようと思ったけど、孝之が私の手を放さなかった。


 明後日、学校に行った時、どんな顔して和樹と顔を合わせればいいんだろう。


―――――

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