第4話 幼馴染の思い


「和樹、話したい」

「若菜か。話すのが構わないが後藤とかいう男とは良いのか。俺と話すとまた焼き餅焼くんじゃないか?」

「それも含めて話したい」

「分かった。何処で話す?」

「私の家に来る?」

「…それは構わないけど」


 若菜の家は、俺の家が隣に在った時、お互い数えきれない位行き来している。だから行く事には抵抗が無いけど、彼氏の事はどうなんだ?



 若菜の家は、学校の最寄り駅から三つ目だ。改札を降りると記憶が蘇って来た。

「駅回り少しだけ変わったな?」

「三年有れば変わって行くわ」

「そうだな」


 それから若菜の家までは無言のまま歩いた。彼女の家に着くと玄関に鍵を通してドアを開いた。

「上がって。両親居ないから」

「うん」


 何も変わっていない。玄関を上がると廊下の右手に階段がある。それを登って、左に回った最初の部屋だ。

「こうして若菜の部屋に入るのは久しぶりだな」

「うん、ちょっと待って、飲み物とお菓子を持って来る」



 彼女が一階に降りている間、部屋の中を見回した。大分変った感じがする。もっともあの頃は中学一年に入りたての時だ。今は高一変わるよな。


 若菜がトレイに冷たい紅茶とお菓子を持って来た。

「はい」


 部屋の中に在るローテーブルの上にそれを置くと俺の顔をジッと見た。


「和樹、会いたかった。とっても会いたかった」

「俺もだよ。でも二年を過ぎた頃から連絡が取れなくなった」

「それは…。怖かったの。和樹の元の家には知らない人が越してくるし。二年が三年に延びて、もう帰って来ないんじゃないかって。帰って来ても会えないんじゃないかって。

 寂しかった。とても寂しかった。そんな時、私を慰めてくれたのがその時同じクラスに居た後藤孝之。

 本当の話、彼とは付き合っている。和樹が帰って来ないと分かって本当に寂しくて。そんな私の心を癒してくれたのが孝之だったの」


「そうなのか。だから俺が帰国が決まって若菜に連絡しても返事をくれなかったんだ」

「あれは…。だってもう会えないと思ったし、帰国しても東京に戻って来るかも分からない。

 あのメールに返事したら、もしかしたらという気持ちがまた芽生えてしまう。実らないと分かっているのにそれとは逆の気持ちが沸き上がってしまう。それが怖かった。

 まさか、同じ高校に転入して来るなんて。それが分かっていたら、私は孝之と付き合わなかった。一人で我慢した」


「若菜。気持ちは分かるけど、自分勝手過ぎないか。二年が三年に伸びたのは、悪かったけど父親の仕事が理由だし、俺があそこで何言ってもどうにもならないよ。

 三年目に入ってから若菜との会話が急に減って、やがて出来なくなった時、俺がどれだけショックを受けたか。

 こっちに帰国する時に送ったメールも返事なかったから、もう若菜は俺の事忘れたのかと思った。

 あの高校に入ったのは偶然だよ。高校に入って若菜を見た時、俺は嬉しかった。それから若菜がずっと俺の傍に居てくれるから、もしかしたらという思いが有ったけど勘違いだったようだし。

 だって俺があの高校に入らなかったら今でも後藤と仲良く付き合っていたんだろう」


「待って、待ってよ。私、孝之と別れる。だから…」

「滅茶苦茶な事言うなよ。若菜と後藤の事は須藤さんが誰でも知る有名な深い仲だって言っていた。

 そんな人を俺が帰国したからって別れて俺の方に来たら俺が飛んでも無い悪者になるじゃないか」


「でも、でも。今、和樹は傍にいる。あなたの事を見てしまった以上、この気持ちはどうにもならないよ。

 和樹、元に戻りたい。お願い。孝之とは別れる。だからお願い、私と元の恋人に戻って」

「無理だ。友達としてなら良いけど、恋人関係なんて絶対に無理だ。理由はさっき言った通りだ」



 無言の時間が流れた。どの位経ったのか分からない。ずっと彼女は下を向いたままだった。だけど彼女は急に立ち上がって部屋の鍵を掛けるといきなり洋服を脱ぎ始めた。


「何しているんだ!」

「皆、私が孝之と深い仲とか言っているけどそれは嘘。今から証拠を見せてあげる」


 下着だけになった。

「ここから先は恥ずかしい。でも本当に何もしていないしされてない。信じないなら全部脱ぐ。私の体を見て。好きにしていい。和樹だったらいい」

「若菜…」


 俺も流石に彼女の下着姿をずっと見ている訳にはいかない。

「分かった。気持ちは分かったから洋服を着てくれ」

「じゃあ、信じてくれるの。孝之とは何も無かったって」

「それは、俺には判断出来ないよ。恋人同士だから体の関係が有ると言う訳じゃないだろう。

 若菜だって言ったじゃないか。自分の寂しい心を癒してくれたのは後藤だって。恋人として十分に大切な事を若菜にしてくれているじゃないか」

「でも…」


「若菜、お前の心を癒してくれた大切な彼だ。大切にしろ。俺は帰る」

「駄目!帰さない」


 彼女は下着姿のままドアの前に立っている。流石に体を触る訳にはいかない。

「どうすれば帰してくれるんだ?」

「私と元に戻るって約束してくれたら」

「それは無理だ。後藤にも失礼だ」

「孝之とは別れると言ったじゃない。新しく好きな人が出来たから別れるなんて普通の事よ。逆の立場だって同じだわ」


 参ったな。埒があかない。仕方ないここは…。

「分かった。考える。でも直ぐには答えを出せないよ。俺もUSから帰って来たばかりだし、あんまり目立つ事したくないんだ」

「…分かった。そうよね。まだ帰って来て一週間も経っていないものね。孝之とだって直ぐさよならって訳にはいかないし。きちんと別れる理由を説明しないといけないから。でも絶対に別れるから。そうしたらもう一度恋人になって」

「だから考えると言った。それより早く服を着てくれ」

「分かった」



 大分空いてしまったお腹を我慢しながら一階に降りて行くと

「えっ?!」

「「あっ!」」


 お母さんが近付いて来た。

「若菜。この人。和樹ちゃんよね」

「ご無沙汰していました。一か月前に両親と一緒に日本に帰って来ました」

「そう、お母さんに似てとても綺麗になったわね。それに背が随分伸びたわね。今日は若菜と?」

「はい、久し振りなので話をさせて頂きました」


 その時、お母さんの視線が若菜に流れた。疑問の眼をしている。


「あの、今日はもう帰ります」

「えっ、そうなの。今度ゆっくり遊びに来て。ご両親にも宜しく伝えておいてね」

「はい、両親も喜ぶと思います。ではこれで失礼します」

「あっ、待って。駅まで送る」



 また、駅までは無言だった。改札を通る時

「和樹、明日会えないよね?」

「無理だ。色々しないといけない事がある」

「そうだよね。じゃあ、また月曜日」

「ああ、じゃあ、またな」

「うん」


 さよならと言われたらどうしようかと思ったけど、またなと言ってくれた。まだ可能性があるかも知れない。孝之の事、何とかしないと。


―――――

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