第2話
「こ、これで私たちがお付き合いしてるって証明できましたよね! そ、それでは私たちはこれで失礼します!」
顔を真っ赤にして早口でそう言った天内は俺の手を握ると足早にその場から立ち去った。
俺はというと、いきなり天内にキスをされた衝撃で脳死した状態になっていた。
脳死状態で天内について行っていた。
「す、すみませんでした」
天内の謝罪が耳に入ってきて俺の脳は息を吹き返した。
気が付けば俺はアーケードコーナーにいた。
そして、目の前には俺に向かって頭を下げている天内の姿があった。
「謝るなよ。俺の方こそ悪かったな。俺が彼氏のふりなんてしなかったらこんなことにはならなかっただろうし」
「そ、そんなことは……」
「顔にそうだって書いてあるぞ」
「そ、そんなことはありませんから! 助けていただいたのにそんなこと思うわけないじゃないですか」
「本当か?」
「本当です」
「なら、そういう事にしとくか。まぁ、なんだ。さっきのことはお互いに忘れよう。天内とキスをしたって自慢したりすることはしないから」
そもそも自慢する相手がいないんだけど。
天内とキスをしたなんてことが知られたら、俺は学校にいられなくなるだろう。
「あの……ずっと気になっていたのですが、もしかして、あなたは神崎さんですか?」
このままバレずに事を終わらせれたら何事もなかったかのように週明けから学校生活を過ごすことができると思っていたのにどうやら気が付かれしまったらしい。
気が付かれてしまったのなら仕方がない。
「……気が付いたのか」
「やっぱりそうなのですね」
「このまま気が付かないでほしかったんだけどな」
「気が付いてしまいましたね」
「何で気が付いた?」
「私の名前を知っていたことと、声が神崎さんだったところですかね」
「俺とあんまり話したことないだろ」
「何度かは話したことはあるじゃないですか。それで十分ですよ」
「さすがだな」
「初めは誰か分からないかったですけどね」
そう言って天内は照れ臭そうな浮かべた。
「学校での俺と全然違うだろ?」
「そうですね。なんというか、今の神崎さんはカッコいいです」
「そりゃあ、どうも。学年一の美少女に褒められるなんて光栄だな」
「光栄に思っていいですよ」
「自分が学年一の美少女だってことは否定しないんだな」
「もう否定しないことにしたんです。否定しても言われ続けるので」
「可愛い過ぎるのも大変だな」
「そうですね」
今度は苦笑いを浮かべた。
その苦笑いにこれまでの苦労が映し出されているような気がした。
俺の知らないところで数え切れないくらい言われてきたのだろう。
中学生の時に同じような経験をしていたので、天内の気持ちがよく分かる。
だから、俺は高校生では地味な見た目の陰キャを演じることにした。
「てか、天内もゲームセンターに来るんだな。ちょっと意外だったわ」
「滅多に来ないですけどね。さっきみたいなことがあるので」
「じゃあ、今日はどうして来たんだ?」
「どうしても欲しいぬいぐるみがあったからです」
「あぁ、あの茶髪が取ろうとしてたやつか?」
「はい」
天内がいたUFOキャッチャーの台の中にあったのは今、女性の間で大人気のアニメのぬいぐるみだったはずだ。
「じゃあ、取りに行くか。もう、あいつらもいなくなってるだろうしな」
「いえ、大丈夫です。何度挑戦しても取れなくて諦めようと思っていたところでしたので」
「ちなみに何回くらいやったんだ?」
「十回です」
「それだけやったなら諦めるのはもったいないだろ。天内が挑戦してたUFOキャッチャーの台は確率機のことが多いから、十回も挑戦したなら後数百円以内に取れると思うぞ」
「そうなんですか?」
「おそらくな」
「じゃあ、もう一度挑戦してみたいです。あの、よかったら一緒に来ていただけませんか?」
「もちろんそのつもりだけど?」
「ありがとうございます」
ということで、俺たちは再び天内がナンパをされていたUFOキャッチャーの台のところへと戻った。
天内のことをナンパしていた大学生風の男三人はどこかに行ったようでUFOキャッチャーの台の近くには誰もいなかった。
「景品取り出し口に結構近いな。取るのはあのぬいぐるみでいいのか?」
俺は景品取り出し口の近くにあるぬいぐるみを指差して言った。
「はい。あれが欲しいです」
「どうする? 天内が自分で挑戦するか?」
「頑張ってみます。それでも無理だったら神崎さんにお願いしてもいいですか?」
「分かった」
「ありがとうございます」
この台は一プレイ二百円だった。
なので天内は台に二百円を入れた。
とりあえず、天内が助けを求めてくるまで俺は見守ることにした。
十回もプレイをしているので操作方法はちゃんと理解しているようだった。
天内はちゃんとアームを狙いのぬいぐるみの真上に動かしていた。
経験上、こういう系のUFOキャッチャーは確率でアームが強くなるようになっていることが多い。
だから、十回もプレイをしたのに諦めるのはもったいない。
よほどのミスをしない限りはお店側が設定した金額になればアームの力が強くなり、景品を取ることができるはずだ。
(この大きさだと設定金額は二千円くらいだろうな)
俺の予想通り、天内が操作したアームはぬいぐるみのことをしっかりと掴んでいた。
「か、神崎さん!?」
ぬいぐるみをしっかりと掴んで、景品取り出し口に向かって動いているクレーンを天内は興奮を隠せない様子で目をキラキラと輝かせていた。
そして、クレーンは景品取り出し口の真上までやって来ると、アームを開いて掴んでいたぬいぐるみを景品取り出し口に落した。
天内は景品取り出し口に落ちたぬいぐるみを取り出すと大事そうに抱えて俺に見せてきた。
「見てください! 神崎さん! 取れました!」
「よかったな」
「はい! 神崎さんのおかげです!」
「俺は何もしてないだろ」
「いえ、神崎さんが諦めるのはもったいないと言ってくださったおかげです。そのおかげで取ることができました。ありがとうございます」
まさに天使様。
ぬいぐるみを大事そうに抱えて嬉しそうな笑みを浮かべている天内は、まるで天使のようだった。
☆☆☆
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