第29話 獅子の全力

7体のゴブリンから魔石を取り出すのは少し面倒だが、ゆっくりしているとまた他の魔物に気付かれる恐れがある。


できるだけ早く魔石を取り出して血を洗い流すとこの場を離れる。




その後も何度か少数のゴブリンの群れを見つけては奇襲をしかけて順調に狩っていった。


「合計で21体か…今日はもう村に戻ろうか。できればリンとレイさんにお土産で肉の美味しい魔物を採っていこう」


ゴブリンの多く出るこのあたりはゴブリン共が他の魔物や動物を食べているようであまり見つからない。

諦めて村へと帰っている最中にアートの探知に魔物がかかる。どうやら初めての魔物のようでどんな魔物かは不明だが、大きさからして40センチほどだという。

せっかくなら食べられる魔物だといいんだけど…




「クェっクェっ」


あれは…鳥型の魔物が木の実を啄んでいる。

まるまると太った体は俊敏に飛べそうにない。


【あれはヤミーターキーという魔物ですね】


絶対美味しいやつじゃん。


【本によるとヤミつきになるほど美味しいからと言う説と、とある国の王子のヤミー王子が美味しいものを食べるとヤミーと叫ぶことから付けられたと言う説が有力でヤミターキーと名付けられたらしいですよ。その肉はかなり高値で取引され貴族の食卓にも時々並ぶ程だとか】


ぐぅ〜


俺のお腹もあいつを逃すなと訴えかけている。必ず仕留めなければ…



「アート、最大出力で身体強化してくれ」


【ヤミーターキーは発見が困難なだけで、捕獲自体はそこまで難しくないようですが?】


「ふ…甘いな…

獅子はうさぎを狩るにも全力を尽くすものなのだよ」


【はぁ…本当に"全力"でいいのですか?】


「絶対逃せないからな…やってくれ」


この時俺は勘違いしていた。俺の周りの中で最も身体強化を得意とするブライドさんの身体強化倍率は最大でおよそ5倍ほど。実際に俺もアートに頼んで5倍の速さを体験している。まるで重力から解放されて空でも飛べそうな感覚になり、訓練用の木の槍も今までのように振るうだけでバキっと折れてしまうほどだった。


そしてここからが俺の勘違いだ。アートは"魔法"はAIゆえに解析していない魔法は、想像する必要のある構築が不可能で発動できない為、解析対象の実力によって大きく左右される。

しかし、"身体強化"は厳密に言えば"魔法"ではなく、魔力を圧縮して高速で流すという魔力操作技術の延長線上による効果である。この過程に想像というプロセスは必要ない。

当然、アリマとブライドさんの身体強化に差があるように使用者によって大きく異なるが、この優秀なAIであるアートがレイさんという魔力操作のプロの技術を解析し、それを応用すると……


アートが俺の指示通りに"全力"で身体強化を発動する。

一瞬にしてかつてないほどの全能感が体を支配する。前に体験した5倍の強化とは比べ物にならないほどだ。


俺は深く考えずヤミーターキーに向かって一歩踏み出す


「ドガァン」


へ?突然目の前が暗くなり混乱する。

そして体から先ほどまで溢れていた全能感が消失していく。


体を動かそうとすると初めて身体強化をした時よりもさらに強い痛みに襲われる。痛すぎて動けない…全く状況が掴めないが今はまず…


「アート…ヒーリングしてくれ…」


【ヒーリング】

一度のヒーリングでは完治せずその後追加で3回ほどヒーリングを使ってもらう。


なんとか動けるようになったので体を動かすと、パラパラと体の周りから何かが落ちていく。体をすっぽりと覆われている状態から手で体を押して抜け出す。

そこでようやく自分が大きな木に埋もれていたことが分かった。

木には俺が埋まっていた人型がくっきりとついている。なぜ自分が突然木に埋もれたのか分からない。


後ろを振り返ると先ほどまで自分が居たはずの場所から地面が少し抉れながらこの木まで一直線に続いている。


…は??


【私はマスターの指示通り"全力"で身体強化させて頂きました。強化倍率は30倍といったところでしょうか。さすが私ですね。今の数秒でマスターの魔力の8割が吹き飛びました】


どうやら今の一瞬の強化で8割の魔力を持っていかれたようだ。


アートに全力で強化された俺は俺の感覚で一歩踏み出しただけで30mほどは離れている巨木へと突っ込んで体をそのままめり込ませてしまったようだ。


「アートおまえ…なんとなくこうなる事分かってただろ…」


【マスターの指示ですので】


いつもいらない事ばっかり言うくせにこんな時ばかりは俺の指示通りに動いたらしい。

一応、こうなることを見越して2割の魔力を回復と探索用で残しておいてくれたらしいので怒るに怒れない…



ちなみにヤミーターキーは俺が横を突き進んだ衝撃で気絶して近くに倒れていた。

ほんとに無駄にならなくてよかった…

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