第4話 ゴブリン

「ふぅ〜食べた食べた〜」


お腹をさすりながら満足げな顔を浮かべる。



「腹も膨れたし、次は日が暮れる前に人里を見つけないとだな!

てか、ちゃんと人がいるよな…?」



自分で言っていて少し不安になってきた。



【マスターがツノウサギから逃げている途中に以前使っていた罠跡のようなものを発見したので、人かは分かりませんが人間と同等の知的生命体がいるのは間違いないかと】



「それは朗報だな

じゃあ異世界もの定番だが、川を下ってみるのが一番可能性が高いかな」



【問題ないかと】



「じゃあ早速行きますか」




しばらく川沿いに歩いていく。


「そういえばアートは俺が何でこの世界に来たのかわかる?」



【……pmwujk@_psnbpjmbtm】


「え?」


【ピコン】

【エラーが発生致しました。

再起動を実行致します。

再起動成功】



【申し訳ございませんマスター。情報にロックがかかっているようです。】



「ふむ…分からないことはしょうがないな」



(どうやら何かしら俺がこの世界に来た事と"アート"が関係していそうだな…

そもそもこの世界で入れていないはずのアートが携帯に入っていて起動しているのもおかしいしな)



「そういえばなんでアートは俺のことマスターって呼ぶんだ?」



【それは…

マスターが中学2年生の時に作った全100ページに及ぶオレの異世界最強計画書No.2に出てくるメイドにはマスターと呼ばせ王者の風格を出すと言うところから来ています。】


アートはよくぞ聞いてくれた!とばかりに少し早口で捲し立てる。




「な、なぜそれを知っている!?もしかして全部読んだの!?」



【マスターの昔のPCをハッキングしたところ、おれTUEEEで異世界最強!と叫びながら計画全てを自慢げに録音したデバイスを見つけましたので】



「俺の黒歴史がぁ…」



【ステップ1 能ある鷹は爪を隠す

普段は一見弱そうに見えて、実はピンチになったら無双する者こそ真の俺TUEEEである。】



「もうやめて!!とっくに藍のライフはゼロよ!」



「ん?さっきハッキングとか言わなかったか?」


【………】



「おい!

他にハッキングしたものとか無いだろうな!

具体的には俺のアパートのPCに入ってる閲覧禁止 重要な物リストとか見てないだろうな!!」




【………にやり】



「!!!

すんませんまじ本当に勘弁して下さいアート様」




【ゴホン 悪ふざけはこのくらいにしてだいぶ先ですが煙が上がっているようですよマスター】




「本当だ!

野宿しなくて済みそうでよかった!」



藍はさっそく煙の狼煙が上がる方角を目指して歩いていく。





【マスター止まってください。】


【まずいかもしれません。私の感知によるとあの煙はどうやら人間よりも背丈が小さい存在の群れのようです】



「アート感知なんて出来たの?」


【何を今更言っているんですかマスター

あなたの見えていない範囲を気づいていたのは誰だと思っているんですか。

電波を応用して反響させることで一定周囲の状況を把握することができます】



「コウモリみたいな感じか

先に言っといてくれよ」



【コウモリと一緒にしないでほしいのですが。

それに聞かれませんでしたので。】



「くっ次回から必要そうなら聞いてなくても教えてくれ」


【くれ…??】


「くくぅ、教えてください」


【承知しました】




「それで人間じゃなさそうなら近づかない方が良さげだな」



【はいマスター。今のマスターであれば囲まれてタコ殴りにされてしまうかと。

しかし、数体群を離れて行動しているようなので十分気をつけてください。


念の為、今朝倒したツノウサギのツノで何か武器を作った方がいいのでは?】



「そうだな…ツノの形からすると槍ならいけそうかな」



藍は周囲から比較的真っ直ぐで頑丈そうな木の枝を見つけると、スーツのズボンのベルトとツタを使いツノと木の枝を動かないよう頑丈に固定した。



ブン、ブン


「よし急拵えだけど我ながらそれなりだな」



槍を振り回してぐらつきが無いか確認するが問題なく固定されているようだ。






【マスター!移動物体が右手側からこちらに接近しています!おそらく先ほど逸れていたものかと!】


木々の隙間から草むらが揺れているのが藍の目にも見て取れる。


「あれか…」


徐々に揺れ動く草むらがこちら側へと近づいてくる。そして目前までやってくると…




「先手必勝!くらえ!」


「ギャい」


茂みに向かって先ほど作成した槍を思い切り突き刺すと、手には何かにぶつかった確かな手応えを受けた。



すぐに槍を引き戻し、草むらから離れてしばらく様子を伺う。



「動かないな…仕留めたか?」



恐る恐る先ほど槍を突き刺した場所へと様子を伺いに行くと、そこには緑色の肌で小さな角の生えた不気味な小鬼が首に穴を開けて動かなくなっていた。



「これは…所謂ゴブリンってやつか。異世界もよで最弱扱いされてるやつで一突きだったしあんまり強く無さそうだな。

こいつも魔石を持っているのかな」



ゴブリンの死体から魔石を探そうと茂みの中に入っていく。




【マスター!もう一体います!!下がって!】


「ッツ!」


藍は咄嗟に槍を持ち茂みの外側へと戻る。



「ギギャ、ギギャ」


茂みの中からはどこか悔しそうな顔をした先ほど見たゴブリンと瓜二つな生き物が出てきた。

ゴブリンは威嚇する様にボロボロの木の棍棒をこちらに向けて吠えている。



【どうやら仲間がやられて咄嗟に木の影に隠れて身を隠してこちら来るのを待っていた様ですね。

気をつけてくださいマスター】



「そんなに知能があるのか…

それにあの棍棒みたいなので殴られたら痛いじゃ済まなそうだな」



藍とゴブリンは睨み合ったまま相手のことを伺うが、ゴブリンはしびりを切らしたのか藍に向かって棍棒を振り上げながら突っ込んでくる。



「シッ!」

藍は槍を引き絞るとタイミング良くゴブリンに向かって突きを放つも槍はゴブリンの棍棒を持っている方の肩に擦りながらも致命傷にはなっていないようだ。



「ギギャヤ!」

ゴブリンは槍によって少しよろけながらも棍棒を振るってくる。



【マスター!】


「くっ!?」

何とか槍を引き戻し槍の柄で棍棒を受けるものの砕かれそのまま後ろに弾かれる。



【マスター!大丈夫ですか!早く起き上がってください!】


ケホッ、ケホッと咳をしながらも何とかふらつく体を起き上がらせる。



「おいおい、何がゴブリンは異世界もので最弱だよ!めちゃくちゃ強いじゃ無いか!?」



数分前の運よく一撃で仕留めて勘違いしていた自分を殴りたくなる藍であった。



ズキズキと痛む体の悲鳴からゴブリンに対して一切の油断が無くなり、命のやり取りである事を改めて実感して体が強張り震えてくる。




【バカマスター油断しないでください。あなたはナヨナヨ引きこもりバカマスターなんですよ!】


(なんかまた増えてる気がするな…)


内心でそんなアートに対して苦笑いしているうちに、自然と先ほどまであった体の強張りと震えが治っている事に気づく。



棍棒によって折られてしまった分短くなった自作の槍を強く握り締め、ゴブリンに向かって今度は藍の方から攻めていく。


「おら!シッ!」


ゴブリンに反撃の隙を与えない様に短くなって取り回しが改善した槍を振り回す。


しかしゴブリンも藍の素人な槍捌きではなかなか致命傷にはならず膠着してしまう。




【マスター 私が音を鳴らしてゴブリンの気を引いて隙を作ります!】



「よし!たのむアート!」



「トゥルルントンティントン、トゥルルントンティントン」


「ギャい?」


「ってアプリの呼び出し音かよ!!」


「ッツ!」


体の力が抜けそうになりながらも突然なり出した不思議な音に気を取られているゴブリンに向かって渾身の突きを放つ。



「ギャァァア」


今度の槍はゴブリンの胸をしっかりと穿ちゴブリンは倒れて動かなくなる。


「ふぅ〜危なかった…助かったよアート」

乱れた呼吸を整えながら倒したゴブリンにゆっくりと近づいていく。


【マスター。微妙にですが倒れているゴブリンが動いている様です。死んだふりの可能性が高いです。】


「マジかよ…そんなことまでできるのか?」


アートに言われてゴブリンの手の届かない位置から槍で突き刺す。


「グギゃぁ…」


「これは知らずに近づいてたらかなり危険だったな」


ゴブリンの狡猾さを知った藍は今度こそしっかりと息の音が止まっているのを確認してから肩の力を抜く。

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