第1話 お菓子
友達と言うには近過ぎて、恋人なのかと言うには遠すぎる。
女友達と言うよりは何故だろう、主と下僕って表現が自分のなかでピッタリと一致する気がした。
悲しいかな、恋愛対象として俺は見たことがない。
基本的に俺は声を掛けられれば犬のように彼女に従ってしまう。
容姿端麗。成績は上位だし、周りの皮被りも上手い。
オマケに空手二段で、この前付き合わされた買い物途中の電車でセクハラしてきた大人を床に組み伏せて倒している。
そして優しいのか、手厳しいのか分からないが俺が本気で何かに悩んでいると、必ず後ろから小突いてくる。
かなり手加減してくれているのは分かっている。
だが励まそうとしてくれているなら口で言えばいいのにと毎度思うのだ、口下手ではないのに不思議と。
「……」
呼ばれて戯れる犬のように、急ぎ足で外へ出て直ぐにお隣のチャイムを鳴らした。
時刻は夜の八時半。
また廃棄物みたいな味がする杏お手性の何かを渡されるのか、心中ハラハラしながら扉が開くのを待っていると、 スリッパのパタパタした可愛らしい音が聞こえた。
もうそろそろ来るな?と何も考えずその場で待ってると、扉が予備動作なくいきなり全開で開く、そして俺の顔面に当たる。
目眩と鼻の強烈な一撃。
一瞬、視界に光が見えて体勢を崩したままうつ伏せで倒れた俺を見て駆け出してきたのは杏、じゃなくて杏の双子の妹である
「は、花君!? ご、ごめんなさい!?大丈夫!!」
「だ、大丈夫だよ、菫ちゃん。それより杏は?」
何度も謝りながら手が空を彷徨い、アワアワしている菫ちゃん。
悪気がないのは分かるし、俺も目の前な居たのはこちらも悪いけど。
立ちながら鼻から大量の鼻血が出ていたが、見えないように手のひらであらかた拭うと平静を装う。
痛いけど痩せ我慢だ。これ以上、幼馴染みの泣きそうな顔を見るのは嫌だ。
「お、お姉ちゃんは今、お菓子を盛り付けしてて、その花君に渡そうって言い出したの私なのごめんなさい!」
「いや大丈夫、この通り鼻が赤くなった程度だし」
見るからに目に涙を浮かべてこれから泣きますよ?泣いちゃいますよ?な状態の菫ちゃんがガチで泣きしそうなのだ。
あまり心配させてると俺が問答無用で杏にぶっ飛ばされる。
「余裕を持って言ったのに遅いわ──って何してるの?」
鼻血を無理矢理啜り、口の中が鉄臭く、塩辛くなりながらの俺と必死に頭を高速で下げる菫ちゃん。
傍から見ればなんとも奇妙な光景がそこにはあった。
その後、無事にお菓子を貰う。黒いクッキーだ。
「おー、美味そうだね? いただきまーす!」
しかし帰ってきた瞬間に妹に半分以上持っていかれ、少しをその場で食べられた。
反応は……どうやら大丈夫みたいだ。
ご満悦で頬に手を当てて、目を輝かせる俺の妹、
完コピせんでいいわ。
「あ、晩御飯は冷凍したのオカズにしてって、母から」
「また煮詰まってるのか……うーん。昴は食べたのか?」
「お兄ちゃんがノックしても気が付かないし、何か書いてたみたいだから邪魔しちゃ悪いかなぁーって思った初々しい妹が食べてると?」
「はぁ……話し方がお母さんに似てきてるのは、なんだかな……」
ウェブライターの母親は〆切に追われて、今缶詰め。
俺は腹を空かせてる妹の飯と自分の飯を支度する為、用意したら言うとだけ伝えて味噌汁を作る支度をするのだった。
その後、クッキーを食べたが予想以上に美味しくて直ぐに感触してしまった。
菫ちゃんのフォローの賜物だと勝手に判断して手を合わせて天を仰ぐ。
神様、仏様、菫様と。
両手に花なんざいらね! 宇治鏡花@ @miraudohien
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