31 ゼリー




「意識が戻ったと聞いたので慌てて来ました。」


と彼はにこにこと笑いながらやって来た。

その胸元には黒高が作ったループタイがあった。

彼は片手に小さなエコバッグを持っており、

そこにはゼリーのパックが入っていた。


「病院のコンビニで買ってきましたよ。」


と彼は病室のミニ冷蔵庫の前に身をかがめて

それを入れた。


築ノ宮は元々世俗を離れた雅な印象がある。

だが今はコンビニで買って来たゼリーを持っている。

黒高は急に可笑しくなった。


「築ノ宮さん、ゼリーとか……、」


黒高はくすくすと笑う。


「ゼリーは食べますよね?」

「食べますが、築ノ宮さんが庶民的なものを

コンビニで買うというのは何だか意外で。」

「そうですか?スーパーでも買い物をしますよ。

独身なので自分で色々しないといけないんで。」

「そうなんですか。」


築ノ宮がにっこりと笑って彼のそばに座った。


「でも黒高さんの意識が戻って本当に良かった。」


黒高は樒が来る前に築ノ宮から電話が来たのを思い出した。


「そう言えばあの前にお電話いただきましたね。」

「ええ、何やらとても良くないものが

近づいているのが分かったのでね。」


彼はポケットから真っ黒になったスマホを出した。


「さすがにもう壊れていますが、

これが繋がっていたおかげで事情が分かりました。

そしてすぐに緊急車両も呼べました。」


黒高はそれを受け取る。


「店内では爆発があって火災になりましたが、

店頭のディスプレイのガラスは内側に向かって割れていました。

爆発の前に何かが入ったようですね。」

「寝たままですみません。スマホはボロボロだ。」

「無理をしてはいけません。

それでスマホは焼けてしまいましたからね。

新しい物を今ご用意しています。」

「助かります、ありがとうございます。」


築ノ宮は立ち上がるとカーテンを閉めた。


「黒高さん、あなたはあの店の場所が何であるか分かりますか?」


築ノ宮は黒高のそばに戻ると言った。


「……、よく分かりませんが不思議な場所です。

僕はあそこで死んだはずの白、白高に会いました。」

「あなたを助けたご老人もそうですね。」

「そうです。」


築ノ宮はあごに手を触れて少し難しい顔をした。


「あのご老人はかなり昔の方でしょう。」

「そうです。」

「あの方は物の怪になりかけていたのですよ。」

「えっ?」

「白高さんのようにまだ亡くなって間もない人は

まだ霊体ですが、

あのご老人はかなり長くこの世にいた。

なので存在が変わりつつあった。

あの方はこの世の人にも干渉出来たのではありませんか?」

「そうです……。」


豊には実際頼んだ事があった。

撮影隊が来た時には彼らを追い返す役をしてもらったのだ。


「あのままこの世に居続けたらあの人は

違うものになっていたのです。

だからあなたがあの人を送ったのはとても良かったのですよ。」


黒高は消えゆく豊を思い出していた。

煙草を吸う真似をして彼は消えた。


「……あの人はタバコが好きだったんですよ。」

「そうなんですか。」


築ノ宮はふふと笑った。


「私はね、物の怪を祓うのが仕事なんですよ。」

「物の怪ですか。」

「そう、そしてこの世の不思議などを見張り、

人に害が及ぶようならそれを払ったり収めたりするのです。

だからあのご老人も祓わなければいけないのかと

思ったのですが、

あの方を送るのはあなたの役だと私は分かりました。」


築ノ宮にはどことなくどこかの組織の首領のような印象がある。

人を束ねて指示をする、それに慣れている感じだった。


「それであの店はこの世とあの世が繋がりやすい場所でした。」

「あの世とは?死後の世界ですか?」

「それに近いかもしれません。狭間のような黄昏の世界です。」

「あそこは昔は着物屋で、継いだ方が洋品店をしていたとか聞きました。

それで……、仕事が上手く行かなくてご家族四人が心中されたとか。」

「あの場所でない所で、ですよね。」

「はい。」

「でもその人達がそこに戻って来たのです。

その後多分入居出来たのは衣料関係だけでしょう。

その人達の意思が影響したのかもしれません。

他の商売が入っても長続きしない。

そして入ったとしても妙な現象が起きて続かないのです。」

「僕の時は何もなかったけど……、」

「あったじゃありませんか。

白高さんやタバコが好きなご老人、そして満知さん。

普通はそんな事起きませんよ。」


今気が付いたような顔をする黒高を見て築ノ宮が笑った。


「そう言えばみんなが来た頃からオーブが四つ時々出てきました。」

「オーブですか。」

「大き目の光が二つと小さいものが二つ、

店の中で小さい光が遊ぶように走っていました。

大きい光は仕事を手伝ってくれました。」


黒高はふと思い出す。


「僕が何かに捕まって動けなかった時にあの光が出て来て、

後ろに回ったら拘束が解けました。」


築ノ宮が少し笑った。


「多分その光はそのご家族かも知れませんね。

普通は怖がるが黒高さんは何事もなく接していたので

良かったのかもしれません。

助けてくれたのでは?」


築ノ宮が黒高を見た。


「それであの場所はわたくしどもは要観察地として

ずっと見守って来ました。」

「そう言えば内見に行った時は妙に店内が綺麗でした。」

「そうです、あのような場所は清めておく方が良いのです。

それである時あなたが来た。

何か感じたのでしょう?」


黒高は思い返す。

母を亡くし白高も死んだ。

気落ちしていたのは確かだが動かなくてはいけないとも

思ったのだ。

そして街を歩き回って見つけたのはあの場所だ。


「あなたは導かれたのです。

あなたはあの場所に行かなくてはいけなかったのです。

運命だったのですよ。」

「あの後商店街の不動産屋に行って案内をして頂いたのですが、

あれは、」

「あそこは私の組織が開いていました。

あなたのためだけにね。」

「で、でも、会長さんがあの店はお年寄りのご夫婦がやっていて、

ずいぶん前に閉まったと……。」

「そうですよ。」

「そこの人と一緒に会長さんの所に挨拶にも行ったんですが……、」

「行ったようですね。」


築ノ宮はにこにこしている。


「何かしたんですか?」

「ええ、会長さんの記憶を少しばかり。

あの人はあなたが不動産屋に行った頃も空き店だと思っています。」


この築ノ宮はどんな力を持っているのだろうか。

少しばかり空恐ろしくなった。


「そんな事が出来るなんて、それなら僕の記憶も……、」


変えられているのではないかと黒高は思った。

だが築ノ宮は首を振った。


「あなたに対して何かをする気は全くありません。

それに忘れたくないものがあるでしょ?」


黒高はふと白高を思い出す。

自分が呪いの言葉を吐いた時、

彼の姿はあまりにも哀れだった。


だが今思い出すのは白いスーツを着て現れた白高だ。


まだ健康な時の様に明るく喋り調子が良かった。

皆でげらげらと笑い、

豊とタバコを吸おうとして黒高は止めたりした。

あの時は黒高は自分の呪った言葉をすっかり忘れていた。


黒高はしばらく無言だった。

築ノ宮はなにも言わずそこに座っている。


「す、すみません、あの……、」


黒高は口ごもった。


「構いませんよ、本当に色々な事がありましたね。」


築ノ宮は言った。


「あの場所はあなたが来たから助かったのです。

あの場所に元々いた四人も

そこの邪悪に囚われて逃げられなくなっていたのですよ。

そしてどんどん悪いものが集まる。それをあなた達が導いた。

それがあなた達の仕事だったのです。」


黒高は築ノ宮を見た。


「なら僕達がやった事は間違っていないと?」

「間違っていません。」


強い顔で築ノ宮は言った。

それを見て黒高は自分の体に力が湧いてくる気がした。


「あの……、」

「はい、なんでしょうか。」

「ゼリーが食べたくなりました。」


築ノ宮はそれを聞くと少し驚いてくすくすと笑い出した。


「すみません、変ですよね、

でも何だか築ノ宮さんの持って来たゼリーが

妙に美味しそうな気がして来て……。」

「分かりました、お手伝いしましょう。」


と彼は言うと少しベッドを起こして黒高を座らせ、

ゼリーを持って来た。

黒高の片手は使えない。

なので築ノ宮が彼にそのゼリーを食べさせた。


「こんな事させてしまって申し訳ないです。」


黒高がそう言うが、久し振りの食べ物は実に美味しかった。


「いや、食欲が戻ったのならこちらも嬉しいですよ。

黒高さんは内臓は何ともなかったそうなので

沢山食べて休んで治して下さい。」


築ノ宮が彼の口元にスプーンを向けてその口を開けた。

黒高もつられて口を開ける。

少しばかり気恥しいが、

彼にそのような事をしてもらうのは

何故かしらとても嬉しかった。


「ところで、黒高さんはこれからどうしますか?」


食べ終わり片付けだした築ノ宮が言った。


「お店は無くなりましたが土地はありますね。

今度は全く問題は起こりませんよ。」

「築ノ宮さんが地鎮祭をして頂いたと聞きました。」

「はい、ちょっと違いますがそう見えるでしょうね。」


少し黒高は考える。


「……多分また店をやると思います。」

「なら私はあなたのお店で買い物が出来ますね。」


と彼は胸元のループタイを手で触った。


「気に入って頂けたのですか?」

「ええ、ネクタイより軽くて良いですね。

最近はプライベートはこればかりです。

それにデザインが若々しくて好きです。」

「ありがとうございます。

それとシャツも鶴さんについてもっと作ろうと思って。」

「それは良い。」


築ノ宮が微笑んだ。


「将五さんは何かが見える方です。」

「僕もそう思います。

僕の店には絶対に来ませんでした。」

「将五さんはその力で作るものに念が入るのですよ。

あの人が作るものは着る人が着心地良くという気持ちがある。

だから私はあの方の作るシャツが好きなのです。」


築ノ宮は立ち上がった。


「黒高さんもシャツを作るなら

いずれ私もお願いするでしょう。頑張ってください。」

「ぜひ。築ノ宮さんが満足できるものを作りたいと思います。」

「期待していますよ。」


彼は手を上げ笑いながら出て行った。


どう言う縁で築ノ宮が自分に関わっているのか

あまり良く分からなかった。

多分捨ててはおけないものはあったのだろう。

だがそれ以上に彼は自分を気にしていると分かった。


「早く治そう。」


そして店を立て直す。


緋莉や白高が死んだ後に始めた時は

ゼロから始めなくてはいけなかった。

だが店はあり中もちゃんとしていた。


今度は建物はなくなり手持ちのお金も少なく、

前の人が残した設備や什器もない。

それでもこのスタートは明るい気がした。

全てが良くなる気しかしない。


黒高は目を閉じた。


眠ろう。

明日目を覚ましたら少し体も治っているはずだ。

リハビリをしてたくさん食べて……。

期待していますよと言った築ノ宮の言葉に応えなくてはいけないと

黒高は思った。






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