30 エピローグドレス 3




クローズ・西村川の店内は緋色ひいろに包まれていた。

その中で白高はあかい衣装で樒の前にいた。


「樒さん、自分が何を連れているか分かりますか?」

「連れてる?何の事だ。」


樒の声は少し震えていた。

だが何度か大きく深呼吸をする。

そしてきっと白高を見た。


「よく分からんが、死んだお前がここにいるって事は

俺も死んだのか?」

「いえ、まだ生きていますよ。」

「嘘だろ?と言うかお前は生きていたのか?」

「死んでますよ。」


樒は黙り込んだ。

だがしばらくするとくくと笑い出した。


「俺も色々な事をしたが死人と話すとはな。

ヤクの幻覚かな?一発キメて来たからな。

まあいいや、少なくとも緋莉のガキ、一人は殺したから。」

「もう一人も殺す気でしょ?」

「当たり前だろ、今失敗しても次は殺してやる。

お前のせいで俺は犯罪者になったんだ。

生きてるのは黒高だけだ。

その仕返しは全部黒高にしてやる。」


その時店のウィンドウに毛の塊のようなものがびっしりと張り付いた。


白高はそれを見る。

その目線に気が付いた樒がそちらを見た。


「ありゃ、なんだ、」


それを初めて見たように彼は言った。


「どうも樒さんにずっと憑いていたようですよ。」

「俺にか?」


もう樒も感情が麻痺しているのだろう。

特に驚きはしなかったようだ。

毛の塊は様々な色があった。人の髪の毛のようだ。

黒、茶、白、金髪、カラーリングをした鮮やかな色のものもあった。


白高には分かった。

あれは樒に弄ばれた者の恨みだ。

髪の毛となり彼に憑いている。

どれほどの人を彼は陥れたのだろう。

仕事上彼は人の体に触れる。相手の髪にも触れたのだ。

髪の毛には念が入りやすい。


「あれがずっと憑いていたのですよ。

そしてそれにつられてよこしまなものも憑いていた。

だからあなたは恨みの気持ちがずっと捨てられなかったのです。

恨みが恨みを呼び、凄まじい大きさになっている。

だからある意味あなたは邪に操られていたのです。

恨みを集める器です。」


店内を満たしているあかい光がゆっくりと白高に集まって来た。

樒が来た時に憑いていたぬめりとしたものはもう無かった。

あかい光で消えてしまったのかもしれない。


ウインドウの外の毛の塊がざわざわと動き出し

ガラスを激しく叩き出した。

樒はぎょっとして窓を見た。


白高は樒を見て指さした。


「 閉じるかクローズ 契約するかクローズ 」


彼の声の調子が変わる。

白高は炎に包まれてあかく燃え上っていた。

その中で白高は目をぎらぎらとさせて樒を見た。

さすがに樒は少し怯えた表情になった。


「なんだ、一体……。」

「樒さん、あなたは自分がやってしまった事を

認めなくてはいけません。」

「俺は何も……、」


白高は窓の外を指さした。


「あれはまだ知られていないあなたの罪です。」


白高がそう言うとガラスが大きな音を立てて突然割れた。

そして毛の塊がまるで波のように樒に押し寄せて

彼を包んだ。

樒は苦しそうに大声を上げて暴れたが、

塊はそれに構わず彼の体に入り込んでいく。


「契約です。

わたくしが決めたのではありません。

今体に入ったものが決めました。」


樒はその場に手と膝をついて苦しそうに肩で息をしていた。


「お前、白……、絶対に許さん。」


白高は見下すように顔を彼に向けた。


「許すも何もあなたの体内に入ったものが

あなたを一生許しません。死ぬまでそれに苛まれます。

多分死んだ後もです。

閉じて然るべき場所に行った方が楽かもしれませんね。」


白高はカウンターを見た。

そこには真っ白なエピローグドレスがあった。

このあかい光の中でもそれに染まらず、神々しい光を放っていた。


白高はそのドレスを持った。

ちらと黒高のスマホが見える。

まだ外部と繋がっているようだ


白高は樒のそばに跪いた。


「でもわたくしはあなたを許しましょう。

わたくしだけは今あなたに裁きを下せたから。

たった一人は許した事は忘れずに死を迎えるまで生きて下さい。」


樒は白高を見上げたがその顔は老人のようだった。

そして白高は樒の上にそのドレスをそっとかけた。

彼の体が光に包まれる。


その時樒のそばの床から無数の糸が出て来た。

それは樒を包もうとする。

だが全てドレスの光に弾かれた。

白高はそれをじっと見て言った。


「あなたは長生き出来ますよ。間違いありません。」


その時、入り口から人が飛び込んで来た。


「大丈夫ですか!」


消防隊員だった。

外を見ると救急車と何台も警察車両や消防車がいた。


彼はそこで這っている樒を見て白高を見たが、

瞬間白高は消えた。

そして何かが燃えている強い臭いがした。


危険を感じた消防隊員は樒を抱きかかえると

急いでそこを出た。

彼らが出て数歩離れると爆発が起きた。

割れた窓や入り口から激しく炎が噴き出す。


隊員と樒はそこで倒れた。

その拍子に樒が身に着けていたドレスは吹き飛んで行った。

だが消防隊員はひるむことなくすぐに立ち上がり、

樒を抱えて安全な所まで逃げた。

そして他の消防隊員が店に向かって放水を始めた。


沢山の人がいたがその中には築ノ宮の姿があった。

そして白作務衣の人も何人かいる。

彼らは当たり前のように警官や消防隊員と話をして

作業をしていた。

やがて築ノ宮が救急車に乗り込んだ。

若い男が運ばれるのだ。その付き添いらしい。


数時間後、店はやっと鎮火した。


クローズ・西村川は全焼し、跡形も無かった。






黒高が目を開けると白い天井が見えた。

近くで誰かが話している。


黒高がふと見るとそこには鶴丸と商店街の会長がいた。


「あっ、黒太!」


鶴丸が気付いたのか声を上げた。

彼はナースコールを押す。

会長が泣きそうな顔で黒高を見ていた。


しばらくすると医者が来て黒高を診察する。


「もう大丈夫ですね、

骨折を何か所もしているのでしばらく入院ですが。」


それを聞いた鶴丸と会長がほっとした顔をした。

黒高は足と肩、鼻も骨折していた。

頭には怪我をして包帯をし、鼻にもギブスをつけている。

満身創痍だ。


「いやあ本当に大変だったな、西村川さん。」


会長が持って来たリンゴを器用に剝いて

小さく切っていた。

それを黒高の口にそっと入れた。


目が覚めた途端黒高はお腹が減ったと言ったのだ。


それを聞いて皆が笑う。

そして会長が果物を剝いてくれた。

シャリシャリと甘い味が美味しい。

顔が動かしにくいが仕方がない。


「まあ、とりあえずこれだけな。

何しろ黒太は一週間目が覚めなかったからな。」

「僕はそんなに寝てたのか。」

「ああ、一度は死にかけたんだぞ。」


会長がため息をついた。


「店も焼けてしまったからな。

消防車やら沢山店の方に走っていったから、

俺も見に行ったんだ。

そうしたら西村川さんが地面に寝かされて血だらけだろ。

その後すぐに救急車で運ばれたが。」


会長が何か思い出すような顔をする。


「そういやあ、あの時一緒に乗って行った

やたらと綺麗な兄ちゃん、昨日、焼け跡に来たぞ。」

「その話を会長さんとしていたんだ。あの人は築ノ宮さんと言うんだ。

俺もすごく世話になってる。」


黒高はきょとんとした顔になる。


「昨日、あんたの店の跡地で地鎮祭をしますって

一升瓶を何本か持って来て商店街に挨拶に来たんだ。

それですぐに焼け跡の四隅に笹を立てて

色々供物を並べたらあの人が祝詞をあげてたよ。

白装束の人も何人か来ていたから一緒に祝詞をあげてた。」

「会長さんも見ていたんですか?」

「ああ、ついて行ったよ。

でもあの祝詞は普通の地鎮祭のと違ってたな。

よく分からんが。」


会長が不思議そうな顔をした。


「それでいつの間にか沢山の人が集まっていてな、

あの築ノ宮さんと言う人がにっこり笑って

この場所はもう大丈夫です、何ともありませんと言うんだよ。

それで白装束の人が来た人に紅白餅を配ったんだ。」

「餅ですか?」

「そう、大体餅はめでたい時に配るからな、

まああんな良い男がいるからどんどん人が集まって来て、

祭りみたいになったよ。」


鶴丸がははと笑った。


「あの場所はいわく付きなんだろ?」

「ああ、昔から噂があったんだが、

西村川さんの店は思ったより長くやっていたから

一時はその噂が消えたんだけど、

今回火が出ただろ、やっぱりなと言われ始めていたんだ。

でもあの綺麗な兄ちゃんが派手に餅を配ったからな、

もうそんな噂はどっかに行っちまったよ。」


黒高は何となく築ノ宮がわざと派手に

人目につく事をしたような気がした。

そして彼が行った儀式は間違いなくあの場所を清めたのだ。


「築ノ宮さんは良い人だ。」


鶴丸が微笑みながら言った。


「将五さんはあの人の事を良く知っているのか?」

「それほどじゃないが、

俺のシャツが好きらしくて何度も注文を受けた。

それでなくても良い人だよ。」


会長もふふと笑う。


「まあそんな感じだな。

うちのかーちゃんも築ノ宮さんを見たが大騒ぎでな。

ともかくうちの商店街は西村川さんのおかげで賑やかだ。」

「僕は、その、何も、

反対に迷惑をかけたみたいですみません。」

「いや、あんたは被害者だろ?

押し込み強盗で火までつけられて。

酷い暴行までされたからやった奴はかなり重い刑だぞ。

レジは空でポケットに金が入っていたそうだ。」


樒がやった事は押し込み強盗だと思われている様だった。

会長は席を立った。


「西村川さん、ともかくゆっくり傷を治せよ。

うちのかーちゃんがあんたがいないと

商店街の掃除もつまらんだと。また粗品配ってくれよ。」


皆は笑う。


「そういやあ、あんたちょっとあの築ノ宮さんと似てるな。」

「いや、全然似てませんよ。あの人は別格です。」

「まあそうかもしれんが、あんたもあの人も二人とも目が一重だろ?

二人ともきりっとして格好良いぞ。」


黒高ははっとする。


「あの、ありがとうございます……。」


黒高が恥ずかしそうに言った。

会長はにっこりと笑って部屋を出て行った。


鶴丸が黒高を見た。


「鶴さん、少し起きたい。手伝ってくれる?」

「おお、任せろ。」


と鶴丸が少しベッドを起こして彼の背中に枕を挟んだ。


「ありがとう、鶴さん、上手だね。」

「そりゃ、満知の看病をずっとしてるからな、

慣れたもんだ。」


鶴丸は嬉しそうな顔をする。

以前より顔色が良い。


「そう言えは鶴さん、満知はどうしてる?

ここにいて良いの?」


すると鶴丸がにっかりと笑った。


「それがな、満知が意識を取り戻したんだよ。」

「えっ!」

「まあ、お前の事件の翌日に気が付いたから、

そんなにめでたくないが。」

「そんな事ないよ、良かったじゃないか。」


黒高はあまり体に力が入らなかったが、

それを聞いて全身に血が巡って熱くなった気がした。


「何しろ6年寝ていただろ、体がすっかり弱っていてな、

だからしばらくリハビリ生活だ。」

「記憶とかは、」

「最初は混乱したがな。

何しろ16才の時からだろ、今は22才だから。

でも案外と早く理解したみたいで安心したぜ。」


黒高は病室を見た。


「ここって満知と同じ病院?」

「そうだ、築ノ宮さんが連れて来てくれた。」


黒高はため息をついた。


「一体築ノ宮さんってどんな人なの?」


鶴丸は遠い目になった。


「よく分からん。

見た目が良くて金持ちで何でも持っているような人だが、

でも俺達みたいな困っている奴を助けてくれる人だ。」

「……そうだね。」


鶴丸は黒高のベッドを動かし始めた。


「まあしばらくは寝ている方が良い。

重体だったんだ、ちょっとずつ起きる練習から始めろ。」

「鶴さん、看護師みたいだな。」

「満知にもやっているからな。二人とも面倒見てやるよ。」


鶴丸はそう言うと病室を出て行った。

満知の所に行くのだろう。


また鶴丸は忙しい。

仕事も滞っているかもしれない。

だが今回は前のような先が見えない日々ではない。

満知が意識を取り戻したからだ。

そして黒高も。


黒高は窓を見た。


夜が近い。

カーテンを閉めたいと思ったが、

まだ彼には色々な管がついている。

点滴も付いており、そこには痛み止めが入っているのか、

色々と怪我はしているがそれほど痛くはない。

全身がどんよりとした感じだ。

だがそれも徐々に治っていくだろう。


その時病室の扉がノックされた。


「はい。」


扉が開く。

そこにいたのは築ノ宮だった。






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