28 エピローグドレス 2




「緋莉はな、俺を袖にしたんだよ。」


樒がにやにやと笑って言った。


「俺はずっと緋莉を狙っていたんだ。

あいつはカリスマだ。

あんな女は他にはいない。

だから仕事も便宜を色々と図ってやったんだよ。」


黒高は返事もせず彼を見た。


「あれは金になる女だ。

だから俺は緋莉が欲しかった。

連れて歩くのにも良いしな。

だがあいつは調子良くいつも逃げて他の男とガキを作りやがった。

その頃から俺との仕事は減ったんだ。

緋莉が死んだ時は本当に嬉しかったなあ。

俺を振ったばちが当たったと思ったよ。」


樒はつかつかと動けない黒高のそばに来た。


「特にお前がスケジュールを決めるようになってからは

ほとんどなかった。

お前が調整していたんじゃないか?」


樒の顔は煙のようだ。白目と歯しか見えない。

それは憎悪の色かもしれない。


「緋莉から俺の事を何か聞いていたんじゃないか?」


黒高は樒を睨んだ。


「何も聞いていない。

ただ、母さんはなるべく避けたいとは言っていた。

それだけだ。」


樒はははと笑う。


「嘘をつけ。」


と黒高の顔を一発殴った。

かなり強い力だ。

黒高は少しばかり意識が飛ぶ。


「……本当だ、あんたの噂は他の人が言ってた。

みんな知ってる……。」


黒高の口は中が切れたようで血の味が広がった。

鼻血も出たのだろう、何かが流れ出す感触がした。


「俺が捕まった時も誰もかばってくれなかったからな、

それでくろたかくん。」


樒はにやにやしながら彼の顔を覗き込んだ。


「くろたかくんには緋莉が俺にやった事に対する

仕返しをさせてもらう。

まず暴力だ。」


と彼はいきなり黒高の腹を殴った。

黒高は体の奥が逆流するような苦しさを感じた。

それは何発もだ。


「ムショではな、こうする事だけ考えて

体を鍛えてたよ。

毎日お前をどうしてやろうかといつも考えてたなあ。」


鼻歌を歌う様に樒は軽く言いながら

黒高をサンドバックにしていた。

体も腕も殴り、足も蹴り上げる。

黒高の足から嫌な音がした。


「緋莉は結構な額の保険に入ってただろ?

あれは俺が勧めたんだ。

あんな事、あいつは思いつかねぇよ。

その頃はあいつの気を惹きたかったからな、

親切心だったが俺のものになればその金は入るし。

でもまさか本当に死ぬとは思わなかったよ。」


樒がドスンと黒高の腹にパンチを入れた。


「半分は俺のものにしてやった。」


ふっと黒高の気が遠くなる。

するとどこかからか四つの光が出て来た。

それが黒高の周りをくるくると回ると彼の後ろに行った。

そこには黒高を捕らえている何かがいる。


するとなぜか黒高を捕まえていた男の手が離れた。

だが黒高は立っておられずそこに倒れた。

樒はそれに構わず黒高の体を上から踏みつけたが、

その時樒の動きが止まった。


黒高の意識はもうろうとしていた。

だが彼は今まで何度も暴力を受けている。

このような時は気を失っては駄目なのだ。逃げられない。


彼は気力を振り絞って顔を上げた。

樒は自分でなくバックヤードの方を見ている。

その時倒れた自分の近くにあかい光が水のように

押し寄せているのに気が付いた。


それは禍々しい気はしなかった。

暖かく柔らかく包んでくれている気がした。


そしてバックヤードを見る。


そこには緋色ひいろのスーツを着た白高がいた。

髪の毛も緋色だ。


樒はその白高を凝視している。


「白、高?」


樒は呟くように言った。

そして倒れている黒高を見て再び白高を見た。


「お前、なんでここにいるんだ。」


白高はゆっくりと樒に近づいた。


「お久し振りです、樒さん。」

「お前、死んだだろ?」


白高はにやりと笑う。


「そうですよ、死にましたよ、でも樒さんに会いたくてね。」


樒の煙のような顔が突然元に戻る。

貧相な中年男性の顔になった。


「し、死んでんだろ、おばけか?」

「そうですよ、化けて出て来たんです。

怖いでしょ?」


その時倒れている黒高のそばに豊がそっと近寄って来た。

彼は口元に指を当てている。


「豊、さん……。」

「静かにしてろよ。」


少し離れた所で白高と樒は話している。

樒が気が付くと思ったがそれどころではない感じだ。


豊がずるずると黒高を引きずり扉へと向かった。

すると扉が開く。

そこには築ノ宮がいた。


「あ、あんた、」


豊の顔色が変わる。

だが築ノ宮は言った。


「何もしません、早く、こちらへ。」


豊を助けて築ノ宮も黒高を素早く店の前の歩道に移動させた。

ずるずると豊が黒高を引きずりながら言った。


「女の子が白坊ちゃんが呼んでると言ったから慌てて来たら、

あんたがぼこぼこに殴られてたからびっくりしたよ。」


黒高は店をちらりと見る。

ここから見ると店の中は真っ赤だった。

まるで火事のようだ。


「白は……、」

「まだ中だが大丈夫だろ、

それにわしは白坊ちゃんから黒坊ちゃんを助けてくれと

言われたからな。女の子は心配してたぞ。」


それを聞いた築ノ宮は豊を見た。

豊も彼を見る。


「あんた、わしにも用があるんじゃないか?」


築ノ宮が微笑む。


「そうです、でもその役目は私ではありません。」


築ノ宮は横たわったままの黒高を見た。


「黒高さん、苦しいでしょうがあなたの仕事です。」


黒高はその言葉で自分が何をしなければいけないか分かった。

彼は寝たまま豊を見た。


「 閉じるかクローズ 契約するかクローズ 」


声の調子が変わる。

黒高は豊の前に指を立てた。それは微かに震えていた。


「豊さん、ありがとう、助けてくれて。」

「いんや、坊ちゃんたちがわしを助けてくれたんだ。

楽しかったよ。」


黒高の目から涙がぽろぽろと流れた。

それは痛みからなのか豊との別れの悲しみか。

涙は黒高にとって一番大事な人との別れも感じさせた。


今黒高にも終わりが来たのだ。

そして自分で幕を引かなくてはいけない。


「閉じましょう、さよなら、豊さん……。」


すると豊の体はきらきらと白い光に包まれた。

豊は黒高を見ておどけるようにタバコを吸う真似をする。


そして彼は嬉しそうに笑うと静かに消えた。


それを見届けた黒高の手がぱたりと落ちる。

築ノ宮が慌てた顔で黒高を見た。

だが黒高の意識はゆっくりと薄れて行く。

体中が痛い。もう何も分からなくなった。






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