24 前触れ




「白ち、配達~。」


満知の声だ。

黒高はバックヤードを見る。

久し振りの配達だ。

あの目に残るあかい光が出てから白高や満知、

豊はしばらく現れなかった。


「ああ、久し振りだな。」

「久し振り?しょっちゅう来てるじゃん。」


満知が不思議そうな顔をしたが、

黒高はそれを彼女に言っても分からないだろうと感じた。

彼女と黒高の時間の感覚は違うようだからだ。

黒高は満知が持って来たカバーに包まれた服を見た。


「白いドレス?レディースか?」

「ううん、ユニセックスだよ、

エピローグドレスって言うんだって。」

「エピローグドレス?それで男女兼用なの?」

「そうだよ、死んだ人に着せる服。」


黒高は息を飲んだ。


これは死装束なのだ。

日本では死者に白い着物を左前にして着せる。

だが今では新しい考え方で亡くなった人が葬儀の時には

好きな服を着る事もあるらしい。

その流れでエピローグドレスと言うものが作られるようになった。


「……確かに服だけど店に置いても売れないよ。」

「あたしは注文通り持って来るだけだもん。

中も開いてないし。」

「まあそうだけどな。」

「ほら、サイン、サインしてよ。」


と満知は領収書を差し出した。


「なんか気が進まないなあ。」


渋々サインをしているとバックヤードから

白高が出て来た。

彼はそこに黒高と満知がいるのを見ると

満面の笑みになり駆け寄って来た。


「満知だ!

満知、会いたかったよ!」


白高が満知に近づき、後ろから彼女の腰に腕を回した。

その時店のベルが軽く鳴る。


「お客様だ。」


黒高はそこを離れて店内に向かった。

満知はあっと言う顔をして黒高を見て、

少しばかり身をよじった。


「ホント、オレが満知がスキっての知ってるくせに

散々避けやがって、わざとか?」

「あんたって本当に軽薄だよな。

あんた、王子様キャラだろ?

そんな下品な事して良いのか。」


少しばかり顔を歪めて満知が彼の腕からするりと逃げると、

白高は怒りもせず満知を見ていた。


「お前のそれってツンデレと言うんだぜ。

素っ気ない振りをして心の中ではオレに惚れてるんだ。」

「馬鹿な事言うなよ、あたしがあんたになびく事は

絶対にないよ。」

「いや、いつかはオレに満知はスキって言う。

間違いない。」


満知は顔をそむけた。

白高からは彼女の顔は見えない。


「それは本当に絶対ないのはあんたも知っているだろ。」


白高はそれを聞くとにやにや笑ったまま

彼女から離れてバックヤードの奥に入って行った。

今度は満知からは彼の顔は見えない。


満知はしばらく彼が消えた所を見ていたが、

やがて大きなため息をついて近くの椅子に座った。


その時黒高が帰って来る。


「あ、白高は?」

「帰った。お客さんは?」

「道を聞きに来ただけだったよ。」


彼女はカウンターに置かれた領収書を見た。


「サインしたよ。」

「うん……、」


満知にはどことなく元気がない。


「どうした?」

「白ちに会って気分が沈んだ。」

「沈んだってその……、」


複雑な顔をした満知を見て黒高はよく分からなくなった。


「あの……、満知は白が好きだよね?」


それを言って黒高ははっとした。

満知に今更問いただす気は無かったからだ。


昔から満知は白高を気にしていた。

黒高と違い性格的には白高は派手なのだ。

そしてどこかしら人を惹きつけるものがある。


黒高と白高は見た目はよく似ているが、

黒高は一重瞼で白高は二重と言う違いがある。

それだけのせいか分からないが

二人が並んでいると大抵の人は白高を見るのだ。


母親の緋莉もそうだった。

そこにいるだけで人が見る。

白高はその母にそっくりだった。


だが自分は。


黒高は思い返す。

白高と黒高は光と闇だ。

人は明るい所を見て闇は避ける。


満知もそうなのだろう。

白高や黒高に対して態度が変わる事はない。

だがその目はいつも白高を追っているのだ。

その後ろ姿をずっと自分は見ていると黒高は思った。

目が合った事はない。

彼女が自分を見る事はないのだ。


満知が黒高の言葉を聞いて俯いた。


「分かんない。」

「……分からないって、満知はずっと白を見ていただろ?」

「本当に分からない。」


満知はそう言うと俯いたまま黙っていた。

そしてしばらくすると顔を上げて黒高を見た。


「黒ちはあたしの事好きだよね。」


それを見て黒高の顔が熱くなる。


「あ、いや、その……、」

「良いよ、返事しなくても。」


満知が苦笑いをする。


「そこがあたしのいけない所だよ。

最近何となく分かった。だからああなったんだ。」


満知はそう呟くとなぜかはっとした顔になった。


「私、あの、どうして……。」


何かに気が付いたような様子になる。

だがすぐに彼女は裏に消え、黒高は一人残された。


この前からなにかしら妙な事が続いている。

何かが変わるかもしれない予感がした。


その時、ウインドウの向こうに人の影が見えた。

黒高はそちらを見る。


すると毛を固めたようなものがざっと窓に張り付いた。

とてつもない数だ。


一瞬黒高の目が眩む。

体中に悪寒が走った。


何かが近づいているのだ。






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