22 満知 2
「でも満知は良いじゃん、お母さん格好良いし。
うちのお母さんなんて普通の主婦よ。
ダサいったらありゃしない。」
学校帰りに満知は友達二人と喋りながら歩いていた。
満知は中学3年生だ。
そろそろ受験の話が本格的に始まる。
「でもこの前も休みって言いながら仕事が入っちゃったんだよ。
がっかりしたよ。
昔っからそう。」
「でも仁織さん、行事はちゃんと来るよね。
私のお母さんが偉いって褒めてたよ。」
「まあ、それはね。」
その時だ、彼女達の後ろから声がかかる。
「おー、満知、帰りか。」
白高だ。
彼は今は高校生だ。
彼も学校帰りなのかネクタイとジャケットの制服姿だ。
だがネクタイは緩められて、髪の毛はヘアバンドでまとめられていた。
とても校則に沿った出で立ちではない。
だが彼はモデルをしている。
その様子はとても格好良く見えた。
「白ち、帰りなの?」
満知の友達が色めき立つ。
「まあそんなもん。」
「黒ちは?」
「あー、あいつか。」
白高は苦笑いをする。
「オレ様は途中でバックレたの、仕事と言ってさ。
ゲーセンの帰り。黒はまだ勉強中。」
「さぼったらダメじゃん、白ち。」
「へえへえ、満知様、ごめんて。」
と彼は満知の肩に手をかけた。
そしてポケットからキャンディの小袋をいくつか取り出した。
「取った。お前らにやる。」
と彼は満知と友達二人にそれを渡した。
「んじゃな、」
と彼はさっと離れて歩き出した。
三人はしばらくそれを見送る。
そして友達二人は嬌声を上げた。
「やっぱり白高くん、カッコイイ!」
「アメもらっちゃった、どうしよう!」
そして二人は満知を見た。
「満知は良いよね、白高くんと友達だし、いいなあ。」
満知はむず痒い気持ちがする。
「あいつ、我儘だよ、今日だって学校をさぼったみたいだし。」
「でも格好良いし、本当はあんた達付き合っているんじゃないの?
今だって肩組んだでしょ。」
「違うよ、あれは挨拶みたいなもん。」
「でも私達にはしないじゃない。」
「黒高くんも友達でしょ?」
「うーん、まあそうだね。二人とも幼馴染と言うか。」
「白高くんと黒高くんは二人ともモデルで、お母さんもモデルでしょ?
それで満知のお母さんもモデルだし。凄いね。」
「いやー、面倒くさいだけだよ。」
と言いつつ満知の心には優越感があった。
彼女達を下に見ている訳ではないが、誇らしげな気持ちになる。
そして満知自身も見た目はわりと良かった。
だがその全ては彼女が自分で努力して手に入れたものではないのだ。
たまたまそこにそれらがあり、そこに彼女がいるだけだ。
それにまだ彼女は気が付いていない。
「でもさ、黒高くんってちょっと地味だよね。」
「そうだね、白高くんはぱっとしてるけど。」
「彼氏にするならどっちが良い?私は白高くん。」
「私も白高くんが良い!」
満知の友達は声を上げた。
家に帰り、満知は白高がくれたキャンディを手にして眺めていた。
「彼氏にするなら、か。」
満知はキャンディを見ながら白高と黒高を思い出していた。
知らないキャラクターが書いてあるパッケージだ。
二人とも子どもの頃からずっと一緒にいた。
皆の境遇はとても似ていた。
母親はシングルマザーで仕事をしている。
白高と黒高が小学生になる頃に二人はシャツ店を出て行った。
そこには新しい父親のような人がいるらしい。
白高は気にしていなかったようだが、
黒高はしょっちゅうシャツ店に来ていた。
家での居心地はあまり良くないようだった。
だがその男性もいつの間にかいなくなった。
そして二人は大きくなり少しずつ雰囲気は変わった。
白高はどんどん派手になって来た。
モデルと言う仕事が性に合っているのだろう。
だが黒高は鶴丸の所でシャツを作る方が好きなようだ。
満知の目には黒高は徐々に鶴丸に似て来た気がした。
黒高とは子どもの時のように気安く喋れるが、
反対に白高を見る度に胸が苦しくなった。
人目を惹く整った顔、そしてさりげなく自分に話しかけて来る。
どことなく危険な香りもする。
そして友達といても満知が一番だという感じがする。
今日も自分の肩に腕をかけて来た。
友達には触れないのに。
満知は自分の肩に手を触れた。
白高が触った所だ。
もしかすると白高は私が好きなのかもしれないと
満知は思った。
彼に特別扱いされる事を想像する。
そうすると体が熱くなるのだ。
だが満知は黒高も思い出す。
彼もどうも自分を好きなようだ。
言葉の端々にそれを彼女は感じていた。
黒高は優しい。
多分満知がどれほど我儘を言っても許してくれるだろう。
そして彼は確実に人生を過ごす。
危うい所は感じなかった。
仁織は言った。
結婚するなら好きな人としなさいと。
それは満知にとってはまだ遠い話だ。
それでも彼女は妄想する。
結婚するならどちらだろうと。
タイプの違う二人を選ぶことは出来るだろうか。
しかも二人は私が好きらしい。
いっそ二人とも……、
それは自分の欲望だけしか考えていない我儘な選択だ。
夢の話だ。
実際にそんな事は出来ない。
だが彼女はそれを真剣に考えていた。
そしてそれは彼女がまだ何も知らず
何も得ていないからこその妄想なのだ。
満知は相手に応えず相手を翻弄する。
そしてその立ち位置は彼女が手に入れたものではない。
そこにたまたまいただけなのを
彼女は理解していなかった。
自分の事しか考えない強欲な我儘は子どもの本能だ。
歳を取り経験を積むことでそれは奥に隠れていく。
だが彼女はまだ大人になりかけている子どもだ。
彼女の想像はまるで綿菓子のように柔らかくて甘い。
その考えに彼女は包まれて幸せを感じていた。
そしてそれがいずれ罪を呼ぶ事を彼女は知らない。
自覚がないのが甘い罪なのかもしれない。
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