18 ズボン 2




更衣室を覗こうとした男は白高を睨んでいた。


「モテない男がやる事は分かるよ。」


白高がそう言うと男性が突然彼を突き飛ばした。

思わず白高はよろめく。


「うるせえ、お前みたいにつらの良い奴は

俺の気持ちなんて分からん!」


白高は彼の手が触れた所を払った。


「お前なんてどうせ女とっかえひっかえしたんだろ。」

「してねぇよ、オレ様は一途なんだぜ。」


男の顔が歪む。


「嘘をつけ、どうせ俺を馬鹿にしてるんだろ。

暗くて、どんくさくて、女にももてなくて!」

「それで街中で女の子を見つけたら後をつけてたのか。」


男性はぎくりとする。


「それで家までついて行って覗いてたんだ。」


彼はわなわなと震えだした。


「みっともねぇ。」


男性はしばらく立ち竦んでいた。

そしていきなり子どものように大声で泣き出した。


「俺は、俺は何もしてない!

いっつも我慢してた。

でもあの時机に同級生の体操服が詰め込まれたんだ。

あれはあいつらが盗んで詰めた!

でもみんなは変態って俺に言ったんだ。

くそっ、変態なら変態らしくしてやるさ!」


しばらく男性は泣いている。

白高はそれをじっと見ていた。


「お前、虐められてたのか。」


男性がちらと白高を見て頷いた。

白高はハンカチを出して彼に渡すと彼は涙を拭いて

そして鼻をかんだ。


「あ、ごめん。」

「良いよ、それお前にやるよ。」

「……ありがとう。」


この男がここでやろうとした事はよくはない。

試着室を覗こうとしたのだ。

だが様子を伺うと元々は素直な性格のようだ。

きちんとお礼が言えるのだ。

彼はなにかしら辛い事があり歪んでしまったのだろう。


「要するにオンナノコの体操服を机に入れられて

お前が盗んだとか言われたのか?」


男は頷いた。


「まあ確かにお前はそんな事はやってない気がするなあ。」


彼はそれを聞いてはっと顔を上げた。


「でも頭の中では結構いやらしい事は考えていただろ。」


彼はぐっとなる。


「でもそれってオトコとしては当たり前だよな。

でもなあ、」

「でも?」

「そう言うのな、敏感なオンナノコは分かるんだよ。

そう言うの隠すのが下手だったんだな、お前は。」

「でも、でも誰でも考えるだろ?」

「考えるよ、でもそこんとこ上手にはぐらかさないとな。

お前は馬鹿正直すぎるんだ。」


男はまたぽろぽろと泣き出した。


「お前はつらも良いしもてるから分からんだろう、

俺の気持ちは。くそっ。

お前も俺を虐めた奴と一緒だ。」

「モテたけどオレ様は違うぞ、かっけーからな。」

「うるせえ。」

「オレ様はモデルをやっていて高校の時の成績も良かったし、

金も持っていたし友達も多かった。」

「死ね。」

「でもな、高校の時にお前みたいな奴がクラスにいたけど

虐めなかったぞ。」


白高は黒高を指さした。


「あいつはオレの双子だけどな、

あいつはお前みたいな奴がいたら反対にかばってたぞ。」

「双子でつらが良いのか、ムカつく。」

「虐める奴に賢く取り入ってはぐらかしてた。

世渡りはあいつの方が上手い。

お前が俺達のクラスにいたらこんな事にならなかったな。」


それを聞いて男はゆっくりと顔を伏せた。


「お前、こうなったのどれぐらい前だ。」


男はぼそぼそと呟いた。


「一年ぐらい前。」

「それから一人か。」

「そう。」


白高は彼から一歩離れた。

そして深々と頭を下げた。


「大変な目に遭ったようですね。

ご同情申し上げます。」


今までの少しばかりふざけた物言いでなく丁寧な言い方だ。

男は顔を上げた。


「あなたは迷っている。

どこに行ったらいいのか、どうしたらいいのか。

迷っているからここに来られたのでしょう。

わたくしには分かります。」

「行くってどこに?」


白高は優しく微笑んだ。


「わたくしがお教え出来るかも知れません。

あなたが行った事には良くないものもありました。

ですがそれも虐めと言う辛い目に遭い、

それ故にこのような状況に堕とされたのです。

ある意味あなたは被害者だったのです。」


男はぽかんと白高を見た。


「 閉じるかクローズ 契約するかクローズ 」


白高の声が響く。彼は人差し指を立てた。

黒高もその声を背中越しに聞いた。


「契約すればあなたは仕事をしなければなりません。

そして閉じればあなたは然るべき場所に送られる。

ですが、」


白高は男を指さした。


「あなたは今は閉じる方が良いでしょう。

然るべき場所に送られる前に別の所に行き、仕事をするのです。

それは契約して得た仕事とは違う。

あなたはもう一度生まれるのです。」

「生まれる?」

「そうです。

人として再び生まれて人生を全うする仕事をするのです。

でもそれはもしかすると

然るべき場所に行くより辛いかもしれない。」


それを聞いて男が首を振った。


「嫌だよ、また酷い目に遭うのか。」


白高が指を振った。


「それは分からんぞ、この前は虐められたが、

ガッコ―生活なんてすぐ終わっちまってすぐに社会人だ。

学校に行っているうちはそれは永遠に続く気がするが、

過ぎたら人生のほんの一部だぜ。

それで次に進んだらその時は虐められず、

楽しい生活が出来たかもしれんぞ。」

「……、多分一緒だよ。」

「でも確かめてないだろ?

確かめもせずにお前は終わってしまった。

それがお前の犯した罪だ。

だから人をもう一度始めてどうなるのか確かめるんだ。」


男はしばらく無言だった。


「今度はうまく行くかな……。」

「さあな、でも試してみる価値はあると思うぞ。

どうする?」


彼はしばらく考えていたが顔を上げた。


「もう一回やってみる。」

「そうか。」


白高は笑った。


「お前は本当はいい奴なんだぞ。

オレ様には分かる。

優しくて素直だったから虐められたんだ。」


彼はふと遠い目をする。


「俺を虐めた奴はどうなるのかな。」

「あー、どうかな。

面白がって虐めていたんだろうけど

お前がこんなになってびびって虐めを止めていれば

酷い事にならんと思うが、」


白高は声を潜めた。


「多分そう言う奴は反省もせず繰り返すからな、

いずれお前より辛い目に遭うと思うぞ。」

「だよな。」


白高はふふと笑う。


「それを聞いてすっきりしたか。」

「少しな。」


男はもう一度軽く自分の鼻をハンカチで拭いた。

その時あの少女がスラックス姿で試着室から出て来た。

男はそれを見る。


「この子、高校生かな。」

「大学の面接があると言っていたぞ。」

「そうか……。」


彼女は母親が写真を撮っているので

少しポーズをとっていた。


「大学か、行きたかったな。」


少し寂し気に男が言った。


「あの子によく似合うと言ってやれよ。」

「俺なんかが言ったら嫌がらないか?」

「素直な気持ちで言えば良いよ。

さっきオレが言っただろ?敏感な子は分かるって。」


白高が少女を見た。


「こちらの素直な気持ちも分かるはずだぞ。」


男は彼女を見た。

そして拍手をする。


「頑張れ。」


彼はにっこりと笑って少女を見た。

そして白高を見るとハンカチを少し振り、

その姿はすうと消えた。

すると少女が周りをきょろきょろと見始めた。


「どうしたの?」


母親が聞く。


「あの、誰かが頑張れって。男の人の声。」


母親も周りを見た。

それを見て黒高は言った。


「多分誰かが応援してくれたんですよ。受験頑張れって。

私も応援しますよ。

希望するところに行けると良いですね。」


それを聞いて親子はにっこりと笑った。


親子は黒高が勧めた服を買って帰った。

帰り際にカーゴパンツをはいた少女に

黒高はミリタリージャケットを見せた。


「ちょっとこれを羽織ってみてください。」


少女は言われるままそれを着て鏡を見た。


「カッコいい。」


少女は自分の姿を見る。


「まあ、また服を勧めるのね。商売上手と言うか。」


母親は苦笑いをした。


「いえ、これはファッションのアドバイスですよ。

それにこのジャケットはこの時期にはまだ早いです。

でも似合うだろうなとつい……。」


彼女は嬉しそうに黒高を見た。


「大学に受かったら買いに来ようかな?」

「おねだりするの?困ったものだわ。」


と母親は言うが彼女は母を見た。


「バイトして買うよ。」


一瞬母親は複雑な顔をしたが戸惑い気味に少し微笑んだ。


仲の良さそうな親子だ。

だがいずれ子どもは巣立ちをする。


その始まりがこのジャケットかもしれない。

自分で買った服を身に着けて

少女は世の中に出てそれを知るのだ。


この店には色々な人が来る。

時には迷っている人が来て、

黒高と白高がその人達に道を示す。


不思議な話だ。


その時扉のベルが微かに鳴る。


「いらっしゃいませ。」


黒高が扉を見るとそこには背の低い白髪の男性の高齢者がいた。

片足が不自由なのか歩くリズムが不規則だ。

黒高ははっとする。

人ではない事が一目で分った。

だが嫌な感じはしない。


「あの……、」


黒高が口ごもるように彼に言った。

すると老人はぺこりと頭を下げた。


「わしはゆたかと言うんだ。

今度はここで仕事しろって言われた。」


するとバックヤードから白高が現れた。


「誰?」


黒高の横に来た白高が聞いた。


「いや、よく分からないけど、ここで仕事しろって

言われたって。」

「仕事って、オレ達がやっている事だよな。

どう見てもこのじーさん普通じゃないもんな。」

「だよね。」

「あんたら、えらい良い男だな。しかも双子か。」

「うん、まあそうだけど。」


すると豊と名乗った男がにかりと笑った。

妙に人好きのする顔だ。


「なんでも言ってくれたら仕事するよ。

とりあえず奥に行って良いか?」

「あ、ああ、良いけど。」


豊は店の奥に行って振り向いた。


「それでわし、煙草が好きだから。」


それを聞いて白高がにやりとする。


「じーさん。煙草吸うの?」

「吸うよ。」

「俺も吸うよ。」


白高は胸元から煙草を出した。

それを見て黒高が言う。


「店で吸っちゃだめだよ、臭いが付く。

それに白、そんなもんどうして持ってるんだ?」

「知らねえよ、内ポケットに入ってたし。」

「ともかくここではだめだ。外で吸って。」

「へいへい、じーさん吸うかい?」

「良いのかい?」

「二人で吸おうぜ、その方が旨い。」


白高と豊は肩を組んで裏に消えて行った。

黒高はそれをため息をついて見た。


「タバコは体に良くないぞ……。」


と彼は呟いた。

黒高は煙草は吸わない。嫌いなのだ。

だが白高と突然現れた豊は好きそうだ。


黒高は豊と名乗った老人を思い返した。

よく分からないが彼も自分達と同じかもしれない。

仕事と言ったのだ。

ならば彼も何かを抱えているはずだ。


「でも豊さんは表から来たな。」


彼は自分達と何かが違う気がした。

それでも彼が罪を償うためにここに来たのなら、

助けなくてはいけない。

黒高と白高はここに来る人を導く役目があるのだ。






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