17 ズボン 1




「こんにちは、」

「はい、いらっしゃいませ。」


黒高が客に声をかけると二人は店内をきょろきょろと見渡した。


「やっぱり男の人の服しかないんじゃないの?」

「でも格好良い服があるし……。」


母親は訝し気に周りを見て娘は気弱に言った。


「紳士服の方が多いのですが女性の服もありますよ。」


と黒高は先ほど満知が持って来た服を開いた。

二人はそれを見る。

黒高が出した服は高校生ぐらいの女性が着るような服だ。


どちらかというとトラッドで白シャツとネクタイ、

プリーツスカートとジャンバースカートがあった。

スラックスもある。

どこかの学校の制服と言われてもおかしくない。

二人ははっとしてそれを見た。


「入荷したばかりです。」

「あの……、」


母親が黒高を見た。


「秋にこの子に大学の面接があるのです。

でもこの子の学校は制服がないので、

面接でも大丈夫な服を探しに来たんです。」

「そうなんですか。」

「この子、いつもズボンで。

今日もこれでこんな感じの服しかないの。」


黒高は少女を見た。

彼女はカーキー色のカーゴパンツと黒っぽいTシャツだ。

見た目はミリタリーっぽい。

目が合うと彼女は顔を赤くして目を伏せた。


「格好良いじゃありませんか。

でもちょうど入ったばかりなので

よろしければ着てみますか?」


母親はにっこりと笑ったが娘は少しばかり戸惑った顔をした。

黒高は少女を見た。


「似合うと思いますよ。では試着室でどうぞ。」


黒高に微笑まれてそう言われたら

彼女のセンスに合わない服だが、

さすがに少女も着る気になったのだろう。

黒高は服を持って二人を奥の試着室に誘った。


が、その後ろから一人の若い男性がついて来る。

このような人はいたかと黒高が思うと、

バックヤードから白高が出て来た。


白高は親子の後についている男の襟首をつかむと引き戻した。


「おい、コラ、覗くんじゃねぇ。」


男は店の中程までずるずると引きずられ、

彼はぎょっとして白高を見た。


「誰?」

「誰ってお前こそなんだよ、

オンナノコの着替え、覗く気だったろ。」


男性は急に目をきょときょととさせた。

少女と同年代だろうか、学生のような小柄で痩せた若い男だ。

彼の見た目はどちらかと言えばダサかった。

とても女性にモテるタイプではない。


「いや、その、あの……、」

「ぐずぐず言うなよ、お前、はっきりしろよ。」


その二人を試着室から戻った黒高がぽかんと見ている。


「黒、こっちはオレの仕事だ。お前はあの親子を見てやれ。」

「あ、ああ、」


と黒高は試着室のそばに戻った。

それを男は指をくわえて見たがその指を白高が手で払った。


「何すんだよ。」

「何すんだよ、ってお前さ、何やらかしたの。

まあだいたい想像がつくけどさ。」


白高は鼻で笑った。

さすがに男性はむっとしたのだろう。

上目づかいで白高を睨んだ。




黒高は白高に言われた通りに試着室の近くに行った。


「どうでしょうか。」


母親がカーテンを開けると少女はジャンバースカートを着ていた。


「可愛いですね。お似合いだ。」


本当の制服ではないが清楚な雰囲気だ。


「似合うでしょ?でもこの子は嫌だというのよ。」


黒高は彼女を見た。


「そうですか、ではこのスカートは?」


ジャンバースカートと一緒に配達されたプリーツスカートを

黒高は出したが彼女は首を振った。


「スカートが嫌なの。」


黒高ははっとした。

満知が持って来た服の中にはスラックスがあった。

黒高はそれを急いで持って来て彼女に渡した。


しばらくすると彼女はそれを履いてカーテンを開けた。

すらりとした今時の女の子らしい姿だ。

きりりとして格好が良かった。


「スカートも素敵でしたが、

こちらはシャープな印象で格好が良いですね。」


黒高が言うと彼女は嬉しそうに笑った。

だが母親は言った。


「でもやっぱり女の子の制服はスカートでしょ?

面接の時にスカートでないと不利にならないかしら。」


親としてはそのような懸念を抱くのは

仕方がないかもしれない。


「でもスカートだと痴漢とかに遭うのよ。」


少女が言った。

来店時にこの少女がだぶだぶのカーゴパンツをはいていたのを

黒高は思い出した。


「痴漢って言ってもこれは面接の話よ。」

「そこに行くまでスカートでしょ?

今電車で高校に行っているけど痴漢はよく出るし、

盗撮して捕まった人も見たことがあるの。

その時被害に遭っていた子はスカートだったわ。」


少女が苦々しい表情で言った。


「そう言うのって見るだけでも気分が悪いわ。

だから私はズボンしか履かないよ。」


電車などの公共機関でのそのような被害はよく聞く。

そんな不埒な事をする人間はごくごく一部の者だけだろう。

だがそれが毎日となると累計的に被害者が増える。


本人は欲望のまま行動しているだけだろうが、

どれだけたくさんの人に被害を及ぼしているのか、

本人は全く考えていないだろう。


だから彼女はカーキー色のカーゴパンツと

地味なTシャツを着ているのだ。

自分を守るために。


母親はそれを聞いてため息をついた。


「でもねぇ。」


黒高は母親を見た。


「最近は制服もジェンダーレス化して

女性でもスラックスを採用している話は聞きますよ。」

「それは聞いた事はあるわね。」

「それにお嬢さんがおっしゃる事も分かります。

僕は男ですが一部の身勝手な人のせいで

お嬢さんが不愉快な思いをしているのは、

同じ男として残念で悔しい気がします。」


母親は黒高を見た。


「でもスラックスだけじゃ面接は心配なのよ。」

「それでご相談ですが、スカートはどちらか一つにして、

スラックスも買いませんか?」

「えっ、高くなるわ。」

「これは制服っぽいですが制服ではありません。

いわゆる日常着です。

制服は何年か着るものなので

質の良い生地で丈夫に作るのでコストがかかりますが、

これは普段でも着られます。

なのでそんなに高くありません。」


黒高は母親を見た。

彼女は派手ではないがほどほどに良いものを身につけている。

金銭的に切り詰めるタイプではないだろう。


「お母さん、私両方欲しい。

それで様子を見て面接はどちらかに決めたい。

それにこの人が言うみたいに普段でも着られそうだし。

このスラックスはなんか私好きだわ。」


彼女は姿見を見た。


「何だかこのシャツもスラックスも着ていて気持ちが良いの。

体にぴったり。

ジャンバースカートも着心地が良かったから両方欲しい。

ダメ?」


彼女は母親を見た。

そして母親は黒高を見た。


「この服はさっき届いたのですよ。

多分この子のためにここに来たんです。」


と黒高は微笑んだ。

それは駄目押しの微笑だ。






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