14 築ノ宮
店内に入って来た男性は30代ぐらいか、
背広姿で髪が長くそれを一つにまとめて、
背の高いとても見目好い男だった。
黒高もそれなりの美男子だが、
それでも見惚れる程の男だ。
気高く品の良いイメージがあった。
だが何となく二人の雰囲気は似ていた。
「こんにちは。」
彼は微笑み黒高に会釈をした。
「はい、こんにちは、御用をお聞きしましょうか。」
黒高も彼に頭を下げた。
「はい、今度海外の方のホームパーティにお伺いするのです。
格式ばっていないが品の良いものが欲しいのですが。」
「はい、では、このようなものはどうでしょうか。」
黒高が彼を案内しながら服をいくつか見せた。
それを見て男がいくつか服を選ぶ。
「おや、」
男性が一つのシャツを見て少しばかり驚いた声を出した。
「将五さんのシャツじゃないですか。」
「あ、鶴さん、将五さんをご存知ですか?」
男性がにっこりと笑う。
「はい、存じ上げています。何枚かオーダーしました。
大変質の良いシャツを作られる方ですね。
オーダーしか受けないと思っていましたが、ここで見るとは。」
「実は将五さんとは昔からの知り合いで、
その繋がりでシャツを作って頂いているんです。
ただ一般的なサイズで作っているので、
お客様には少しばかり合わないかもしれませんね。」
「そうですね。
でも将五さんのシャツがあるとは、
なかなか侮れない店ですね。」
男が微笑みながら黒高に手を差し出した。
「私は
黒高が手を握り返した。
「はい、私は西村川黒高と言います。
これからもぜひご贔屓にして頂けると大変うれしいです。」
築ノ宮の手は温かくほっそりとした手だ。
その感触は優しい。
黒高は彼に良い印象を持った。
二人は何枚か服を選びカウンターに並べた時に、
築ノ宮がループタイを見た。
「なかなか珍しいものを置いてますね。」
彼は黒高が作ったものを手に持った。
「はい、最近このようなものも良いかと思いまして。」
「ふむ、どうも手作りの様ですね。」
彼は一目で分ったらしい。
黒高はやはり出来が素人臭いのかとひやりとした。
「あの、実はそれは私が作ったもので……、」
築ノ宮の目は相当肥えているらしい。
参考商品として置きましたとでも言おうかと彼は思った。
だが、
「素材はレジンですね、だがデザインが大変に良い。
これもいただきましょう。」
それを聞いて黒高の顔が真っ赤になった。
築ノ宮はそれを見て少し微笑んだ。
「お世辞ではありませんよ、本当に気に入りました。」
「ありがとうございます。」
築ノ宮はぐるりと店内を見渡した。
「お若いのに一人で店を切り盛りされているのでしょう?
大変じゃないですか。」
黒高がはっとする。
「そうですが、どなたかからお聞きになったのですか?」
「まあそうですね、
でもこのお店は気に入りました。時々寄せてもらいましょう。」
彼は何枚か服を選び支払いとなった。
出されたカードは最高クラスのカードだ。
少しばかりドキドキしながら黒高が手続きをする。
黒高が入り口まで荷物を持ち築ノ宮を見送る。
そして店を出る時に築ノ宮がそれを受け取りながら
黒高に言った。
「困ったことがあったら遠慮なく連絡してください。」
と名刺を黒高に渡した。
高級感のある名刺だ。
黒高がそれを受け取る。
すると築ノ宮が黒高の肩越しに店の奥を見た。
黒高がはっとして後ろを振り向くと
バックヤードに続く入り口に白高の後ろ姿がちらりと見えた。
黒高はさっと前を向き目線を築ノ宮に戻した。
すると彼は優しく微笑んでいる。
もしかすると彼は白高を見たかもしれない。
普通は見えないはずなのだ。
だが黒高には何故か築ノ宮は白高を見た気がした。
そして何かを感じている。
だが嫌な気は全くしなかった。
築ノ宮の雰囲気だ。
何かしら不可思議な、
そしてそれを信じさせる力がある気がした。
「それでは、また。」
築ノ宮は微笑みながら店を出た。
そこには高級車がいつの間にか停まっていた。
運転手が待っていて扉を開けると彼はそれに乗り込んだ。
黒高は店内から頭を下げた。
そして彼はため息をついた。
その時奥から白高が出て来た。
「おい、すげえの来たな。」
黒高が白高を見た。
「ああ、築ノ宮さんと言う人だ。」
「店内、さっきのあのおばさん達のせいでざわざわしてたけど、
もう全然綺麗だぞ。」
黒高が店内を見渡した。
「そうか?」
黒高にはピンと来ない。
「分かんねえのか?」
「うーん、まあ、それで豊さんは。」
築ノ宮が来る前に二人は出て行ったのだ。
「じーさん、あの客が来たら怖い怖いって言って
どっか行っちまったよ。」
「怖い?」
黒高が首をひねった。
彼は築ノ宮には清らかなイメージを持ったのだ。
白高がそれを見て苦笑いをする。
「実はオレも少しあの人が怖かったな。」
白高は黒高が持った名刺を見た。
印刷された築ノ宮の名前と
手書きでスマホの番号が書いてあった。
「
和紙製の高級な名刺だ。
「黒。」
白高が珍しく真剣な顔で黒高を見た。
「電話番号、スマホに入れとけ。
何かあったらあの人に電話した方が良い。」
「アドバイスか。何だかまともな事言うな。」
黒高が少し笑うと白高が少しむっとした顔をした。
「オレ様はいつもまともだぞ。」
「はは、そうだな、すまん。」
黒高は名刺を見て白高が言った通りに
電話番号を登録した。
「まああの方はお客様としてもありがたい人だ。
常連さんになってくれると良いな。」
「お前が作ったループタイを買ってくれたもんな。」
「そうだな、すごい高級な時計を付けていたから、
とんでもないお金持ちで本物ばかり身につけているだろうけど、
それでもあのタイを気に入ってくれたのなら嬉しいよ。」
その時だ。
裏から人が入って来た。
「黒ち、配達。」
満知だ。
相変わらず派手な格好をしている。
そして店内に黒高と白高がいるのを見て
満知は驚いて立ち竦んだ。
だが白高が満面の笑みで満知に駆け寄り抱きついた。
「満知、満知!オレ、会いたかったよ、
なんだよ、ずっと避けやがって。」
満知ははっとすると白高を押しのける様に手を突っ張らせた。
「止めろ、白ち、暑い、苦しい、離せ。」
「そんなコト言うなよ、久し振りなんだぜ、
ホント、ずっと会いたかったんだ、
オレ、お前が本当に好きなんだからさあ。」
「知らねえ、そんなの、お前には会いたくないんだ。」
「そんなコト言うなよ、満知だって本当はオレが
大好きなくせに。ツンデレ満知、可愛すぎる!」
「適当に言うな、離せ、黒ち、助けてくれ。」
身動きできないぐらいの力で白高が満知を抱いている。
暴れても逃げる事が出来ない満知が、
すがるような目で黒高を見た。
「白、嫌がってるだろう、離せよ。」
「なんだよ、柔らかくて絶対に放したくない。
良い匂い。」
と白高が満知の首筋に顔を寄せると、
さすがに黒高が満知の手を引っ張った。
満知はすぐに黒高の後ろに逃げた。
「なんだよ、黒、邪魔するのか。」
「満知は仕事で来たんだ、それが先だ。」
「ちっ、優等生。」
黒高は満知を見た。
「配達だよね。」
「そう、取って来る。」
彼女はすぐにバックヤードに入った。
「黒、邪魔するなよ。」
「白、少し遠慮しろ、満知は嫌がってるだろう。」
白高は自分の体を抱いてくねくねと動き出した。
「嫌がってねぇよ、
満知は本当はオレに会いたくて仕方が無かったはずだぜ。」
黒高が少し嫌な顔をする。
その時、満知が戻って来て何着かの服をカウンターに置いた。
「黒ち、サインして。」
満知が急いで受け取りを差し出した。
黒高が慌ててそれにサインをする。
だがその時、客が来た。
三人ははっとして扉を見る。
今日は客が多い。
「いらっしゃいませ。」
黒高が扉に向かう。
そして満知はバックヤードに向かった。
だがその腕を白高が捕まえる。
「離せよ。」
「嫌だね。」
二人はそのままバックヤードに行く。
そして白高は壁に満知を追い詰め満知に顔を寄せた。
「オレ、本当に満知を愛しているんだぜ。
絶対に離れたくない。
分かるだろ?お前だってそうだろう?
オレ様が好きそうな服着やがって。」
彼の腕の中で満知はしばらく俯いていたが
やがて顔を上げた。
その顔は怒っている。
「絶対にない。」
「嘘言うなよ。」
「嘘じゃない。」
満知は彼を睨みつけた。
「それにもう絶対にそうならないのは
白ちも分かってるよね。」
一瞬白高はひるんだ。
だがすぐにいつも通りの顔になる。
「過ぎた事だろ?気にすんなよ。」
と彼はいきなり彼女の頬に唇を寄せた。
それはほんの一瞬だ。
そして白高は彼女から離れた。
「でもお前はオレのものだ。絶対に黒にはやらん。」
「うるせえ、あたしの事は自分で決める。
二度と顔を見せるな。」
満知は不機嫌そうに白高を見たが、
彼は彼女に笑いながら深々と頭を下げ、
すぐに奥に消えて行った。
満知はしばらくじっとしていたが、
大きくため息をついてそこに座り込んだ。
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