13 豊 2




黒高の横にいる二人の女性はいまだに大声で言い争っていた。

その時黒高は黙っている女性を見た。

彼女は訝し気に黒高を見返すと、彼は言った。


「鞄に入れたものを返して頂けますか?」


言われた女性の表情がゆっくりと変わる。

そして彼の横にいた二人がまた盛大に騒ぎ出した。


「なんてことを言うの?」

「この人が何かしたって事?失礼過ぎない?」


だが黒高はにっこりと笑うと三人を見た。


「テーブルの上の物が消えていますし、

防犯カメラもありますから。

ループタイが二つとアクセサリーですね。」


三人は周りを見た。


「えっ、カメラは無いんじゃないの……?」

「分かりにくいようにしてあるんです。

ここは常連の方が多いので。」


黒高の横にいた女性二人がそろそろと彼から離れた。

彼はその女性達を見た。


「服も返してくださいね、付属のスカーフとか

無くなっていますから。」


すると今まで何もしゃべらなかったテーブルそばの女性が

静かに話し出した。


「そこまで言うなら証拠があるんでしょうね?

言いがかりならただでは済みませんよ。

主人に連絡します。」


彼女の夫は地位の高い人物なのかもしれない。

彼女達は身につけている物はかなりのものだ。

だが黒高は顔色を変えなかった。


「証拠はありません。でも僕には分るんですよ。

三人で色々とやらかしたみたいですね。」


三人は顔を合わせた。


「万引きはここだけではないですね。

お金が必要だったと言う事ですか?」

「し、証拠もないのに!」

「指示をしたのはループタイを鞄に入れたあなたですね、

まあループタイは僕が作ったものですから

大したものではありませんがそれでもだめです。」


黒高がすうと三人を人差し指でさした。

そして白高も考え込んでいる着物の三人を指さした。


「「 閉じるかクローズ 契約するかクローズ 」」


女性達はそれぞれ二人を見た。

黒高は目の前の派手な婦人達を見た。


「お金が必要な理由は僕には分かりますよ。

ホストでしょ?

三人でよく遊んでおられるようですね。

見た限り皆様は裕福なご婦人のようだ。

それでもお金が足らないとはどれほど遊ばれているのでしょうか?」

「ど、どうして分かるのよ……、」


一人の女性が弱々しい声で言った。

黒高は先ほどの白高と着物の女性達の話を聞いていたのだ。


「その関係で賭けカジノでも遊んでおられると。

違法ですよ。」


三人の顔が真っ白になった。


「あなた達は決めなくてはいけません。

今までのあなた達の行動の全てを顧みて。

じるか、契約けいやくするか、」


三人は身動きしなくなった。


「あなた達は毎日の生活に倦んでいたのでしょう。

だからと言って好きに生きてはいけないのです。

あなた方は遊ぶ金欲しさに犯罪に手を染め、

そして権威を傘にそれをもみ消した。何度やったんですか?」

「わ、私はそんな事……、」


主人に連絡すると言った女性の顔が白くなる。


「万引きした事は言わずに

ご主人に言いつけたんですよね。店が悪いって。」

「どこに証拠があるの!」


黒高は鼻で笑った。


「それぐらい僕には分かりますよ。

それで僕もあなた達が持って行こうとしたもので

喰ってるんですよ。

そんな所から掠め取るって良い事ですか?」


黒高の顔が強くなる。それを見て三人は黙り込んだ。




「で、あんた達はどうする。」


白高が着物の女性達に言った。


「どうするって、一体……、」


三人は戸惑ったような顔をした。


「まあ、あんた達は不幸だったよな。それは同情する。

でな……、」


白高は腕組みをする。


「オレ様が思うにとりあえずあんた達は今仲直りしたよな。

だからそれは良いと思う。」


三人は顔を合わせる。


「だが、あんた、侍の娘さん。」


二人ははっとして一人を見た。


「あんたはやはり罪が重い。人に罪をなすりつけた。

そして火をつけた事で沢山の人が酷い目に遭った。

この二人も辛い目を見たんだ。」


侍の娘は俯いた。


「あんたがその道に入ったのは自分の意志じゃない。

それは気の毒だ。

だが悪い事をしている。だから契約しろ。」

「契約って?」

「贖罪と言う仕事をするんだ。罪を償え。」


二人は侍の娘の肩を持った。


「何だか分からないけど勘弁してやってよ。

この子がやっちゃったのはあたし達のせいもあるし。」

「そうだよ、あたし達も悪かったんだ。」


それを聞いて白高が微笑んだ。


「お前らは優しいな。その分罪は軽くなる。

それでもやっぱり償わなければいけない。」


白高がすっと背を伸ばして侍の娘に一礼をした。


「あなたの辛い事情はお聞きしましたが、

それでもあなたは償わなければいけません。

わたくしはそれをお勧めします。」


侍の娘は俯くと一筋涙が落ちた。


「はい、そうですね。」


二人は悲しげな顔で娘と白高を見た。

白高は一枚の紙を取り出した。


「これは契約書です。

お名前を書いて頂ければあなたは仕事を始められます。

真面目に働けばあなたには違う所に行ける。

わたくしはそうなる事を願います。」


白高はペンを彼女に渡した。

侍の娘は鼻をすすりながら自分の名を書いた。

それを後ろから二人の女郎が寂しげに見ていた。

白高は書類を確かめると丁寧にたたみ三人を見た。


「その前にお前ら服を選べよ、そのままじゃなんだしな。

異国の服なんて見た事無いだろ。」


と白高がにやりと笑って三人を見た。彼女達は顔を合わせた。


「連れて行くのは少し待ってやるよ。」


三人はにっこりと笑った。

侍の娘の涙の跡はもう消えていた。




そして黒高の前には真っ青な顔の三人の婦人がいた。


「契約しますか?閉じますか?」


黒高は再び聞いた。


「訳が分からないわ……、か、帰るわよ。」


鞄を持った女性はそう言うと震える手で鞄に入れたものを出した。

テーブルの上でそれが落ちる音がする。

残りの二人も慌てて服の下に隠したものを出した。


「え、ええ……、」

「憶えていらっしゃい、何か言いふらしたらひどい目に合わせるわよ。」


鞄を抱えて女性が捨て台詞の様な事を言った。

それを聞いて黒高の目が細くなる。


「ならば契約すると言う事ですね、

分かりました。」


と言うと黒高が人差し指を彼女達の前で振った。


そしてふっと彼女達が気が付くと

クローズ・西村川と言う看板がある店の前にいた。


「えっ、」


三人はきょろきょろと周りを見渡した。

ガラス越しに見る店内では黒服の男性が服の整理をしている。

三人はその彼を見た。


その視線に気が付いたのか男性が顔を上げて

三人に会釈をした。

だが、


「何だか怖いわ。」


一人がぼそりと言う。

それを聞いた二人は背筋がぞっとした。


「えっと、何をしに来たのかしら。」

「あ、そうね、その……、」


誰も何も思い出せない。

そして体が寒くなるようなひっそりとした恐怖。


その時一人のスマホが鳴った。


「あ、はい、あなた、どうしたの?」


その女性の夫らしい。

彼女はしばらく話をしていたがその顔色がどんどん悪くなる。

そして喋らなくなった。


「どうしたの?」


心配になった仲間が彼女に聞いた。


「あ、あの、主人が来るって。」

「あら、待ち合わせしていたの?」

「いえ、違うけど……、」


彼女の口元が少し震えている。


「お前の男友達と一緒だ、

今から弁護士事務所に行こう、だって……。」


その語尾は消えかけていた。

その時すぐそばにタクシーが来る。

後ろ座席には満面の笑みの男性と顔色の悪い若い男がいた。

微笑んでいる男性はタクシーから降りると

にこやかに女性達に声をかけた。


「こんにちは、いきなりで申し訳ないが妻を連れて行きますね。」


男性は女性に肘を差し出す。

真っ白な顔の彼女は一瞬立ち竦むが、

男性がその手を強く握ると自分の肘にその手を無理矢理置いた。

男性は二人の女性に振り向くと言った。


「多分あなた方にも何か連絡があると思いますよ。

皆さんとは家族ぐるみでお付き合いしていましたから、

ご主人と連絡が取りやすかったですよ。」


彼はにっこりと笑った。


「失礼します。」


彼女がタクシーに乗り込む時に若い男と女性は目が合ったのだろう。

男性が怯えた顔をしたのが残された二人の女性には見えた。

そして彼らはあっという間に姿を消した。


「あっ、」


残された一人の女性がスマホを取り出す。

何か連絡があったのだろう。

画面を見た彼女の顔が青くなる。

一人が彼女を見た。


「……なにかあったの?」


ぼそりと一人が聞く。

スマホを持った彼女は画面を見せた。


「リサイクルショップの領収書……。」


かなりの数の領収書が映った写真だ。


「ごめん、帰る。」


彼女は慌てて駅の方に歩き出した。


そして一人になった。

しばらくその彼女は立ったままだ。

彼女は崩れ行く砂山の上にいる気がした。

少しずつ足がめり込んでいく感触だ。


そして

彼女のスマホが鳴った。




店内では黒高が製品を並べ直していた。


「ひでえなあ、結構パクってたな、あのおばさん。」


白高が呆れたように言うと黒高がため息をついた。


「せっかくの製品なのにケチが付いた。」


結構な数の試着をしたのだ。

触られただけとは言え、どことなく薄汚れた気がした。


「特に黒が作ったループタイだ。」


これは黒高が作ったのだ。

いくつか良いものが出来たので店に並べたのだが、

その先で万引きにあったのだ。


「パクりたくなるほどよく見えたんだろ。」

「慰めにならないよ。」


黒高が拗ねたように言った。

その時奥から豊が出て来た。


「おお、じーさん。」


豊は二人に頭を下げた。


「すまねぇな、わしの面倒に巻き込んだみたいで。」

「良いよ、多分オレ達の仕事でもあったんだろ。」


白高が胸元から煙草の箱を出す。


「駄目だよ、ここで吸ったら。」

「分かってるよ、でもオレらが吸っても臭いはつかんぞ。」

「でもけじめだよ、吸うなら外で吸ってよ。」


二人は顔を合わせて頭を掻いた。


「豊さん、あの着物の女の人達って知り合い?」


黒高が聞く。


「ああ、多分そうだ。

あんな感じでいつも女や男がわしの前に来て責めるんだ。

言葉だけでなく殴ったり蹴ったりされる。

でもそれがわしの仕事なんだろうな。頭を下げて何度も謝るんだ。」


さっきも豊は散々な暴力を振るわれていた。

だが白高は彼の目がはっきりとしていたのを見た。

彼は覚悟の上でその暴力を受け入れているのだ。


「わしゃ昔から人の顔が覚えられなくてな、

それで馬鹿にされて変な男呼ばわりだ。

虐められたよ。」

「でも今はオレらの事は分かるだろ?」


豊ははっとした顔になる。

だがすぐに苦笑いをした。


「そうだな、なんだか坊ちゃんたちは分かるんだ。」


彼は大きくため息をついた。


「わしゃ、昔からそうだからどこでも続かなくてな、

最後には廓の下男をやってた。しかも下の下だ。

虐めれて馬鹿にされてな、

それで我慢できずについに廓に火をつけた。」


豊は手に持った煙草を指でいじりながら言った。


「煙管で煙草を吸っていたんだ。

それをぽーんと紙屑に入れると燃えた。

何回やったかな。火を見るとすっきりしたんだ。」


豊が遠くを見るような目になった。


「いろんな所でやったんだ。

どうやったら燃えやすいか、わしは分かった。

それでついにばれてな、袋叩きにされたんだ。

気が付くと仕事しろと言われてそれからさ。

足がこうなったのもその時だ。」


豊は自分の足を撫でた。

黒高は首をひねった。


「豊さんがそれをしたのはかなり昔だよね。」

「そうだよ。」

「でもじーさんが仕事をするのはここが初めてじゃないだろ?」

「ああ、いくつか回されたよ。でもここが一番楽かな。」

「楽なのか?」


黒高と白高が顔を合わす。


「楽だよ、ここに来てから蹴られるの今日が初めてだよ。

それに坊ちゃんに呼ばれて仕事したら煙草をくれるし。

他の所じゃ吸えなかったなあ。」

「豊さん、煙草好きなの?」

「ああ、吸うとすっきりするねえ。」


白高がそれを聞いて豊の背中を叩いた。


「じーさん、良いねぇ、オレもタバコ好きだ。

さあ、吸いに行こうぜ。」


その時豊が言った。


「ところであの三人、どうなったんだ。」

「着物の三人か。」


黒高が豊を見た。


「白が服を選べって言ったから服を選んでもらったよ。

よく分からなかったみたいだから白と僕が手伝った。

それで決まったら白が畳んであった契約書を開いて

三人は消えたよ。」

「どんな服を選んだんだ?」

「三人とも同じ服だよ。

出会いが違っていたら仲良しだったかもね。」


豊は二人を見てふふと笑った。


「いやいや、二人ともいいねぇ。

白坊ちゃんも黒坊ちゃんも二人とも本当に優しい良い男だ。

じゃあ仕事後の旨い煙草吸おうか、白坊ちゃん。」

「だよな、じゃあ黒、またな。」


二人は肩を組んでバックヤードに消える。

黒高があきれ顔でそちらを見た。


「タバコは体に悪いぞ。

癌になる可能性があるし依存性があって肺にタールが貯まる。

僕は絶対に吸わない。」


だがあの二人にはどうでも良い事だろう。

その時扉のベルが鳴った。


「いらっしゃいませ。」


黒高が扉を見るとそこには男性が立っていた。






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