12 豊 1
「煙草は本当はちびちびと煙管で吸うのが良いんだがな。」
その横では白高もタバコを吸っている。
「でもじーさん、煙管は面倒じゃないか?
時々掃除しなきゃだめなんだろ。」
「そう言うのが良いんだよ。
紙縒りを作って掃除するのさ。
白坊ちゃんみたいな若造には分からんだろ。」
「んなもん、このタバコの方がすぐに吸えるよ。」
白高は自分が吸っているフィルター付きの紙巻タバコを見せた。
「そりゃ、そっちの方が楽だがなあ。」
豊は自分のタバコを吸った。
その先が赤くなる。
熾火のような赤だ。
「まあ、煙草と言うか火が見たいだけかもしれんが。」
その時店内から何かの気配がする。
二人は同時にそちらを見る。
彼らはタバコを吸い終わるとすぐに店に入った。
店内には三人の女性がいた。
みなどこかのマダムのような派手で高級そうな服を着ている。
アクセサリーもたくさんつけて大きく目立っていた。
だが二人は大声で喋り品位は良い感じはしなかった。
もう一人はテーブルのそばにいて商品を見ていた。
そこには最近黒高が気に入ったループタイや
アクセサリーが置いてあった。
「ねえ、私はこれが良いかしら。」
「こっちはどう?私も選んでよ。」
二人の女性が黒高の前で服を持って
甘えた感じで話しかけている。
黒高は少しばかり困った様子で苦笑いをしていた。
「えーと、そうですね、どちらも良いと思いますが、
これをお召しになってどこに行かれるかですか。」
「やっぱりショッピングよ、派手なのが良いわ。」
「お兄さん、試着するから見てくれる?」
二人は黒高の腕を持ち試着室に向かった。
もう一人はアクセサリーを見ている。
バックヤードから少しだけ顔を出して
白高と豊はそれを見ていた。
「白坊ちゃん。」
豊が少し目を細めて行った。
「あのきらきらしたの選んでる女、やらかすよ。」
「アクセサリーか、やらかすって?」
「あの女三人、グルだ。」
すると試着室に向かった三人の姿を見て
残った女が並べられているループタイをさっと鞄に入れた。
「万引きか。」
「ああ、よくある手口だ。
店員が一人しかいない店でのやり方だ。」
「で、後の三人は?」
店の中には試着室そばの二人の姦しい女性と
テーブルの横にいる万引きをした女性がいた。
そして白高と豊にはその他に三人の着物姿の女性も見えた。
彼女達は乱れた日本髪だ。
そして顔の所々にやけどの跡がある。
着物にも煤が付いていて汚れていた。
彼女達が着ている着物はどことなく崩れた感じだ。
二人は店の真ん中で並んで店内を見ていた。
そしてもう一人は万引きをした女性の後ろにいて、
横を向いている。
「ありゃ、わしのせいかもしれん。」
豊の目がぐるんと白くなった。
「わしのせい、って?」
少しだけ豊は動かなくなった。
だがすぐに首を振って彼女達を見た。
「白坊ちゃん、こう言うのが契約なんだろ?
こう言う女は今まで沢山見たし、わしの前に来た。
わしはちゃんと見なきゃなんねぇ。」
豊は冷や汗なのか顔中汗だらけだった。
だが手でつるりと顔を拭くと着物姿の女性の前に出て行った。
「おや、姐さん方、お仕事ですかい?」
三人ははっとした様に豊を見た。
だがすぐに忌々しげな顔になる。
「気安く話しかけんじゃねえよ、下男が。」
「汚ねぇ。気分が悪いわ。」
散々な言われようだ。
だがカウンターそばの女性は黙って豊を横目で見ていた。
豊はそれを聞いてもにこにこと笑っている。
「まあまあ、そう言わんと。おべべが汚れちまって。」
女性は着物を見る。
「花のかんばせも火傷かい?」
真ん中で立っている二人ははっと自分の顔に触れ、
相手の顔も見た。
「あんた、酷い火傷だよ。」
「あんたもだよ、これじゃあ仕事が出来ねえ。
年季が伸びちまう。」
二人は表情が歪み顔を押さえ俯いた。
豊は足を引きずりながらその二人のそばに寄った。
「あんた方、どこでそんな傷付けたんだ。」
女性達は顔を上げた。
「廓が焼けちまったんだよ。
明け方だったから逃げ遅れちまって。」
「客も死んじまったよ。」
「あれはいつだっけ、」
「いつだっけ……、」
二人の顔から表情が無くなる。
だが一人が豊を見た。
「あたしはあんたを見たことがある。」
「わしをか。」
「あんたはあたしがいた廓にいたね。」
その女性の額は焼けただれていた。
腕がすうと上げられてその指が豊を指す。
「あんたが火をつけたんじゃないか。煙草で。
いっつも汚ねぇ煙管で煙草吸ってただろ、
あの頃何軒かの廓に火つけがあった。
男どもがあいつが怪しいんじゃないかって話してたよ。」
表情が無くなった女性達の顔が戻り豊を見た。
豊は目を閉じる。
そしてそこで土下座をした。
「申し訳ない。」
豊は顔を上げた。
「確かにわしは煙管でいろんなところに火をつけた。」
それを聞いた二人の女性の顔が変った。
隈取のように皺が浮き怒りの表情になる。
「お、まえ、」
一人の女性が豊を蹴った。
彼は思わず身を丸くする。
それに構わずもう一人も彼を何度も蹴った。
容赦のない暴力だ。
だが豊は抵抗する事なくそのままうずくまっていた。
されるがままだ。
だがテーブルそばにいる着物の女性は
表情を変える事無く、豊とその暴力を横目で見ていた。
何を考えているのか分からない。
その間彼女の前にいる女性は
小さなアクセサリーをいくつか鞄に入れていた。
白高が顔を出してちらりと豊を見た。
彼はずっと暴行されている。
だが少し顔を上げて白高を見た。
その目はくっきりとしていた。
白高は一瞬豊のそばに行こうとしたが、
白高と合った彼の目はそれを否定している気がした。
暴力を受けて怯えている目ではないのだ。
何かの強い意志を持って彼女達の行為を受けているのだ。
その時、黒高と一緒に試着をしていた女性達が戻って来た。
テーブルそばにいた女性もそこから離れた。
「やっぱりこちらの方が良かったかしら。どう思う?」
「僕はどちらもお似合いと思いますが、
迷われるのならイベントに参加される他の方々も考えて
選ばれると良いと思いますよ。」
「じゃあ、私はどうかしら、私も迷ってるのよ。」
黒高の両脇から二人は立て続けに話をする。
その両手には何枚も服があった。
黒高は少しばかり困った顔をした。
そしてもう一人の無口な女性に近寄る。
その時、白高は豊に暴行している
二人の着物姿の女性のそばに行った。
「こんにちは。」
白高は極上の笑顔で般若顔の二人の女性に話しかけた。
二人ははっとして彼を見た。
その途端顔が普通の顔立ちになる。
「あ、あ、こんにちは。」
二人は急にもじもじし出した。
「大丈夫ですか?
ずいぶんとお怒りの様ですが。」
「あ、あの、それが、
この人あたしたちがいた廓に火をつけたんだよ。」
白高がそれを聞いて大袈裟に驚いた。
「火、って放火ですか?それはいけないですね。」
「だろ?結局あたし達逃げ遅れちゃってさ、
こいつのせいだよ。」
と女性が忌々し気にまだうずくまっている豊を睨んだ。
「放火は重い罪ですよね。大変な目に遭いましたね。」
「あんたもそう思うだろ?」
白高は訴える女性の頬にそっと手を添えた。
「可哀想に火傷ですね。せっかく綺麗な顔なのに。」
白高はしばらく彼女の顔に手を添えていた。
彼女の顔が真っ赤になる。
そして、
「ほら、綺麗になった。」
と彼はにっこりと笑った。
傷が治った彼女の隣の女性が驚いたように綺麗なった顔を見た。
「あたしも、あたしも治して!」
「良いですよ、こちらにいらっしゃい。」
そしてその彼女の顔も綺麗になる。
二人はお互いの顔を見て嬌声を上げた。
床にうずくまっていた豊はいつの間にか姿を消していた。
「ありがとう、本当にありがとう!」
二人は涙を浮かべて白高に礼を言った。
「とても綺麗ですよ。
それでついでに着ている物も煤だらけなので変えましょうか。」
二人ははっとした様に周りを見た。
「そういやあ、なんか布のものがあるけど、
これって何だい?」
「洋服ですよ。いわゆる異国の着物です。
どうですか、選んでみませんか?」
二人は興味深げに周りを見た。
そして白高はもう一人の着物の女性に近寄ると
彼女はゆっくりと白高を見た。
その顔の半分は焼けただれている。
白高は彼女に深々と頭を下げた。
「あなたもとても可哀想なお顔をしている。
治しましょうか?」
だが彼女は首を振る。
服を選んでいた二人の女性が近寄って来た。
少しばかりさげすんだ様子で彼女達は言った。
「この子、口がきけんのよ。」
「元々お侍さんの娘なんよ、それで売られて来たのさ。」
侍の娘と言われた女性が薄暗い目で一緒にいた二人の女性を見た。
なんとなく周りの気配が変わる。
敵対するような雰囲気だ。
白高が侍の娘の顔に触れるとその顔が綺麗になった。
彼女ははっとする。
そして手で自分の顔を確かめ始めた。
それを見ていた二人の女性の顔つきが厳しくなる。
「私は……、」
侍の娘はとても美しかった。
火傷が治ったおかげで声が出たのだろうか。
そこに二人の女性が近寄る。
「あんたさ、自分の顔、鼻にかけるんじゃないよ。」
と威圧的に言った。
だがその時言われた彼女がさっと正座すると
居住まいを整え頭を下げた。
「申し訳ございませんでした。」
詫びの言葉だ。
それを言われた二人の女性はあっけにとられた顔になる。
「私達がいた廓に火をつけたのは私です。
だからあなた方がこうなってしまったのは私のせいです。
今まで口がきけず言えませんでした。
いつか謝るつもりでずっとあなた達についていました。」
「で、でもさっき下男が……。」
「あの人は確かに火付けをしていました。
私はそれを見たことがある。
でも口がきけなかったから誰にも言えなかった。
そして私はあの人の真似をして自分の部屋に火をつけた……。」
「なんで……、」
「あなた達が私をいじめたからです。」
二人の女性が息を飲んだ。
「私にずいぶん酷い事をしましたね。
だから私は声が出なくなった。
そんな女郎は人気が出ない。
どんどん下に送られて、最後には……。」
「だってあんた、あたし達のこと馬鹿にしてただろ。」
「いつもつんつんしてさ、気取ってんだよ。」
「私が火をつけたのもあなた達のせいです。
あの時私は死ぬつもりだった。そしてあなた達も一緒に……。」
二人は顔を合わせた。
「そう言えばあんた、あの時あたし達が火に驚いて
動けなくなったところに来たよね。」
「あんた、抱きついて来たけど、あれって……、」
「あなた達を動けないようにしたんです。
仕返しをしたのです。」
二人の顔立ちがぎりぎりと変わる。
そして黒高に纏わりついている二人の様子もおかしくなって来た。
「私が選んでもらうのよ、あなたは黙ってなさいよ。」
「うるさいわね、順番でしょ。」
試着した服を抱えながら二人が言い合っている。
何となくきな臭い感じになって来た。
もう一人は黙って近くで見ているだけだ。
黒高の顔が厳しくなる。
その時だ。
「お前ら、そんな事してる場合じゃねぇだろ。」
白高がさっきまでとは違う口調で着物姿の女性に話しかけた。
鉄火な様子だ。
三人がきょとんとして白高を見た。
「オレ様には分かるよ、可愛い顔して
あんたらいろんなことやらかしただろ。
だから今もこんな事してるんだ。」
「何かって、あたし達何もしてないよ。」
白高は腕組みを女達を見た。
「あんたらはみんな女郎だったんだな。
で、あんたら二人は人をいびったんだろ?
口もきけないぐらいにな。
それでもう一人は廓に火をつけた。
だからこの二人以外にも酷い目に遭わせてる。」
白高はきっと侍の娘を見た。
「しかもその火付けをじーさんのせいにしたんだろ?」
「じーさん?」
「さっきあんたらが蹴っていた男だよ。
じーさんに罪をなすりつけたんだよな。」
それを聞くと侍の娘が黙り込んだ。
残りの二人も青い顔になる。
「でもあたし達も辛かったんだよ。
好きでこんな仕事をしたんじゃない。
あたしがここに来なきゃ妹や弟が死ぬところだったんだ。」
「あたしだってそうだよ、米が取れなくて大変だったんだ。」
二人は座り込んでめそめそと泣き出した。
侍の娘はその二人を見てぼそりと言った。
「私は父上の博打のかたで……。」
侍の娘も二人の近くに座り込み、三人はうなだれた。
そのそばに白高は来て彼も座った。
いわゆるヤンキー座りだ。
そして優しい声で言った。
「その時はそう言う仕事しか出来なかったんだろ?
そういう時代だからな、
女も人なのに軽く見られて気の毒に思うぞ。」
三人はしばらく無言で俯いたままだ。
だが一人が顔を上げて侍の娘を見た。
「……あんたも好きで来たんじゃないんだよね。」
侍の娘はこくこくと頷いた。
「……ごめんよ、あんたも大変だったんだね。
あたし達が悪かったよ。」
二人は彼女にすり寄った。
侍の娘は一瞬驚いたが、
すぐにその顔が崩れて涙が溢れ出た。
だが白高は彼女達をしばらく見ていたが、
少しばかり強く言った。
「あんた達が仲良しになったんならそれで良いけど、
あんたらに引きずられたあの女達どうすんの?」
白高は親指で黒高の横にいる二人と
しらけた様子で見ている万引きをした女を指した。
「あの子、たち……。」
「あんた達がずっとくっついていたんだろ?
どうもあんた達の毒気に当たられて結構な事してるじゃん。」
三人は涙を拭うともじもじとし始めた。
「あたし達が悪いの?」
「ああ、どうもあいつら男に金をつぎ込んでるみたいだな。」
三人は顔を見合わせた。
「だってこの子達、淋しいし……。」
「淋しいからってホストに大金をつぎ込んじゃダメだろ。
遊びは遊びで程々にしねぇと。
それにその男達に連れられて金で賭け事もしてるな。
あんた達もよく似た事やってたんだろ?
それをこの女達は繰り返しているんだよ。
まあ水商売の男も仕事だからな、
それに乗せられたあいつらが悪いんだが。」
三人は黙り込んだ。
「でも、あたし達も色々と辛くて……、」
「だからさ、そう言う不幸自慢はどんだけ言っても
終わらないんだよ。
どこかで線引きしないとダメだ。
それが今じゃねえのか?」
三人は俯きしばらく考え始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます