11 呪い
それからしばらくした頃だ。
夕方だ、家の扉が激しく叩かれた。
黒高がドアスコープを見るとそこには白高がいた。
「白、どうしたんだ。」
彼が姿を消してから一年ほど経っていた。
「黒、ひ、さ、し、ぶり、ぶりっ。」
ふざけた様子で白高は顔を上げた。
前よりかなり痩せており、顏にはあざが何か所もあった。
そして目の焦点があっておらず、ふらふらとしている。
妙な感じだ。
そしてなにかしら異様な臭いがした。
彼はにやにやと笑いながら部屋に入って来た。
「白……、」
既に白高は高校を退学になっていた。
「黒がどうしてるかと思ってさ。」
白高はにこやかに笑いながら部屋のタンスの引き出しを
次々と開け出した。
様子がおかしい。
黒高は彼の手を押さえた。
「どうしているかってこっちが聞きたい。
それに何か探しているのか?」
元々は白高の家でもある。
だが引き出しを探る動作は嫌な感じがした。
「それに白、すごく痩せてるじゃないか。
ちゃんと食べてるのか?」
「モデルだからな、痩せてないとダメだろ?」
「それでも異常に痩せてる。顔色も悪い。」
少し前に人から聞いた白高の噂だ。
いかがわしい人物と付き合いがあると。
白高はにやにやしながら黒高の言葉を聞いていたが、
突然彼をどんと手で押した。
「うるせえな、ガタガタ言うなよ。」
突然の怒りだ。
「オレは金を貰いに来たんだよ。仕事の金寄越せ。」
「仕事って全然してないだろ。
それとも自分で仕事を取って来たのか?
それならそれは僕の所に払われてないぞ。」
「緋莉の金があるだろ、それを渡せ。」
「きちんと半分渡したじゃないか。」
「嘘をつけ、自分だけ余分に持って行っただろ。」
それを聞いてさすがに黒高もむっとした。
「持って行く訳ないじゃないか、
それに大金だったぞ、まだあるだろ?」
白高が強い力で再び黒高を押した。
黒高の体がよろける。
「もうねえよ、だから金くれ。」
「使い切ったのか!何に使ったんだ!」
白高が黒高の胸元を掴みぐっと顔を寄せた。
「クスリ、だよ、クスリが欲しいんだよ。」
白高はにやりと笑う。
その口元に見える歯は妙に黒ずんでいた。
そしてひどい口臭がした。
思わずぞっとして黒高は白高を突き飛ばした。
その体は思ったより軽く、
黒高は少し押したつもりだったが白高は尻もちをついてしまった。
「いてえな、怪我したぞ、慰謝料寄越せ。」
「バカ野郎、払える訳ないだろ。」
座り込んだままの白高のそばに黒高は座った。
「クスリってそれはやっちゃいけないだろ?
そのせいで全然食べてないんじゃないか?
痩せて歯も汚くてそれでモデルが出来るのか?あ?」
白高は返事をしなかった。
「ともかく薬は今すぐ止めろ。
ここでまた僕と暮らすんだ。」
だが白高は突然立ち上がると黒高を蹴った。
急な事で黒高は倒れてしまったが、
それを容赦なく白高が続けて蹴った。
その一蹴りが黒高の腹に入り、彼は痛みと吐き気で動けなくなった。
それでも白高が何度も蹴り続ける。
黒高は身を丸めてかばうしかなく、際限がなかった。
そしてどのぐらい経っただろう、
頭も顔も体も殴られ蹴られ続けて
さすがに黒高も意識が遠のきそうだった。
その時白高の暴力が止まった。
そして一言言った。
「金を出せ。」
もう黒高には抵抗する気力が無かった。
ずるずると這うようにタンスに向かうと、
今月の生活費が入っている封筒を出した。
白高はそれをひったくるように掴むと
中を確かめてニヤリと笑った。
「5万円か。」
封筒は投げ捨てて札だけを尻ポケットに押し込んだ。
「じゃあな、黒高、また来るわ。」
白高は鼻歌交じりでご機嫌で家を出て行った。
しばらく黒高は横たわったままじっとしている。
そして目から涙があふれて来た。
どうして白高はあんな風になってしまったのか。
どう見ても今の白高は薬物中毒だった。
異常な痩せ方、顔色の悪さと白かった歯は黒ずんでいた。
体臭も異様だった。
そして緋莉の遺産をたった一年で使い切ったらしい。
それは何に使われたか黒高には分かった。
遊ぶ金と薬物だろう。
黒高が良かれと思いきちんと分けた金はそんな物に使われたのだ。
しかも白高は黒高が平等に分けなかったと言った。
黒高は体を丸めると泣き出した。
それは侮辱だった。
小さな頃から二人の面倒を見て真面目に仕事をしていたのだ。
二人が遊んでいる間も事務仕事をしていた。
高校もちゃんと通っていた。
だが不真面目な白高の方が成績が良い。
白高が緋莉の遺産を受け取れたのも、
黒高が手続きをしてきちんと分けたからだ。
不公平などどこにもない。
そして人は白高を見る。
スポットライトが当たっているのは白高だ。
人の出来が違う事は黒高は分かっていた。
悔しくて苦しくて仕方がない。
でもそれはどうにもならないのだ。
諦めて我慢して仕事を続けた。
そのように真面目に生きている自分が、
ここまで酷い目に遭わなくてはいけないのか。
あの5万円も店を開くために節約して、
それでひと月自分が生きていくためのお金だ。
緋莉が残したお金はまだある。
それでも節約して毎日生きているのだ。
それを白高はにやにやと笑いながら持って行った。
「……死ねばいいのに。」
黒高がぼそりと呟いた。
それは呪いの言葉だ。
もう彼の身内は白高しかいない。
彼がいなくなったら黒高は天涯孤独なのだ。
それなのに今はそうなると良いと彼は思った。
体中が痛くてたまらない。
激しい暴力が彼の心を折ったのだ。
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