10 双子




白高には非日常的な雰囲気が常にあった。

いわゆるカリスマだ。

黒高と同じ場所にいても人は黒高より白高を見る。

カメラのフレームに一緒に入っていても

カメラマンは白高を見る。

同じ位置に立っていても白高の方が一歩前にいる感じだった。


黒高は自分も同じように出来るのか努力した事もあった。

だが白高が持っているものは生まれながらの物だ。

自分もそのような物はあるはずだ。

だがそれは彼とはなにか違う。

そして彼はそれを苦も無く発揮出来るのだ。

それは母の緋莉あかりも一緒だ。


この二人の前では自分は色あせて見える気が

黒高はいつもしていた。

自分は二人とは違うのだ。


母の緋莉が遊びに行く時は白高はついて行くが、

いつの間には黒高は行かなくなった。

騒ぎ立てる人々の間で居心地の悪さを感じていた。


そしてある時、酔って帰った白高が眠っている黒高を起こした。


「緋莉のダチから俺達の父ちゃんの話を聞いたぜ。」


黒高はもぞもぞと起き出す。

真夜中だ。


「俺達が出来た頃、緋莉は二人の男と付き合ってたんだとよ。」

「二人?」


寝ぼけ眼で黒高が返事をする。


「一人はモデル仲間で、もう一人は銀行員だと。」

「銀行員?本当か?」

「そいつが言うにはかっけーオレ様の親父はモデルで、

お前の親父は銀行員だとさ。」


そう言うと白高はげらげら笑って

黒高が寝ていたベッドに入ってしまった。


黒高はゆっくりと目が覚めた。

カーテン越しの外の色はまだ闇だ。

朝は遠い。


黒高は仕方なく起きて玄関に向かった。

もしかすると緋莉もいるかもしれないと思ったからだ。

だが彼女はいなかった。


白高が開けたままの玄関の鍵を閉めて再びベッドに戻った。

ベッドでは白高がいびきをかいて寝ていた。

彼はその横に入り目を閉じる。


子どもの時はよくこうやって二人で寝た。

あの頃はベッドは狭くはなかったが今はとても窮屈だ。


今白高と黒高は同じ場所にいて

黒高は背中に白高の温かみは感じてはいる。

だがとても遠い所に二人は立っている気がした。

いずれは本当に別れてしまうのだろう。

黒高はうとうとしながらそんな事を考えていた。


翌朝黒高が目を覚ますとまだ白高は寝ていた。


「おい、白、学校だぞ。」


何度も黒高は白高をゆするが全然起きない。

それに白高からはアルコールの臭いがした。

こんな状態で学校に行ってもと黒高は思った。

ともかく白高は未成年なのだ。


緋莉は親のくせにその辺りは非常に緩かった。

黒高は少しばかり腹立たしく思いながら

白高を激しく揺さぶった。


「おい、白、起きろよ。」


さすがに白高が薄眼を開けた。


「寝せてくれよ、兄ちゃん。」


黒高の口元が一文字に結ばれた。


「兄ちゃんって僕達双子だろ?関係ないよ。」


白高がむにゃむにゃと返事をする。


「緋莉も言うだろ?兄ちゃんだから面倒見てやれって……、」

「面倒って、おい、起きろ。」


白高はまた眠ってしまった。

黒高は仕方なく彼をおいたまま家を出た。


白高は学校に行く気は全然ないようだった。

気が向けば出席するが毎年出席日数はぎりぎりだった。

そのわりには成績はそれなりに良い。

黒高にすれば面白くない話だ。


「何が兄ちゃんだ。」


黒高は吐き捨てるように言った。

何かあれば母の緋莉と白高は黒高を兄ちゃんだからと言うのだ。

まだ子どもの頃はその言葉のまま

色々な事をやらされていた気がした。

今では仕事のマネージメントもほとんど黒高がやっている。


「俺ばっかり……。」


忙しいのは自分だけだ。

二人は遊びまわっている。


緋莉と白高は性格も行動もそっくりだ。

だが自分は。


白高は昨夜言った。

自分達が生まれた時には緋莉は二人の男と付き合っていたと。

息子にそのような話をする母親を黒高はいかがなものかと思う。

だが白高はそれを面白がって聞くのだ。


黒高と白高は見た目はよく似ている。

だが性格は全然違う。

そして自分はいつまで二人の面倒を見なくてはいけないのか。

黒高は思った。




その日の学校が終わり、

黒高は将五シャツ店に向かった。

鶴丸からシャツの作り方を教わっているのだ。


「鶴さん。」


黒高が店に入ると白高がそこにいた。

そしてその横には満知がいる。

鶴丸は黙って仕事をしていた。


「おー、黒。」


もうすっかりアルコールは抜けたのだろう、

何もなかった様な顔をしている。

彼女は大人し気なワンピースを着ていた。


「満知さぁ、もっと派手な服着ろよ。」

「派手って言ってもおじさんが……、」


満知が鶴丸を上目遣いで少し見た。


「女の子はそんな感じで良いんだよ。

どうせお前が良いって言うのは不良が着るようなもんだろ。」


苦々しげな顔で鶴丸が言った。


「不良っておっさん、ヒップホップとか可愛いじゃん、

色とか派手でさ、

絶対に満知はそう言うの似合うぜ。」

「でも……、」


満知が少し困った顔をした。

その時黒高が白高に言った。


「白、学校に来なかったな。」


白高がにやにやと笑う。


「めんどくせえよ。

オレ様は一応出席日数は計算してるからな。

危なくなったらちゃんと行くよ。」

「でも白、そんなじゃ駄目だろ。

せっかく朝起こしてやったのにまた寝ただろ。

それに学校に行く前日は緋莉と夜遊びするの止めろ。」

「うるせえな。」


じろりと白高が黒高を見た。


「兄貴面すんなよ、緋莉が着いて来いって言うんだ。

オレが行くのだめならお前が行けよ。兄貴だろ。」


黒高の顔が真っ赤になる。

彼が口を開きかけた時だ。

鶴丸がバンとテーブルを叩いて立ち上がった。


ぎょっとして黒高と白高が彼を見た。

鶴丸はぎろりと二人を見た。


「おい、白太。」


低い声だ。

怒っているのだ。


「白太、お前、何かあると黒太にお前は兄貴だからと言うな。」

「あ、兄貴だろ?緋莉も言うし。」


少し気後れした様に白高が言った。


「確かに双子で生まれた順番とか戸籍では

兄弟があるがな、お前ら双子だろ。

同じ日に生まれたんだろうが。何が違うんだ。一緒だろ。」

「で、でも緋莉も黒高が兄ちゃんって……。」


鶴丸が白高に近寄った。


「自分がやりたくないからって

黒太に兄貴だと言って押し付けるな。

昔からずっとそうだがお前らは双子だ、一緒なんだ。

自分で考えてちゃんと自分でやれ。」


鶴丸が静かに言った。

白高はその静かな勢いに飲まれたのか返事が出来なかった。

そしてすぐに立ち上がり黙って店を出て行った。

満知も何も言わず家の奥に行ってしまった。


黒高はぽかんとして鶴丸を見た。

鶴丸は一つ咳払いすると横を向いた。


「お前も我慢ばっかりするな。緋莉には俺から言ってやる。」


黒高はそれを聞くと思わず俯いてしまった。

そしてしばらくすると小さな声で言った。


「鶴さん、ありがとう。」


それは鶴丸に聞こえているか聞こえていないか、

鶴丸は背を向けていた。


「おい、この前のシャツがまだ出来てないだろ。

早く作れ。」


黒高が顔を上げた。


「は、はい。」

「適当な事すんなよ、すぐばれるからな。

分からなかったら聞け。」

「はい。」


二人は無言のまま作業を始めた。

やがて時間が来て壁の時計の時報が鳴った。


「おじさん、黒ち、ご飯出来たよ。」


奥から満知が顔を出して二人に言った。


「おう、ありがとうな、満知。

黒太、終わらせて飯にしよう。」

「うん、ありがとう、満知。」

「さっきからお前の腹の虫の音がうるさくて仕方なかったぞ。」


それを聞いて満知が少し笑う。

食卓はごく当たり前の家庭料理が乗っていた。

箸や茶碗が四膳用意されている。

黒高が満知をちらと見た。


「白の分?」

「そうだけど、戻って来ないかな。」

「……、どうだろう。」


満知は返事をしなかった。


「そういやあ西亀にしきと緋莉が海外に行くって?」


鶴丸が食事をしながら満知に聞いた。


「うん、私はお母さんから聞いた。」

「黒太は緋莉から聞いたか?」


黒高は首を振った。


「いや、初めて聞いた。」

「相変わらず緋莉は適当だな。

仕事絡みかもしれんが、

他の仕事の関係もあるのにちゃんと知らせないと駄目だよな。」

「今鶴さんから聞いたから予定入れとくよ。

どこに行くって?」

「南の海とか言ってたぞ。」

「綺麗なところかな、撮影とかすると良い感じかも。」


黒高は壁に貼ってあるポスターを見た。


仁織にしきおばさんはもうモデルをしないの?」


そのポスターには妖艶な感じの女性が

ポーズをとっていた。

そこに『将五仁織』とロゴが印刷されている。


「お母さんはまだモデルをやりたいみたいだけど、

年齢的にはママイメージの仕事が多いみたいで、

お母さんは少し雰囲気が違うと言っていたわ。」

西亀にしきはどちらかというと女っぽいからな。

ママって言うイメージ無いしな。

最近はタレントみたいな事をしてるし。

今回も仕事なら多分西亀の友達と旅行みたいな感じで

緋莉と行くんじゃないか?」


鶴丸が味噌汁を一口飲んだ。


「まあ本名で西の亀のにしきならまだ庶民的だがな。」

「おじさん、さすがに亀はだめだよ。

お母さんも言っていたけどその名前でずいぶんからかわれたって。

亀は嫌だって言ってた。」

「まあ女の子で亀は確かになあ。

せめて俺の鶴を西亀に付けてやれば良かったのにな。」

「縁起は良いよね。」


何気なく黒高が言った。


「黒ち、そう言うの無神経って言うの。鈍感。」


黒高はぽかんとして満知を見た。


「そ、そうか?」

「そう言う事は白ちは言わないよ。

可愛い名前だなとか言うし。」

「白はその、女の子を誉めるし……。」

「白太は女の子とな、ヤリたいだけなんだよ。」


鶴丸がむっとして言った。満知が鶴丸を見た。


「おじさん、そんな言い方、」

「満知も騙されんなよ。」

「騙されるなってひどい。」


満知は不機嫌そうな顔になった。


「おじさんだって緋莉おばさんをずっと気にしてるのに

何にも出来ないじゃない。」


鶴丸の顔が真っ赤になる。


「ま、満知、そんなの今は関係ないぞ。」

「おばさんと白ちってそっくりだよ。

その白ちのこと、悪く言うなんて」


満知はいきなり立ち上がった。


「後片付けは自分でやってね!」


彼女は怒った声で音を立てて自分の食器を片付け

部屋を出て行った。

残された男二人はその後ろ姿を見送ると鶴丸は黒高を見た。


「お前の兄弟を悪く言ったが謝らんぞ。」


黒高はため息をついた。


「……良いよ、」


白高は鶴丸が言ったような軽い部分はある。

だが満知に対しては少し違う気がした。

白高が女性との付き合いで揉めた話は聞いた事は無かった。


だが、それを黒高は鶴丸に言う気はしなかった。

黒高も満知に好意を持っていたからだ。

しかし、満知は白高を気にしている。


「若い女の子は白太みたいな不良みたいな方が

良いのか、俺には分からん。

黒太みたいなちゃんとした奴の方がよほどましだろ。」

「鶴さん、そんなこと僕に聞かれても……。」


黒高には返事のしようがなかった。

それに満知が言ったように鶴丸は緋莉を前にすると

すっかり様子が変わってしまう。

鈍感な黒高でも分かるのだ。


鶴丸は昔から緋莉が好きらしい。

だが彼女を前にすると碌に話が出来ない。

それを良い事に緋莉は鶴丸をうまく使っていた。


緋莉は小悪魔のような女だった。


可愛らしくしたたかで時代をうまく泳いで行く。

そして恋多き女だった。

その女をじっと見ている鶴丸は彼女から頼まれると

何も言えない。

職人気質の鶴丸にとっては

緋莉はただただ眩しいだけの存在だ。


鶴丸の妹の西亀にしきも緋莉と同じモデルだ。

昔から気が合うらしく友達となり、鶴丸と知り合ったのだ。

その関係で黒高や白高は鶴丸の所で

生まれてからずっと世話になっている。


そしてそこにいるのは西亀の娘、満知だ。

仁織にしきは西亀の芸名だ。

満知も不規則な仕事をしている母に

鶴丸にいつも預けられていた。


三人は鶴丸の元で一緒に育った。

鶴丸は結婚もせずシャツを縫いながら

子どもの面倒を見ていたのだ。


「鶴さん。」


黒高は鶴丸を見た。


「母さんにはっきり言えば良いんじゃないか?」

「はっきり?

ああ、お前が兄貴扱いされている事か。」

「違うよ、母さんに結婚してくれって。

昔から母さんが好きなんだろ。ばればれだよ。」


鶴丸はそれを聞くといきなり顔が真っ赤になった。


「バカ野郎!大人をからかうな!もう仕事を教えてやらんぞ!」

「あ、それは駄目だ、ごめん、鶴さん。」

「うっせぇ!テーブル、早く片付けろ!

また言ったらぶっ殺すぞ!」


鶴丸はくるりと後ろを向いた。

だが耳まで赤い。


「はい。」


黒高は何も言わず食器を片付けだした。

そしてその数週間後に仁織と緋莉は死んだ。




葬式の最中、白高はずっと泣いていた。


「オレが頼んだばっかりに……。」


彼は何かを緋莉に頼んだのだ。

何を頼んだのか黒高には分からない。

そのせいで飛行機を一便遅くしたのだ。


だが黒高の頭には仕事の事しかなかった。


緋莉が受けていた仕事、自分達の仕事、

葬式に関する費用、様々な手続き、

人が一人死ぬと驚く程やらなければいけない事があった。


黒高はそれに追われる。

だが白高は泣いているだけだ。

皆はその泣いている白高を慰めるが、黒高は走り回っている。

そして、式が終わった後、


「お前は泣かなかったな。」


と白高は怒ったように黒高に言ったのだ。


これにはさすがに黒高も腹が立った。

彼も親が死んで普通の精神状態ではなかったのだろう。

それは黒高も一緒だ。

だがそれを白高は批判したのだ。

ひどい喧嘩をした後、白高は家を出た。


そして白高は黒高の前から姿を消した。

二人が一緒にする仕事はその頃はほとんどなかった。

緋莉の死後はクライアントもこちらの事情をくんで

融通を効かせてくれた。

だが白高からは人を通じて今までの仕事の請求があった。

そして緋莉の死後に手元に入ったお金がかなりあったのだ。


それを白高は半分寄越せと人を通じて言って来た。

黒高もそれを自分だけが手に入れる気はなかったので

きちんと分けた。

だがそれでも白高からの礼の言葉は無かった。


「全部僕が手続したんだぞ。」


黒高にとっては腹立たしい事ばかりだ。

それでも手元に残った遺産は結構な額だった。


その頃、黒高はモデルの仕事に限界を感じていた。

モデルも表現者として奥の深い仕事だ。

だが彼は何かを作り出したかった。

そして鶴丸がずっと続けている仕事に興味があった。


「服、作りたいな。」


彼は呟いた。高校も卒業だ。

服を作りつつ、それを売る店も欲しかった。

小さな店で良いのだ。

白高は休学扱いで結局出席日数が足らず、

3年生を留年となった。

だが多分白高は学校には行かないだろう。


その頃は黒高は白高が何をしているか全く分からなかった。

ただ、噂で夜の街を歩き回っているらしい。

そして、


「良くない人達と付き合っているみたいだよ。」


衣料店を始めようと色々と結びつきを辿って

様々な人と相談をしているうちにそんな噂を聞いた。


「白がですか?」

「うん、ずいぶんと羽振りがいいから。」


黒高はひやりとする。

緋莉の遺産だ。多分それの事だろう。


「余計な事を言ったかもしれないね。」

「いえ、構いません。

今は全然連絡が取れなくて。」

「君達、色々あったからね。

でもまあ、黒高君も気を付けなよ。」






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