9 力芝




「今度食事会があるんだよ。」


初老の男性が言った。


「娘がさ、もう結婚しているんだけど

色々事情があって式は挙げてないんだよ。

それで今度身内だけで固めの式を挙げるんだけど

ちょうど良い服が無くてさ。」

「良いですね、おめでとうございます。」

「それで鶴丸さんからここの店は

親身になってくれるぞと聞いたんだよ。」


それを聞いて黒高はにっこりと笑った。


「そうなんですか、嬉しいなあ。」

「いやあ、鶴丸さんから聞いたからさ、

もっと年寄りがやってる店かなあと思ったけど、

こんな若い人だとは思わなかったなあ。」


と男性は笑った。


「でも鶴丸さんの紹介だからただの店じゃないよな。」


鶴丸は信用があるのだ。


「はい、色々とご用意できると思います。

ご期待に沿えるよう頑張りますね。」

「それで娘が決めたら写真を送って欲しいって言うんだよ。

良いかなあ。」

「はい、構いませんよ、

いくつか送って決めてもらいましょう。」


男性がほっとした顔になる。


「いやー、ほんとどうしようかと思っていたんだよ。

前は母ちゃんが決めてくれたんだけどさ、

今回は背広で良いかと思ったら、

身内だけの食事会みたいなものだから

背広じゃない方が良いと言われて。」


男性は地味な柄の少しばかりくたびれたポロシャツを着ていた。


「奥様はご出席されるのですか?」

「それがさあ、」


男性が苦笑いをする。


「去年死んじゃってさ、

式が挙げられなかったのもそのせいなんだよ。

一応籍は入れて婿と娘はもう一緒に住んでるけどな。」


黒高がはっとする。


「申し訳ありません、そんな事情とは知らなくて。」

「いやいや、大丈夫だよ。

俺は力芝ちからしばと言うんだ。

西村川さんと呼んで良いかい?」


力芝はにかりと笑った。正直者の良い顔だ。


「ぜひ、さあ、力芝様、服を選びましょうか。」




その何時間か前だ。


「中年の男性の服だな。」


満知が持って来た服を見ながら黒高が言った。


「ああ、カジュアルだけど少しばかり高目かな?」


そこには何枚かのシャツとスラックス、

ループタイとジャケットがあった。


「ループタイはいくつかあるな。」

「うん、注文書にあった。」


黒高はループタイを持つ。


「程々のステージなら問題ないよ。

正式な行事などではだめだけどね。

でもなかなか綺麗な紐止めだな。」

「それは七宝焼きだと思うよ。

こっちの茶色はタイガーアイ。青いのはトルコ石。」

「ループタイはなかなか格好いいなあ。

お店に置こうかな。」

「オジさん臭くない?」

「いや、デザインを選べばいいと思うよ。

それにレジンとかで作れそうだ。

自分で作れるそうなのも良いなあ。

知っていたけど近くで見ると良い感じだな。」


黒高はループタイが気に入ったようだ。


「ところで満知、倉庫ってどれぐらい服があるの?

大きいのか?」

「ものすごく大きいよ。

でも注文書のものは大抵近くにあるから。」

「誰か持って来るのか?」

「ううん、行くといつも誰もいないよ。」

「えっ?」

「倉庫の向こうはかすんで見えない。」

「……、」


満知は特に不思議でもない様子で話しているが、

黒高にはよく分からなかった。


「でもこの服って一点物だろ?

どこで作っているんだろうな。」


満知はあごに手を当てて少し考える。


「女の人が作っているとは聞いたけど。」

「誰?」


満知の顔がはっとなる。


「……誰かな?」


黒高が苦笑いをする。


「忘れたのか?」

「うん、憶えがない。」


多分色々と聞き出しても満知もよく分からないのだろう。


「まあいいや、それで白が満知と話がしたいって言ってたよ。」


満知の顔がさっと変わり露骨に嫌な顔になった。


「会わない。」

「まあそんなに嫌わなくてもいいだろ?

たまには会ってやれよ。」


満知が首を振る。


「嫌いという訳じゃないけど、

白ちとは会わない方が良いんだよ。」

「あいつは満知が本当に好きだよ。」


彼女はじろりと彼を見た。


「だから余計性質が悪い。」

「でも……。」


満知は黒高に書類を差し出した。


「受け取り、名前書いて。」


不機嫌そうな顔だ。

黒高は仕方なく名前を書いて彼女に渡した。


「たまには会ってやってくれよ。」

「イヤ。」


彼女は一言だけ言うと店の奥に姿を消した。

黒高はその方を見てため息をつく。


満知が白高を避けている理由は

黒高も何となく分かっていた。

彼女が今の状況になったのは彼のせいだからだ。

それは彼女が望んだ事ではない。


「白にもそう言ってあるんだがな。」


だが白高は聞く耳を持たない。

昔からそうなのだ。

自分のやりたい事をやりたいようにする。

人間関係でもそうだ。


白高が満知を好きなのは黒高は知っていた。

そして黒高も満知の事が気になっていた。

だが白高と黒高が並べば皆は白高を見る。

満知もそうだろうと黒高は思っていた。


だからいつも彼は白高より一歩引いていた。

彼には敵わない何かを黒高はいつも感じていたからだ。


それが変わってしまったのは6年前だ……。




「西村川さん、これはループタイだな。」


力芝がカウンターに並べられたタイを持って言った。


「あ、は、はい。」


少しばかり考え事をしていた黒高がはっとした様に言った。


「ループタイは普通のネクタイより軽やかな感じになりますから

肩肘張らない食事会には良いと思いますよ。」

「そうだな、それにちょっと興味があったんだよ。」


力芝はループタイを見た。

照りのある淡い茶色に金色の斑が入っている。


「綺麗だな、七宝焼きみたいだ。」

「そうですね、金色が綺麗ですね。」


力芝がにかりと笑った。


「母ちゃんが七宝焼きが好きでさ、そんな感じの入れ物とか

アクセサリーを持っていたんだよ。」

「七宝焼きは結構な価格のものもありますよね。」

「そりゃ、本物は高いよ、

母ちゃんが持ってたのはプラスチックとか

七宝焼きみたいなものだよ。安いさ。

でも七宝焼きの写真集を持っててさ、

俺もそんなもんの写真集があるんだと驚いたんだけど、

それをちょくちょく見てたよ。」

「そうなんですか。」

「だから俺は美術品なんて全然知らないけど、

七宝焼きだけ知ってるんだ。

母ちゃんが死んでから写真集を何度も見てたなあ。」


力芝が少し寂し気にははと笑った。


「ではこのループタイを中心にして服を選びましょうか。」

「そうだな、頼むよ、兄ちゃん。」




しばらくして二人は服を選び出し力芝が試着をした。

少しばかり恰幅の良い力芝だが選んだ服はぴったりだった。


「俺はセンスはないがなかなかいい気がするなあ。」

「お似合いですよ、

それにお体がしっかりしているので見栄えがします。」

「うまい事言うな。

でもこれ以上太らない方が良いよな。」

「はは、そうですね。」

「あ、悪いけど写真を撮って良いかな。」

「はい、構いませんよ、娘さんに見てもらうのですね。」


黒高は力芝からスマホを受け取り写真を撮った。

彼はすぐにその写真を送ったのだろう。

しばらくすると返事が来てそれを読んだ

力芝はにっこりと笑った。


「お許しが出たよ。」


力芝はその服を買う事となった。


「この店に来て良かった、自分一人じゃ選べなかったよ。」

「ありがとうございます。」

「助かったよ、兄ちゃん……、」


力芝は黒高を見た。


「兄ちゃんじゃないな、西村川さんだ。

ありがとう。

また何かあったら相談に乗ってくれるか。」


黒高はにっこりと笑った。


「はい、ぜひいらして下さい。お待ちしています。」


黒高が荷物を持ち入り口まで力芝を見送った。

彼は荷物を受け取ると手を上げて帰って行った。


店内が静かになる。

すると奥から満知が現れた。


「ループタイ、売れた?」

「ああ、売れたよ。

一番それが欲しかった人に売れた。」


満知がにこりと笑う。


「良かったね。」


黒高も微笑んだ。


「こう言う時が一番良いな。

接客業は色々あるけど、お相手したお客さんが

嬉しい顔をするとこちらも頑張った甲斐があるよ。」

「それがお店をしている理由?」

「それもあるね。」


黒高が製品を整理し出す。

それを満知は見た。


「黒ちはやっぱりすごいよ。」


彼は顔を上げた。


「凄いって?」

「中坊の頃から仕事を回してただろ?

あたし、それを見て黒ちすごいなと思ってたもん。」


黒高は頭を掻いた。


「大した事ないよ、何となく流れでさ、」

「ううん、なのにあたしは……、」


満知が少し俯く。

黒高がそれを見て何かを言いかけた時だ。


「ごめん、帰る。」


と満知はさっと裏に消えて行った。






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